五章 ⑥『マーガレット・メイの推理』
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「あたしも見たわけじゃないんだけどさ、菜々子ちゃんは嘘をつく子じゃない。だから彼女の言葉は全て正しいとあたしは信じてる」
あたしもそう思う。もちろんマーちゃんのことも信じてる。あたしはうなずいた。
「そしてそこから推理できることは……」
ゴクリと唾を飲む。なんか急に喉がカラカラになってきた。
「――吸血鬼がこの町にいるのよ――」
その言葉は鋭くあたしの心臓を貫いた。あたしはたぶんその言葉を予想していたから。でも、そうであってほしくなかった。
だって……
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「……菜々子ちゃんのお母さんはたぶんその犠牲者。吸血鬼にかまれて、ゾンビみたいになってるのよ。
しかもそれだけじゃない。このインフルエンザ騒動自体が、この事件の隠れ蓑になってる。たぶん犠牲者はまだまだいるはず。
でも、みんなが生活をロボットのように繰り返しているから、誰も気づかない。そうしている間に犠牲者はどんどん増え続けて、やがて街は吸血鬼に支配される……」
あたしはもう、なんて言ったらいいか分からなかった。
頭がしびれたように真っ白になっていた。
若君がそんなことをするなんて信じられない。あたしの血だって吸ってるんだし。でも足りなかったのかもしれない。それで他の人を襲ったのかも。
それでも若君がそんなことをするとはやっぱり思えない。でもそれが出来るのは若君以外にありえないし。それでも……
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「……ありえないよ」あたしはそうつぶやいていた。
「たしかにね……あたしも最初は自分の推理が信じられなかった。でも考えれば考えるほど、この答えにたどり着いちゃうのよ」
「そうだよね……」
あたしはボーっとした頭でそう返事した。あたしの様子がおかしいのにマーちゃんも気がついたのだろう、マーちゃんはあたしの手を握ってきて、あたしの顔をのぞき込んだ。そして大きくため息をついた。
「ふぅ。でも、まぁそうだよね。いきなりこんな話したって信じられないよね。吸血鬼が本当にいるなんてさ。ちょっとあり得ないし、現実的じゃないしね……」
いえ、それだけはしっかり信じられます。
なんせ家に一人いますから。
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とにかく確かめなくちゃいけない。本人に直接聞かなくちゃ。
たぶん、それはあたしの役目だ。
そしてそれが本当なら、
若君が人を襲って血を吸ってるなら、
あたしが若君を止めなくちゃ。
あたしの血の全てをかけても、あたしが止めなくちゃ。
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「ねぇ、さっちゃん大丈夫?」
「ん?うん、へーきへーき。いろいろ考えちゃってさ」
「やっぱり信じられない?吸血鬼なんて無理があると思う?」
マーちゃんは心配そうに、あたしにとって微妙な質問を投げかけてくる。
「ううん。マーちゃんの推理はいつだって信用してる。吸血鬼だっているかもしれない。まずはそこから始めなくちゃ、でしょ」
あたしがそう言うと、マーちゃんはいきなり立ち上がり、あたしのことを抱きしめた。しがみつくようにがっしりと。マーちゃんの鼓動があたしの鼓動と重なる。マーちゃんもまた怯えていたのが分かった。こんなこと、誰にも話せることじゃないし、話したってバカにされるのがオチだ。
「ありがと、さっちゃん」
マーちゃんは耳元でささやき、それからそっと体を離した。
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「ねぇ、マーちゃん。ところで、マザキくんはどうしてるの?菜々子ちゃんを助けてないの?」
「それがね、マザキ君はここのところずっと帰ってないんだって。お母さんに変化がある前から、しばらく帰ってきてないみたい。携帯の連絡も取れないみたいなの」
「あいつやっぱりだめな奴だね」
そういうと、マーちゃんはちょっと悲しそうな顔をした。
「そうでもないんだよ。信徒さんのプライバシーのことはあんまり話しちゃいけないんだけどさ」
そう前置きしたが、それでもマーちゃんは話すのをためらっていた。
「うん、もちろん黙ってるよ」
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「マザキ君ってね、本当はすごくまじめな人なの。日曜礼拝にもよく来てたし」
「知らなかった」
「剣道がすごく強くて、県大会とかにもよく出てたのよ。天才って言われててさ。でもね、試合の時になんか怪我したみたいで、握力が極端に落ちちゃって、それで剣道出来なくなっちゃったんだって」
それも知らなかったな。なんか軽薄そうなただのバカな人かと思ってた。
「今はあんな風になってるけど、本当は家族思いの、すごくいい人なんだよ」
「そっか。あんまり見た目で判断しちゃだめってことだね」
「うん。今はあんなでも、きっといつか立ち直るよ。あたしはそう信じてるの」
マーちゃんはやっぱり優しい子だ。素直でかわいくて、まっすぐで。
そしてこの話はこれで終わりだった。ということは、とにかく二人でこの事件を解決しなくちゃならない。
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「それで、あたしたち、これからどうする?」
そう言ってあたしは立ち上がった。なんか妙な使命感があたしの胸で燃えていた。
「そう、それをお願いしに来たの!」
マーちゃんも立ち上がった。マーちゃんの瞳もなんか燃えている。
二人の間で得体のしれない火花がバチバチとはじける。
この瞬間、二人だけの『ヴァンパイアバスターズ』が結成された。隊長はマーちゃん、隊員はあたし。二人だけだが、二人とも吸血鬼の存在を確信していた。
そしてあたしたちは互いにうなずきあった。
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「さっちゃん、用意してきたものがあるの」
マーちゃんは胸から十字架のペンダントを引き出した。細い銀のチェーンに、見るからに手の込んだ十字架がついている。
そのロザリオは二つあった。マーちゃんはそのうちの一つを首からはずすと、あたしの首にさげてくれた。
「いいの?」
「もちろん。うちの特製のロザリオよ。ヴァンパイア退治にはまずこれがないとね」
「うん。ありがと。借りとく」
そうは言ってみたものの、効果は疑問だった。だって若君の場合はただの殿様だし、十字架をおそれるとは思えないもの。だがマーちゃんは自信たっぷりだ。ま、教会にいるんだから当たり前なのだろう。
「明日は土曜日。学校は休み」
マーちゃんが力強く言って、あたしはうなずいた。
「朝のうちに菜々子ちゃんの家に行って、まずは様子を確かめてくる。どぉ?」
「あぶなくない?」
「今のところはね。菜々子ちゃん、そのお母さんと一緒だから平気だと思う」
「まぁそうだよね」
「そしてもし、お母さんが吸血鬼になっていることを確認したら、一度引き上げて、吸血鬼退治の作戦を考えて出直す。どお?まずはこんな感じで」
「うん。いいんじゃないかな」
「よし。じゃ、明日の朝八時、あたしがさっちゃんを迎えにいく。それから……」
その時だった。
部屋の扉にノックの音が響いたのは……
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