四章 ⑧『いかないでくれ……』

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 若君は小道の脇にある大きな石に、右腕をかけるようにしてぐったりとしていた。その大きな体にしとしとと霧雨がかかっていた。


「どうしたんですか?」

 あたしは駆け寄った。若君の前にしゃがみ、濡れた前髪をかき上げて顔色を見た。


 が、さっぱり分からなかった。なにしろ若君は普段から顔色がまっ白い。具合がいいのか悪いのかもわからない。

 ただ、少し閉じられたまつげが震え、唇も震えていた。まるで捨てられた子犬のように、全身が小さく震えていた。


「若君、しっかりしてください」

「……った……が……らん……の……くれ」


 若君はうめくように答えた。ほとんど聞き取れない。あたしはあせった。なんだかこのまま死んでしまいそうに見えた。そう思うとなぜだかやたら悲しく思えてきて、あたしまでが泣きたくなってきた。


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「若君、なんて言ったんです?」

 そういってから、若君の口元に耳を寄せる。苦しげな吐息も震えている。

「……った……が……らん……くれ」


 やっぱり聞きとれない!すごく弱ってる!どうしよう!


「待ってて、今母さんを連れてくる!」


 そういって走り出そうとした途端、あたしの手をハシッと若君がつかんだ。だがその手はすぐに力を失って地面にフワリと落ちた。


「若君……」


 若君はゆっくりと首を横に振った。『いかないでくれ』たぶんそういう意味。……


 あたしはうなずいた。


……グゥゥ……


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 若君はで、必死にあたしを見つめている。こんなときになんだけど、苦しんでいる顔も妙にかっこよかった。


「大丈夫、どこにも行きませんよ。あたしはちゃんとここにいます」


 若君を守ってあげなくちゃ!今はあたしだけが頼りなんだから。


「……が……らん」


 若君はまた言葉を搾り出す。でもあたしにはさっぱり聞き取れない。


……グゥゥ……


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 グゥゥ……?なんだろうさっきから。


 ここであたしはなんか妙だと気付いた。冷静になって、若君の前にしゃがみこむ。


「あの、もう一度言ってください」


 若君は辛そうにうなずき、全身の力を振り絞り、ゆっくりと話した。


「はらが……へった……ちが……たらん……のませてくれ……たのむ……」


 そしてお腹の辺りから、子犬が催促でもするように、


……クゥゥ……


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