三章 ⑤『若君とお散歩』

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 あたしと若君はそっと家を出ていった。


 夕暮れの空気は藍色に染まっていて、ひんやりと冷たかった。森の遠くのほうでカラスがまばらに鳴いているのが聞こえ、もこもことした樹上には月が昇っていた。空からそっと夜が降りてくるような、少しロマンチックな雰囲気だった。


「で、どこにゆこうかの?」と若君。


 前にも書いたが、あたしの家はとにかく広い。あたしは若君をどこに案内しようかと考え、まずはきちんと手入れされている東の庭を案内することにした。そこは大きな石がごろごろと転がっている純和風の庭で、庭師の人が毎月手入れをしてくれている。あたしは名前を知らないけど、いろんな木や植物が植えられていて、季節ごとにいろいろな花が咲くのだ。


「このまま、少し歩いていきましょう」

「わかった」

 あたしと若君は夜の冷たい空気を呼吸しながら二人で歩く。足下で小石がジャリジャリと心地のいい音を立てている。


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「じつに見事な庭じゃ」

 若君はあたしの少し前を歩いた。歩き方はのんびりとしている。懐に手を入れ背筋をまっすぐに伸ばし、悠々と歩いている。愛用の日本刀も腰でゆっくりと揺れている。


「それに草木というものは、いつの時代も変わらん」

 若君はとても嬉しそうだった。ときおり木の枝で道端の雑草や花を指しては、名づけるようにその名を呼んだ。

「あれは、カタクリ。オオバコも生えておるぞ。あれはマツムシソウかな」


 若君はうれしそうだった。そんな姿を見られてあたしもなんだかうれしかった。

「若君はいろんな名前を知ってるんですね」


 あたしが褒めると、若君は目を細め、なんともいえない笑みを浮かべた。その笑顔の感じからすると、最初思ったよりも若そうだった。オジサンというよりは青年のように見える。ま、どちらにしてもだいぶ年上なのは変わらない。実年齢は軽く400歳らしいし。


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 それにしても、こうして歩いていると、若君は考えていたよりも普通の人らしかった。キモノ姿にしても、肌身離さない刀にしても、眠った時代を考えれば当然のことだ。でもこうして一緒に話して、並んで歩いていれば、中身はやっぱり普通の人だと分かる。


(――若君と正面から向き合ってみよう――)


 あたしは昨日、心に留めたことを思い出した。うん、こうして少しずつ分かりあっていけばいいのだ。言葉が通じるのだから、きっと分かりあえるはずだ。


「そうだ!若君、明日は川を御案内しますよ」

 あたしはその決意を胸に一歩だけ歩み寄った。

「水が綺麗だからたくさん魚もいるんです。一緒に見に行きましょう」


 小さいけれど一歩だけ――



 なのにあっさり拒絶された。近づいていって、ビシッと鼻面を叩かれた犬の気分。


「ワシは水が苦手じゃ」

「あ、そうですか」


 あたしはアナタが苦手です。


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 しばらく散歩してから、あたしたちは家に戻った。たぶん一時間くらいは歩いていたと思う。あたりはすっかり暗くなっていた。


 庭を抜けると、玄関前にコウコウと明かりが灯っていた。暗闇に慣れた目にはかなりの明るさ。その明かりの下ではボタンばあちゃんたち三人の老人が勢ぞろいして待っていた。みんなちゃんとキモノを着て、そわそわと落ち着かない様子。


「ただいまぁ」

 あたしがそういったとき、三人の目が点になった。口をぽかんと開き、あわわ、と唇を震わせて、あたしを見ている。


「どうかしたの?」

「さ、さつき、なんじゃその格好は?着物はどうしたんじゃ、着物は?」

 とボタンばあちゃん。

「あ、これね。ちゃんと話したよ。現代ではみんなこういう服を着てるって説明した」

 あっさりとあたし。


「そうですよねっ、若君!」

 斜めに若君を見上げる。


 なぜか若君の顔がこわばっていた。目のあたりがヒクヒクと動いていた。怒っているような、動揺してるような。

 それから同じくヒクヒクとした唇から小さく言葉が漏れた。


「魔術じゃ……」


 姿

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