二章 ⑦『さつき、血を吸われる』

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「つまり、その、おぬしが言っておるのは、だな。人目につかんところを噛んで欲しいと、そういうことなのか?」

「え?ええ。まぁ、その方が」


「今のおなごは……だ、大胆なのだな」

 まだ床を見つめたまま、若君のほうが恥ずかしそうに告げた。


「は?」なにか勘違いしてるのかな?

「いや、ワシはべつにかまわんのだが。その、キモノを脱ぐあいだ、ワシは目を閉じたほうがよいのか?」


 若君にそう言われて、あたしは自分が何を言ったのか、若君がそれをどう受け取ったかに気がついた。


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「ち、ち、ち、ちがいます!」

 思わず声が震えてしまった。恥ずかしさのせいだった。


「そーいう意味じゃありません!」

 もうダメ。もう無理。もう限界。


 そしてあたしに得体の知れない勇気がわいた。なんかもう、全部がめんどくさくなってしまった。なんかもう、全部がどうでもいい気分になってしまった。そしてこの瞬間、あたしの心の切り替えが完了した。パチッ。こうなると女の子は強い。


「ちがいます」

 あたしはまっすぐ若君の目を覗き込んだ。


 そのまま冷たい口調でそう告げた。


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「たとえば手首です。そこならリストバンドとかで隠せますからね。それか、肩です。肩なら袖で隠せます」

 若君は考え込むように天井を見上げた。


「うむ。その『りすとばんど』とやらが、なにかはよくわからんが、まぁ仕方ないかの」

 勝った。ちょっとだけ優越感。


「……それならば、そうだな、肩がよいかの」

「わかりました」

 それであたしは着物の袖をぐいとまくった。そのまま丸めていって、肩まで引っ張りあげる。ずいぶんと細っこいあたしの腕。なんだか注射でも打つような気分だ。


「では、どうぞ」

 あたしからそう言った。

「うむ。すまんな」


 若君はあたしに向かって体を傾け、畳に右手をついた。それからゆっくりと顔をあたしに近づけてきた。前髪が落ちて、その顔はほとんど隠れている。さらに若君の左手が、あたしの肘をそっとつかんだ。


 血を吸われる覚悟はできていたけど、実はあたしは注射が苦手だった。だからその瞬間、あたしは顔をそむけた。若君の顔がさらに近づいてくる気配がして、それから冷たい吐息が肌にかかり、柔らかく唇が触れた。


 あたしはなんだか妙な気持ちになって、ギュッと目を閉じた。


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 そういえばヴァンパイアにかまれると、仲間にされたり、ゾンビみたいなのにされたりするんだよなぁ。そんなことを思いだした。


 小説や映画、コミックならたいてい犠牲者はそうなる。現実の場合はどうなるんだろう?若君は大丈夫だって言ってたけど、本当に大丈夫かなぁ?もしちがってたら、やっぱり吸血鬼になるのかな?それともゾンビになるのかな?どっちかっていうと、吸血鬼のほうがいいな。


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 そして肩のあたりに柔らかな痛みが走った。二本の牙が当たる、かすかな痛み、それからプツッと皮膚が破られる感覚。それはなんというか、甘い痛みだった。


 そして血が吸われていく感覚。ストローみたいなもので血液がどんどんと抜かれていく感覚。怖くて見られないけど、どんどんと吸われていく。一リットルのペットボトルの水をがぶ飲みしているみたいに、どんどん吸われていく。


 あれれ。どうやら貧血になってきたみたいだ。急に頭がしびれてきた。目を閉じているのに、視界がさらに黒くぬりつぶされていく。手足に力が入らない。


 あたしどうなっちゃうのかな?


 視界がさらに暗くなって、ふっと思考がとんだ。


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 そしてあたしは気を失った…


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