第五章 マーガレット・メイの推理
五章 ①『検査結果』
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再び血を吸われたあの日の翌朝。
それは仮病休みの最終日にして、よく晴れた金曜日だった。
あたしはおじいちゃんおばあちゃんと一緒に、朝一番で父さんの病院に向かっていた。先週の検査からちょうど一週間がたって、その結果を聞きにいくためだ。
まぁ結果は大丈夫だとは思うのだが、なんとなく落ち着かない。どこか悪いんじゃないか、病気でもあるんじゃないか、とだんだん不安になってくる。それでなくてもあたし小心者だし。
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芳子ばあちゃんはじっと前を見て運転に集中しているし、おじいちゃんはこっくりこっくりと眠っている。車の中は実に静かだ。あたしはあまり深く考えないようにしながら、ボケッと外を眺める。
町の中は相変わらずだ。なんとなくさびれて見える。今日もかなり寂しい感じ。商店街のシャッターもほとんど閉まっているし、町中を歩いている人も今日は極端に少なく感じる。人通りのないアーケード街は不気味なトンネルのようだった。
町が静かに死のうとしている……
あたしには突然そんな風に感じた。
それはなんとも気の滅入る光景だった。
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町の中心を抜けて病院に着くと、前回同様に吉永さんのお兄さんが出迎えてくれた。玄関から走ってきて、あたしの座る助手席のドアをさっと開けてくれた。
「おはようございます、さつきさん。さ、どーぞ」
こういうことをされると、なんとなく恥ずかしい。居心地の悪い感じがする。あたしなんかにそんなことしなくていいのに。
「すみません。ありがとうございます」
吉永さんはにっこりと応じる。そしてすぐに後部席のおじいちゃんを迎える。
「おはようございます、理事長」
「うむ。出迎えご苦労」
「本日はさつきさんの検査結果でしたね」
「ああ。準備はできとるかね?」
「はい。先ほどから内羽先生がお待ちです。ご案内します」
なんかものものしい雰囲気だ。なんとなくイヤな予感がしてくる。しかも朝からずっと待ってるなんて言われると、よけい不安になってくる。
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「さつき、残念だが、血液に異常が見つかった。こんなケースは初めてだ」
「なにがおかしいの?」
「なにからなにまで。このまま進行が進めば、おまえは…」
「どうなっちゃうの?」
「おそらくゾンビになる。若君さんの言う祟られた者になるだろう。内羽の血が特別だなんて、まるっきり嘘だったんだよ」
「ねえ、父さん、なんとかならないの?」
「残念ながら今の医療では手の打ちようがないんだ」
「そんなこと言わないでよ。あたしゾンビになっちゃうんだよ?」
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「――さつき、どうしたんじゃ?」
そこであたしはハッと我に返る。脳内でドラマが勝手に展開していたらしい。
「えへへ。なんでもない」
「大丈夫よ、心配しなくても」
芳子ばあちゃんが優しく手をつないでくれる。それから三人並んで、父さんの診察室に入っていった。
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「おぉ。さつき、遅かったなぁ」
父さんはいつもどおりのニコニコ顔だ。それだけで心配は吹き飛んでしまう。うん。父さんの笑顔はすばらしい。単純な人ってそれだけですばらしい存在だ。悪いところがあったら、父さんは嘘の笑顔なんて作れないはずだから。
「喜べ。なんともないぞ」
「よかった」
「それどころか健康すぎるくらいだった」
「なによ、それ」
「いや、本当だよ。もう完璧に健康。普通はおかしな数値の一つや二つあるはずなんだけど、まったくなかった。これは若さだな」
父さんは白衣のポケットから両手を抜き出し、机の上の紙をじいちゃんに渡した。
「父さんも見てください。ね、もうこれ以上ないくらい健康体でしょう」
「ほぅ。ほぅほぅ。まったくだ。こりゃ驚いたな」
じいちゃんは紙に印刷された数字を指で追いながら、何度も「ほぅ」とか「ほほぅ」と声を漏らした。
「よかったわね、さつきちゃん」
芳子ばあちゃんがあたしの両肩に手を乗せてくれた。その手がとても暖かくて、あたしは本当にほっとした。
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