四章 ⑦『吸血鬼のいる日常』

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 ま、それはともかくとして。


 それからというもの、若君は毎晩のように新兵衛と剣道教室に出かけるようになった。同時に若君との生活パターンもなんとなくできあがってきた。


 だいたいそれはこんな感じだ。


 まず夕方。若君はあたしの部屋をノックして散歩に誘う。それから二人で薄暗くなってきた敷地の庭を散歩する。あたしはほとんど景色は見えないけど、若君はうれしそうに見つけた花や鳥の名前を教えてくれる。


「お、見よ、さつき。あれはモズじゃ。百の舌と書く。あれはその名のとおり様々な声でなくのだ。止まってる木は梅じゃな」

「あれ、梅なんですか」

「うむ。桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿といってな、梅の木は……」


 あたしは自然のことはさっぱり分からなかったけど、名前を覚えると庭を見るのも少し楽しくなった。


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 三十分ほどして散歩から帰ると、玄関には新兵衛が待っている。それから三人で剣道教室に向かう。

 この時は新兵衛が若君に一方的に話す。たいていは現代生活についての分かりやすい解説をする。情けないことに、それはあたしにとってもいい勉強になる。


 それから剣道教室が始まる。若君はそこで子供たち相手に容赦ない指導をする。ちなみにあたしはパイプイスに座って、教室が終わるのをただ黙って待っている。


 教室が終わると家に帰ってきて、若君は自分の部屋に閉じこもる。あたしと新兵衛は晩御飯を食べて、お風呂に入って、部屋に戻ってそれぞれ眠る。


 ま、だいたいこんな感じ。


 こうして日常というものが周り出す。


 そして日常と言うものが周り出すと……


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 いやぁ、慣れてくるものなんですねぇ。


 吸血鬼がいるという事実にも、

 殿様的な態度にも、

 ついでにあの美貌にも。


 あたしはすっかり慣れてしまった。


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 だが平凡な日常の中でも、どうしても気になることがあった。若君の吸血に関することだ。あたしは最初の日に吸われてから、まだ一度も血を吸われていなかった。


 吸血鬼というのがどれくらいのサイクルで血を吸うものなのかと、ひそかに心配していたのだが、どうやら思ったよりは長いようだった。


 ひょっとしたら一度吸えば十年ぐらい吸わないのかも。なんてことも少し思った。だがもちろん、そんわけにはいかなかった。


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 それは若君が目覚めてから、ちょうど一週間めのことだった。いつもの夕方の散歩の時間。その日は午後からずっと重たい霧雨が降っていた。


「若君もだいぶ慣れてきましたね」


 あたしは学校が休みだというのに、相変わらずの制服姿。右手には赤い傘をさして、くるくる回しながら歩いていた。若君は相変わらずの着物姿。傘も差さずに少し前を歩いている。その日は竹林の近くを歩いていた。


「そうでもない。お前たちの生活はどうにもせわしなくていかん」

「でも、いろいろと便利になったと思いませんか?」

「生きるにはかえって不便だと思うぞ」


 若君の言い方は少し寂しそうだ。立ち止まり、顔に雨を受けながら雲を見上げている。あたしはそこに追いつき、今度は先に立って歩き出す。


「それはどういう意味なんですか?」

「生きることの意味を忘れそうになる、ということかのう」


 ウーム。なかなか深いことを言うな。あたしは素直に感心した。やはり昔の人の言葉は重みが違う。


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「じゃあ、若君の生きる意味って、なんですか?」

「……」


 返事がない。考えてるのかな?まぁ簡単だけど難しい質問だ。

 そして答えはもっと難しい。それにしても返事が遅いな。


「やっぱり、なかなか見つからないものなんですかね?」

「……」やっぱり無言。


 あれ?

 あたしが振り返ると、若君が倒れていた。


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