五章 ⑦『若君とマーちゃんの邂逅』
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コンコン……
控えめなノックの音。なにか固いもので木の扉を叩いている。これは、もちろん母さんではない。
コンコン、コンコン……
呼んでいる。ああ、若君が呼んでいる。
開けたくない。今は特に。
まーちゃんだっているし。心の準備もあるし。
できれば居留守を決めこみたい!
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「さっちゃん、いいの?」
マーちゃんが不思議そうにあたしを見る。
と、思った矢先、
「さっさと開けんかァ!」
扉の向こうで若君の声が
「は、はーい!今あけます!」
反射的に返事してしまった。
仕方ない。どうせ逃げられはしないのだ。
あたしはがっくりとして扉を開けた。
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「いるのなら、さっさと開けんか」
相変わらずの偉そうな態度。
「すみません。お客さんが来てたんです」
「なに、さつきの客人か?」
若君はグイとあたしを横にどけ、ずかずかと部屋に入り込んで来た。マーちゃんにからまないといいなぁ、なんて思っていたが、そんなわけにはいかなかった。
「ほう、珍しいな。異人の娘ではないか」
そういう言い方やめたほうがいいのに……マーちゃんそういうのに、いっぱい傷ついてきただろうから。
ごめんね、マーちゃん、この人は昔の人だから気にしないでね。と思って、マーちゃんを見ると、マーちゃんがポッと頬を赤く染めていた。
「え?」
マーちゃんはさらにその頬を両手で押さえ、可愛らしくうつむいてしまった。
「えぇ?」
なにこの展開?
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これは……恥じらい?
ということは、もしかして……
「は!」あたしは気がついた。
それは、マーちゃんが若君に一目惚れしたらしいということ。これが女の直感っていうやつ?でも直感を使わなくても、マーちゃんの態度を見ればすぐに分かった。
「はわっ!」もうひとつ気がついた。
それはマーちゃんが教会の娘だっていうこと。つまりお父さんが神父さんだということ。もちろん神父といえば、ヴァンパイアとは敵同士。倒すものと倒されるもの、宿命のライバルだ。ということは、二人の恋はあまりにも前途多難、というか結ばれない恋だ!
「はわわ!」さらにもう一つあった。
それは目の前の若君が、吸血鬼退治の、その張本人だと言うこと。せっかく恋したっていうのに、その相手が倒すべき敵だったなんて。これじゃマーちゃんがあんまりにもかわいそうだ。
いや、待てよ。
そもそもマーちゃんが若君なんかに恋したということ自体が問題なのだ。
なにが問題か良く分からないが、とにかくこれは問題だ。
あたしどうしたらいいんだろ?
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「なんじゃ、さつき。騒々しいぞ」
若君は刀の柄に手のひらをのせ、ふんぞり返ってあたしに文句を言った。それからマーちゃんを静かに見下ろした。
「あのお邪魔してます……」
マーちゃんは若君にペコリと頭を下げた。まったくかわいい。背景に白いバラが透けて見えるようだ。マーちゃんはそれからあたしの袖口を指先でちょこんと握った。
「さっちゃん、あの、あたしのこと、ちゃんと紹介してくれる?」
「あ、うん……そうだね……もちろん」
そうは言ったが、頭がうまく働かない。いつもうまく働くわけじゃないけど、今回は特にだめ。
あたしの頭の中には嵐が吹き荒れていた、パニックの嵐が!
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そうだ。紹介だ、紹介。まずはお互いを紹介しないと。
「あの、若君、こちらはあたしの親友で……」
「うむ」
若君は静かにマーちゃんを見おろしたままだ。そしてマーちゃんはさっとメガネを取って立ち上がり、じっと若君を見上げた。
「マ……」
その一言は意外にも若君の口から漏れてきた。かなり驚いた様子で、マーちゃんの顔を見ている。
まぁ無理もない。何度も言うようだけど、マーちゃんは本当にかわいいのだ。それにマーちゃんの場合、今は単純にカワイイだけど、そこからさらに美人になるのが分かる。それをはっきり予感させる何かがあるのだ。
そしてマーちゃんもまた、ポワッと若君に見とれていた。あたしにも経験がある。なんとなく目が離せなくなってしまうのだ。若君はとにかく顔だけはいいから。
それにしても、こうして二人が並んでいるのを見ると、美男美女のものすごい取り合わせだった。
あたしがいてなんか申し訳ないくらい。
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おっと。紹介だ、紹介!
「……若君、こちらはあたしの親友で、マーガレット・メイさんです」
「あの、初めまして。マーガレットです」
マーちゃんのまばゆい笑顔。でも若君は少し寂しそうな顔をしていた。
「そうか……マーガレットと申すか」
「はい。みんなには、マーちゃん、と呼ばれてます」
「うむ。よろしくな、マーちゃん殿」
「で、マーちゃん、こちらは……」
そこであたしはハタと言葉に詰まった。
考えてみると、あたしは若君の名前を知らないのだった。
「冬綱(ふゆつな)……宇都宮冬綱じゃ」
若君はそう名乗った。
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