五章 ④『マーちゃん再び』

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 それからあたしは芳子ばあちゃんとおじいちゃんとで、水無月みなづき町唯一のフランス料理の店『山猫亭』にランチにいった。


 ここのランチはとてもおいしいのだが、とにかく時間がかかる。前菜が出てきてから、最後のデザートが出てくるまでたっぷり二時間はかかる。ランチだというのにとにかく長い。その間、パンだけは食べたぶんだけ持ってきてくれるから、あたしはとにかくパンを食べる。


「さつきちゃん、そんなに食べて大丈夫?」

 と芳子ばあちゃん。芳子ばあちゃんはここの常連で、店に入るなりシェフの人がわざわざ挨拶に来た。


 ちなみにまわりの客も芳子ばあちゃんの仲間らしく、レストランのほぼ全員が芳子ばあちゃんと会釈を交わしていた。


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「これくらいなんでもないじゃろう。どんどん食べなさい」


 とおじいちゃん。ちなみにおじいちゃんは、箸で全ての料理を食べている。ちょっと猫背だし、器に口をつけて食べちゃうし、こういうお店には向いてないみたい。


「今日はなんかお腹すいちゃってさ」


 えへへ、と笑いながらあたし。またパンをちぎって口に詰め込む。もうバケット二本は食べてるはず。それに料理もおじいちゃん、おばあちゃんが少しずつ分けてくれるから、軽く二人前は食べてる。


 さすがにこれはちょっと食べ過ぎかも。


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 ランチを終えるともう三時を回っている。


 それから芳子ばあちゃん行きつけのブティックに一緒に行って(夏前だというのに毛皮の襟巻きを買ってもらった)、ジャスコで食料の買い出しをして、母さんたちにケーキのおみやげを買って、それから家に帰った。


 家についたらすでに五時。


 玄関にベンツが滑り込む頃には、裏の林からヒグラシがカナカナと鳴き出しているのが聞こえていた。


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「遅くなっちゃったね」

 玉砂利をジャリジャリと踏みしめながら、玄関まで歩く。林の向こうでは空がオレンジ色に燃え上がろうとしている。

 


「ばあちゃんの買い物につきあうと、いっつもこうだ」

 おじいちゃんはポンポンと腰をたたきながら、背筋を伸ばした。その両肩にブティックの大きな紙袋を提げている。あたしはおじいちゃんのこういう姿がなんか好き。なぜか分かんないけど。


「ただいまぁ」

 ガラガラと玄関扉を開く。


 と、そこに見慣れぬ靴があった。

 女の子用の小さな革靴が、つま先をきちんと揃えて置いてある。


 ん。だれかお客さんかな?


「ただいまぁ」

 今度は居間の扉を開けながら。


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「おかえり!さっちゃん」

 そこに待っていたのは、あたしの一番の親友、マーちゃんことマーガレット・メイちゃんだった。


「あれ、マーちゃん!」

「お見舞いに来てくださったのよ」

 と母さん。あたしが仮病だってことを思い出させるみたいに。そのあたしは元気いっぱい。両手には買い物袋まで提げていた。これじゃ嘘がばればれだ。


「よかった。思ったより元気そうだね」

 でもマーちゃんは本当にホッとしたようにそう言ってくれた。それだけによけい心が痛んでしまう。


「えへへ。ほら、家は病院だからね、すっかりよくなったの」

「ふーん……」

 マーちゃんはちょっと疑わしそうな目であたしを見る。『ずる休みね……』とその目が語りかけている。


「ね、あたしの部屋に行こ!」

 えへへ。とまたごまかし笑い。


 あたし、嘘をつくのって苦手。

 これ、たぶん父さん譲り。


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 マーガレット・メイ。彼女のことは今一度説明を。


 金髪に青い目の女の子。あたしの一番の親友。一緒にいると、ハイジとクララのように見えると思う。もちろん彼女がクララ。でも分厚いめがねをかけて、訛りがばっちりついてて、かなりもったいないことになっている。


 マーちゃんはあたしの勉強机に座り、あたしの説明を待っていた。


「ごめんね、早く話せばよかったんだけど」

「でも、ちゃんと説明してくれるんでしょ?ズル休みの理由」

 ニコッと笑って黙って待つ。


 さぁ嘘八百をこさえなきゃ!と、頭をフル回転させてみたが、親友に嘘をつくのはどうにも気が引ける。それにマーちゃん相手じゃすぐばれそうだし。かといって本当のことを話すわけにもいかないし。どうしたらいいものやら……。


「すみません」

 あたしはもう謝ってしまった。

「ちょっと複雑な事情があって……」

 そこまで言っただけで、マーちゃんはあたしの肩をポンポンと叩いた。オッケー、もういいよ。そんな感じで。


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「あたしけっこう心配してたの。ほら、インフルエンザ、すごく流行ってるって言ったでしょ?もうクラスの人も半分くらい休んでるし、うちの教会に来る人もすごく減ってたからさ」

「ごめんね。ちゃんと言えばよかったね。大したことなかったの。でもおじいちゃんが学校に電話しちゃってさ」


「ま、いいよ。さっちゃんが元気ならそれでいいの。なんかホッとしちゃった」

「ほんとごめんね」

「いいって。あたしだって学校に行きたくないときあるし」

 マーちゃんはそれ以上は追求するつもりはないようだった。正直ホッとしたのはあたしの方だった。


「それよりさ、今日はお見舞いにきたのもそうなんだけど、実はさっちゃんに相談したいことがあったのよ」


 マーちゃんはそう言うと、少し改まった態度になった。


 むむ。これはなにか大事な用だ。心して聞かねば。


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