三章 ④『夕闇の訪問者』
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家に帰っても妙に暇だった。ふだんなら学校にいる時間、みんなは勉強している時間。そんな時にのんびりするのは実に気分がいいのだが、あたしは検査で疲れてしまったのもあって、ベッドに倒れ込むと同時に眠ってしまった。
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あたしはぐっすりと眠っていた。
コンコン、コンコン
ドアをノックする音に、ゆっくりとまどろみから浮上する。いったい誰だろう?
「うーん」
背筋を伸ばして起きあがる。制服を着たまま眠ってしまった。しかも部屋の中はいつのまにか真っ暗。時刻を見ると午後七時。窓の外は夕暮れを通り越してほとんど夜だった。
コンコンコン
と再びせかすようなノック。
「だれ?」
「ワシじゃ……」
その声を聞いただけで心臓が跳ね上がってしまった。若君だ。若君が来たのだ。
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「あ、あの、なんでしょう?」
「ちと、話がある。扉を開けよ」
血だ……血を吸いに来たのだ!だって他の用事なんて考えつかない。
ど、どうしよう?
「あのぅ、なんの話ですか?」
「開けたら話す。早うせい!」
そしてまたしてもゴンゴンゴンとノック。たぶん刀の柄を当てているのだろう。少し乾いたような音だった。
「あの、そこで話して下さい」
「いいから開けよ」イライラとした感じ。
どうして勝手に入ってこないのかな?そう思ったのは一瞬。答えはすぐにひらめいた。あの有名な伝説『吸血鬼は招待されない扉を開けることはできない』と言うアレだ。まさか本当だったとは!
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あたしは若君の弱点を突き止めた。これは小さな一歩かもしれないが、やがて大きな一歩になるだろう。
そうだ。いくら運命だからと言って、好き勝手に血を飲ませることはないのだ。こちらの主張もはっきり言えるような、これからはそういう対等の立場になっていかないと。
「あたしから開けることは出来ません」
あたしはきっぱりと言った。だいぶ意味不明だったけれど。
「開けぬと申すか?」
「理由を言ってくれないなら」
あたしはベッドの上に座ったまま、枕をぎゅっと胸元に抱き、閉じた扉の向こうを睨みつけた。ダンコたる決意で。
「おぬし家臣の分際で、主君のワシを呼びつけようと、つまりそういうことだな?」
若君の声が急に低くなった。それになんか風向きが違う。
「それはワシを主君として認めぬということ、それだけ無礼な振る舞いをするからにはそれ相応の覚悟があると、そう解釈してよいのだな?」
「あの、そういうことではないんですけど」
つまり……扉を開けないのは『招待されてないから開けられない』ではなく、ただ単に『殿様のプライド』のためだったのか!
しまった。勘違いしてた。
「だったら早う開けい!」
「は、はい!ただいま」
あたしは枕を放り出し、素早く立ち上がってドアを開けた。結局自分から扉を開けてしまったわけだ。
腕組みをした若君が眉間にしわを寄せてあたしを見下ろしていた。
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「またもワシを待たせてくれたな……」
うーん、なんかうまい言い訳を考えなくちゃ。でも意外とすんなり出てくる。
「すみません、今、着替えていたので」
制服を直しながらそう言った。
「ム……」
若君は眉間に皺をよせ、とまどいもあらわにこちらを見下ろした。それから目元を手のひらで覆って、まるであたしが裸で現れたみたいに、天井に目をそらした。
「そのようじゃな、早う何か着ろ」
「いえ、もう着替えてますけど」
もちろん妙な制服を着てるわけじゃない。純粋な学校指定の制服。コギャルではないので、スカートも学校で決められたとおりの長さ。夏服で半袖だけど、目のやり場に困るようなものでは全然ない。靴下もちゃんとはいてるし。
「おぬし、それで外に出るつもりか?」
「はい、若君。これは制服というものです。現代ではみんながこういうのを着ているんです。学校に行くときだけですけどね」
「セイフク?ガッコ?なんじゃそれは?」
あー、めんどくさい!そこから説明か。
「えーとですね、現代の子供は、みんなで同じ服を着るんです。それが制服で、学校というのは、先生に勉強を教えてもらいにいくトコです。昔の寺小屋ですね。わかりますか?」
「さっぱり分からんな。しかしだな、なぜそんなことをするのじゃ?」
むむむ。これは新兵衛よりも面倒だな。
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「現代ではそれが普通なんです。ついでにいうと、今の時代では若君のようにキモノを着る人はいません。みんなこのような『洋服』というものを着ているんですよ」
「なぜだ?キモノがあるではないか」
「でも、そういうものなんです」
あたしは少しイラついていたけど、にっこりと自信たっぷりに答えた。どうせ納得させることなんてできないなら、これで押し通すしかない。
「とはいってもだな……そのような格好は」
「そういうものなんです」
あたしはググッと目に力をこめて若君を見つめた。ここは負けられない。うまくいけばこれから着物を着ないですむようになるかもしれないんだから。
「じゃがな……」
「いえ、そういうものなんです」
忍耐強く、笑顔を浮かべてあたし。
「ム、そういうものか……」
若君は納得していないようだったが、ついにあたしの勢いに折れた。
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「ところで、お話っていったいなんでしょう?」
ささやかな勝利をおさめたところで、すぐさまあたしは話題を変えた。
「おお、そうじゃった。さつき、ワシは散歩に行きたい。案内せい」
散歩かぁ。しかし若君をいきなり町に連れ出すわけにもいかないだろう。すんなり着替えるとも思えないし、着替えたって目立ってしょうがない。それに若君にとっても現代の町は刺激が強すぎるはずだ。
「敷地内でよければ、案内しますけど……」
「ああ、それでかまわん。では行こう」
若君はくるりと方向を変えるとすたすたと一人で歩きだしてしまった。
「あ、ちょっと待って下さいよ!」
あたしはあわてて若君の背中を追いかけた。
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