六章 ③『吸血鬼退治の道具』

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 あたしたちはナナちゃんを先頭に家の中に入った。一歩踏み込んだだけで、家の中が異様に暗いのがわかる。でも歩けないほどではない。


 廊下の窓には分厚いカーテンがかけられ、さらにガラス窓は段ボールでふさがれていた。廊下を抜けて居間に入っても、やはり暗い。

 庭に面した大きなガラス扉もカーテンが閉ざされ、雨戸が閉められたままだ。隙間からのぞくわずかな光だけが、ぼんやりとあたしたちの姿を照らしている。


「カーテンとか開けられないの?」

 あたしはナナちゃんにささやいた。

「うん。お母さんがガムテープであちこち止めちゃったの。はがすと怒られちゃうかもしれないから」


「太陽の光をさけてるのね。お母さん、昼間はぜんぜん出てこないんでしょ?」

 ナナちゃんはマーちゃんにうなずいた。


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「ね、おねえちゃん、お母さん、やっぱり吸血鬼になったのかな?」

「それを確かめにきたのよ。まずはあたしとさっちゃんで、部屋に入ってみる。それでお母さんの様子をみてくる」

「大丈夫かな?」

 ナナちゃんは心配そう。


 もちろんあたしも心配。


「大丈夫。ちゃんと十字架もあるわ」

 マーちゃんはロザリオをビシッと握りしめ、自信たっぷりにそう言った。


 ますます心配になるあたし。


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「その前に、まずは準備するわね」


 マーちゃんは居間のソファに座り、床にリュックを置いた。あたしとナナちゃんもその向かいに座り、マーちゃんのやることをジッと見つめる。

 マーちゃんはリュックから次々と吸血鬼退治の道具を取り出し、それを解説しながら机の上に並べていった。


「まずは定番の白木の杭ね。まぁ、白木って何なのか分からなかったから、とりあえず真っ白に塗っておいた」

 五十センチほどの先をとがらせた白い木の棒を二本。たぶん一本はあたしの分だ。


「それから暗視用赤外線ゴーグル……はさすがに手に入らないので、作業用ライト」

 小さな懐中電灯つきの幅広のゴムバンドが二つ。これを自分のヘルメットにつけ、あたしのヘルメットにもつけ、スイッチを入れた。机の上が明るくなった。


「それからバケツが必要なんだけど、ナナちゃんのところにあるかな?」

「うん、待ってて」

 ナナちゃんは台所の下から青いポリバケツを持って戻ってきた。


「これは退却用。吸血鬼はね、流れる水をわたれないんだって。だから、もし追いかけられたら足下に流すの。時間稼ぎにはなるはず。これはナナちゃんの役目よ」

 ナナちゃんは慎重にうなずき、ポリバケツを受け取った。


「さて、


 まだ続くのか。


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 次にマーちゃんが取り出したのはちょっと大きなポンプ式の水鉄砲だった。たぶん百均かおもちゃ屋さんで買ったのだろう。緑と紫とピンク色の毒々しいカラーリングだ。これも二つそろっていた。


「ちょっと本格的でしょ。そしてこれに入れる水は、うちの教会特製の聖水」

 そういって午後の紅茶の二リットルペットボトルをとりだした。


「もちろん、中身は聖水に入れ替えてあるわよ。もともとは水道水なんだけど、ちゃんと聖水盤に入れてきたから大丈夫」

 それにしてもマーちゃんは自信たっぷりだ。ちっとも不安がないように見える。あたしは道具がでてくる度に不安になってくる。だってどの道具も若君に効くとは思えないから。


 そういえば若君の苦手なものってなんだろう?水は苦手、なんて言ってた気もするけど、なんか当てにならない。今さらながら、本人に直接聞いておけばよかったと思った。でもまぁ、素直に答えるとは思えないけど。


「それから最後に定番中の定番」

 マーちゃんは小さな瓶をとりだした。それはニンニクのペーストが入った瓶だった。家でも使ってるやつだ。


「ニンニク。ふつうはニンニクをそのまま使うところだけど、今回はこれを全身に塗っておくつもり。装備が整った最後にね。あたしの経験から言って、これが一番ニンニク臭い。これだけあれば、偵察には十分なはずよ。ほかになにか足りないもの考え付く?」


 マーちゃんの問いにあたしもナナちゃんもすぐに首を振った。

 というか、よくここまで考え付いたな、とそう思っていた。


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「それから最後に……」


 マーちゃんはリュックの底から最後の荷物を取り出した。それは三十センチほどの大きさで、茶色の革に包まれていた。マーちゃんが手早くひもをほどくと、中から大きな拳銃が現れた。


「これはうちの教会に代々伝わるものなの。使えるかどうかは分かんないけど、一応切り札として持ってきた」

 その拳銃はちょっと異様な感じだった。表面は銀色だが時間の経過でずいぶんくすんでいた。表面にはいくつもの十字架をモチーフでつないだ模様がびっしりと刻まれている。なんというか使うものではなく、装飾用みたいな銃だった。


使?」

 ナナちゃんがおびえたように言った。


「も、もちろん使わないつもりよ。念のために持ってきただけなの。さっきも言ったけどね、今回の任務は偵察だけ。ナナちゃんのお母さんが本当に吸血鬼になってしまったのかを確認するだけだから」


 マーちゃんはあわててそういったが、ナナちゃんはすっかりおびえてしまっていた。マーちゃんはそれをカバーするためにさらに勢いよく言った。


「そう。。だから確認できたら、すぐに逃げるの。退はあとでパパに頼むつもりだから。ね?」


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「退治って…?」

 ナナちゃんが今にも泣きそうな声をだした。それはまぁそうだろう。母親が怪物だと言われたようなものだ。


「あー、違うの。なんていうかな、お母さんの中の吸血鬼を退治するの。大丈夫、パパならちゃんとやってくれるから。なんたって神父さんなんだから、ね?」

 ナナちゃんはまだナットクしきれていないようだ。でもこれも仕方のないことだ。そしてマーちゃんもこれ以上なんと言っていいかわからないようだった。


「どっちにしても、とにかくまずは確かめなくちゃ、でしょ?」 

 あたしがそういった。元気づけるように。


「ただの病気かもしれないでしょ。それなら早く病院につれていってあげないと。ね?その時はすぐに救急車に連絡しよ。ほら、うちは病院だから、そのときはすぐに入院させてあげるから」

 ナナちゃんはこくんとうなずいた。

「うん、わかった」


 マーちゃんはホッと息を吐いた。それから小さな声で宣言した。


「じゃ、準備が出来しだい、行動開始よ!」

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