六章 ⑥『ベッドの下に潜むもの』
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二人で大きく息を吐いた。
それと同時に緊張感が抜けてゆく。
これはこれでなんかホッとした。
どうやらどこかに行っているらしい。
少なくとも、今、この部屋にはいない。
「いないね」
マーちゃんはささやくのをやめ、普通にそう言った。
「うん。出かけてるみたいだね」
その時だった。
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……チチチ……
鳥の鳴くような、舌打ちをしているような、小さな音が聞こえた。
背筋にどっと恐怖が流れた。顔から一瞬にして血の気が引いた。思考も判断力も理性も吹っ飛び、ただ頭が麻痺してしまった。それでもこわばる首を無理矢理曲げてマーちゃんを見る。
マーちゃんも同じだった。感電したように、直立し見開いた目をあたしに向けていた。
……チチチ……
その音はベッドの下から聞こえてきた。ベッドの脚は高く持ち上がっていた。人が一人横たわれる高さがある。そこにはスカートのように、フリルの付いた布がぐるりと下がっていた。そして、風もないのに、そのスカートがわずかに膨らんで揺れた。
……この下にいる……
それが分かった瞬間、腰から力が抜け、あたしはペタンと床にしゃがみこんでしまった。体がいうことをきかない。
隣でも、マーちゃんが同じように、ペタンとしゃがみ込んでいた。
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……チチチ……
ナナちゃんが言っていた。お母さんはほとんど口をきかず、時々そんな音を口から出していたと。
……チチチ……チチチ……
その音は、声は、鳴き声は、だんだんと大きく、はっきりと、聞こえてきた。
……チチチ……チチチ……
目覚めたのだ。あの小さなカーテンの向こう、ゾンビとなったナナちゃんのお母さんが、暗闇に横たわり、あたしたちの方を向いて、ゆっくりと呼吸している。やがてそこから這い出して、カーテンをめくり、あたしの首に手を伸ばしてくる……
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早く逃げなくちゃ。それは分かっているんだけど、体がぜんぜん動かない。ただその場にしゃがみ込んで、カーテンから目が離せなくなっている。
逃げなくちゃ。両手を付いて、膝に力を入れて、立ち上がって、足を交互に動かして、ここから出ていかなくちゃ。それが分かってるのに、肝心の手が動かない。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
その時、ドアの方からナナちゃんの声が聞こえた。
不思議なことに、この声があたしの神経に再び電気を流し込んだ。ピクリとあたしの指先が動いた。そして次々と回路が接続されるように、あたしは自分の体を取り戻した。
「うん、大丈夫だよ」
そうだ。ナナちゃんを守ってあげなきゃ。あたしはナナちゃんのためにがんばってるんだ。そう思うと不思議に勇気がわいてきた。
ここまで来たんだ。確かめなくちゃ。
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われながら、勇気があったと思う。
もちろんまだ怖かった。それもものすごく怖かった。
それでもあたしはジャージに挟んだ白木の杭を引き出した。まだしゃがみ込んだままの姿勢、ベッドまではわずか一メートルの距離。あたしは握りしめた杭をカーテンに伸ばしていった。その鋭い先端をカーテンの下にゆっくりと差し込む。
確かめなくちゃ。
「さっちゃん……」
マーちゃんの声が聞こえてきた。マーちゃんが這うようにして、あたしのすぐ隣までやってきて身を寄せた。
「たしかめなくちゃ、ね」
あたしはささやき、白木の杭をゆっくりと持ち上げ、カーテンの裾をまくっていった。ベッドの下の暗闇はあまりに濃密で、何も見えない。さらにカーテンをあげ、完全にまくりあげたけれど、やっぱり見えない。
マーちゃんがグッとあたしにしがみついてくる。そしてあたしは寝そべるようにして、身体を下に下に下げていった。あたしにくっついているマーちゃんの体も、下に下に下がってゆく。
二人の、ヘルメットについた懐中電灯の光が、ベッドの下の暗闇にスッと入り込んでいった。
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いた。
ナナちゃんのお母さんが静かに横たわっていた。ジーンズにブラウスの格好。首元にはナナちゃんの話していた通り、赤いスカーフが巻かれている。足をきちんとそろえ、手を胸の上にくみ、上を向いた姿勢で静かに横たわっている。まるで埋葬されているようだ。
そして二人の懐中電灯の光は、あたしたちの頭の動きに合わせ、ナナちゃんのお母さんの顔でぴたりと止まった。ナナちゃんのお母さんの肌は真っ白で、目はゆるく閉じられていた。
まるで眠っているみたいだった。きっと気のせいだったんだ。何もかも気のせいだったんだ。その顔を見ていると、そんな風に感じられた。だが、
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……チチチ……
不意にナナちゃんのお母さんの口からその音が漏れだした。その音が体に巣くっていた恐怖を呼び覚ました。
……チチチ……
また体が動かなくなった。
そしていきなり、ナナちゃんのお母さんが首だけをぐるりとまわしてこっちを見た。その瞳の中央は、野生動物のような銀色に輝いていた。同時に威嚇するように口を開き、鋭く尖った牙を剥きだした。
これが決定打だった。
それがあたしたちの理性を完全に吹き飛ばした。
ナナちゃんのお母さんが手を伸ばし、白木の杭をガキッとつかんだ。
同時にあたしは杭を手放し、マーちゃんと支え合うようにして立ち上がった。あとは一目散。キャーっと悲鳴を上げながら、マーちゃんと手をつなぎ、狭い入り口に二人で同時に飛び込んだ。
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