六章 ⑤『布団をめくると……』
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キィィィ……
そっと扉が開かれた。
中はさらに真っ暗だった。
正面に見える窓ガラスには、やはり分厚いカーテンがかけられている。
暗闇に目が慣れるまでじっと待つ。
部屋の真ん中に大きなベッドが一つ。ベッドの枕元にはサイドテーブル。窓の近くには化粧台も見える。
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パチッ
と、実際は音はしなかったのだが、マーちゃんがヘルメットの電灯をつけた。小さな光がスッと暗闇を切り裂き、丸い円盤がゆらゆらとベッドの上を踊った。あたしも合わせて光をつけると、二つの円盤が頼りなく、サーチライトのようにベッドの上を丸く切り取ってゆく。
ベッドの上に布団が盛り上がっていた。毛布が何枚もかけられ、羽布団も重ねられている。どうやら頭まですっぽりとかけているらしく、ここからではナナちゃんのお母さんの顔は見えなかった。
「行こう……」
マーちゃんは腰をかがめ、そっと室内に侵入した。
「おじゃまします……」
あたしもそうささやいてから、マーちゃんの後に続く。
二人で腰を屈め、本物の銃のように水鉄砲を構え、ベッドの脇まで歩いていった。
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これから何をするか?二人とも分かっている。まずは一枚一枚、そっと布団をはがしていくのだ。そしてナナちゃんのお母さんがどんな状態なのか確かめるのだ。
マーちゃんが一番上の、一枚目の羽布団の端を指先でつまんだ。あたしは水鉄砲を構え、その銃口を、というか先端を、枕元に向け、人差し指を引き金にからめた。
『いくよ』
『オッケー』
目で合図を交わす。
マーちゃんがゆっくりと、足の方から、布団をめくっていく。
緊張の一瞬……布団の下から現れたのは、ピンク色の毛布だった。
ふぅ。
マーちゃんもちょっと額の汗を拭った。
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次にとりかかる。マーちゃんがピンク色の毛布をそっとめくっていく。あたしも引き金に指をかけたまま、ものすごい緊張して、毛布の下を見つめる。
今度は緑色のタオルケットだった。
ふぅ。
マーちゃんは次の緑のタオルケットをゆっくりとめくった。
今度は羽布団だった。
めくる度に緊張感がましてゆく。あたしは手にびっしょりと汗をかいていたが、引き金だけは離さなかった。とにかくいつでも撃てるようにしないと。
マーちゃんも緊張をたたえたまま、次の羽布団をめくった……
瞬間、暗闇の中に笑顔が浮かびあがった!
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「うわっ!」
と声を上げそうになった。同時に引き金を引きそうだったのをなんとかこらえた。
見間違えたのは、熊のプーさんのプリントだった。毛布のちょうど頭の位置にプーさんの笑顔がプリントされていたのだ。それはのんきな笑顔のはずだったが、暗闇で見るとものすごく邪悪に見えた。なんかトラウマになりそうな衝撃だった。
それはマーちゃんも同じだったようで、胸に手を当て呼吸を整えていた。それから二人でちょっと笑顔を交換した。
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気を取り直してプーさんの毛布をめくった。はずれ。
今度はタオルケット。タオルケットをめくると、また毛布。そして、ベッドの上の盛り上がりもだんだんと小さくなってきた。それでもまだ一人分くらい、つまり人が横たわっているくらいの厚みはある。
何枚目かの毛布をゆっくりとめくる。
そして丸めこまれた羽布団が出てきた。ちょうど人がくるまっているような感じ。いよいよ出てきた。おそらくこの下だ。マーちゃんも同じく、じっと羽布団を見つめている。
『いよいよね。用意はいい?』
『うん、慎重にいこう』
お互い無言だが、目だけで会話を交わす。
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あたしが水鉄砲を枕元に向けると、マーちゃんが布団の端をつかみ、ゆっくりとめくりあげてゆく。緊張がさらに高まり、のどはカラカラ、そして頭の中が急にしびれたようになってきた。羽布団がさらにめくられてゆく。
いきなりガバッと人が起きあがる。上半身だけが跳ね上がり、指先を鉤のように曲げ、口元にびっしり生えた牙をむきだし、あたしを抱きしめるように……という光景を想像しながら水鉄砲を構える。
そして、羽布団がすべてめくられる。
中は空っぽだった。ベッドの上にはもう何も残っていなかった。毛布も枕もタオルケットも、もちろんナナちゃんのお母さんの姿も。
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