一章 ⑥『若君との語らい』
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「キャアアア!」
瞬間、あたしは思いっきり悲鳴を上げた。理性のスイッチがふっ飛んでしまった。
「あら」
母さんはそう言っただけ。いつもと変わらないおっとりした態度。
「ふ、ふぇぁ」
その瞬間、父さんは意味不明な声をもらし、どういうわけか背中をスッと延ばして固まり、そのまま横にドサリと崩れ落ちた。
あたしは人が気を失うのをはじめて見た。それはなかなか衝撃的な光景だった。
それはそうと、思いっきり悲鳴を上げたことで、あたしは妙に気が落ち着いた。
なんだか考える余裕まで出てきた。
そう、最初から驚くようなことではなかったのだ。
これはつまり『眠っていた人が起きただけ』なのだ。
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「いったい、ワシをいつまで待たせるつもりじゃ!」
その青年は棺の中から上半身だけむっくりと起き上がった。かなり上背がある。体つきは細かったけれど、かなり鍛えられている感じ。後ろでひとつにまとめた髪は、馬の尻尾みたいにつやつやして長かった。
「……まったく、また眠ってしまうところだったぞ」
それから青年はゆっくりと棺から立ち上がり、ドンと日本刀を立てた。そして台の上からあたしと母さんをジッと見下ろした。
「ひょっとして、あなたが若君様ですの?」
母さんがその青年をその見上げながら尋ねた。
「うむ。いかにもそうじゃ。ワシが若君じゃ」
その青年は自信たっぷりにそう宣言した。そしてにんまりとした笑顔を浮かべた。
普通、いい大人は自分の事を『若君』とは呼ばないと思うんだけどな。
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「いやいや、今回は良く眠ったわ」
その『若君』は台の上からひょいと飛び降りた。それから首をググッと曲げて伸ばし、肩をグルグルと回した。それでも足りないらしく、背中を伸ばし、とにかくありとあらゆる筋肉を伸ばした。どれだけ寝ていたか知らないが、ずいぶんとコッテいたらしい。
「それにしても、ずいぶんと主君を待たせてくれたものよ」
「すみません」あたしと母さんはつい謝ってしまった。この青年にはなんかそういう迫力というか、高飛車な態度が実に自然に身についていた。
じっと見られていると、なんだか小さくなってしまいそうになる。
「まぁよい。今回は許す」
「ありがとうございます」
あたしと母さんはホッとため息を漏らし、あらためて間近に若君を見上げた。
意志の強そうな大きな瞳、すっきりとした鼻の線、顎はがっしりとしてたくましい。その顔にはりりしさと美しさが絶妙のバランスで共存していた。とても同じ人間とは思えないような、まるで別の存在のような完璧さがあった。
「ところで、おぬしたちは
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それにしても、若君の言葉遣いはずいぶん妙だった。まるっきり時代劇の人だった。それに態度も殿様風が板についている。まだ若そうなのに時代劇マニアなのだろうか?侍の格好までして。日本刀まで持ったりして。
とはいえ、そんな格好をしている割に、実はあまり違和感を覚えなかった。話し方はもちろん、着物の着方にしても、その態度、物腰までが実に自然だった。
まったく芝居をしているという感じがなく『生まれたときからこうですよ』という自然さがあった。
そしてそんな雰囲気が母さんにも伝染したのだろう。母さんもなんだか時代劇のように若君に答えた。
「はい。内羽の者にございます。わたくしは清兵衛の妻『かえで』、こちらは娘の『さつき』にございます」
「そうか。ではさっそく、屋敷まで
「かしこまりました。では、さつき、まいりましょうか」と母さん。
「は、はい、おかあさま」思わずあたし。
なんだかあたしまでうつってしまった。
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「ところで……」
若君はそういって、刀の先を地面に向けた。もちろん刀は鞘に収まっている。その鞘で指していたのは、床にのびている父さんだった。
「……こやつが内羽の当主か?」
刀の先で父さんのわき腹を突っつく。
が、父さんはピクリともしなかった。完璧に気を失っていた。
「その……」母さんは小さな顎に指をあててしばらく考えた。
「……たぶん、そうではないかと」
「まったく、だらしのないやつだな、内羽の男はいつもこうじゃ」
そう言いつつ、若君は帯に刀を差して、父さんの横にかがみんだ。ぐんにゃりした手を肩に回し、そのままひょいと肩の上にかつぎ上げる。それも軽々と。洗濯物のように。
「では行こうかの」
かなりの重さのはずだが、若君は涼しい顔でそう言った。
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それからあたしたちは赤蔵を出て、来た道を家へと引き返した。道案内の母さんが先頭、父さんを担いだ若君が続き、あたしが一番後ろだった。ちなみに父さんは気を失ったまま、若君の背中で両手をプラプラと揺らしていた。
「ここはまったく変わっておらんなぁ」
若君は竹林に入ると、嬉しそうな声で言った。途中で細い枝を折り、子供みたいにそれを手にした。
「竹の手入れもなかなかに見事じゃ。褒めてつかわすぞ」
若君は急にくるりとあたしを振りかえり、ニッと笑ってそう言った。
その笑顔のステキなこと。
「は、はい。ありがとうございます」
とは返事したけど、竹の手入れをしてるのはあたしじゃなかった。いつもじいちゃんが一人で、黙々とやっていたのだ。手伝ったことすら一度もない。
つい、嘘をついてしまった。
これは乙女心のせいよ、許しておじいちゃん。
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「それに……」
若君はずり落ちてきた父さんの体を担ぎ直しながら言った。
「内羽の当主が代々頼りないのも、ちっとも変わっておらん……」
若君はハッハッハッと高らかに笑った。母さんとあたしもなんとなくホホホと一緒に笑ってしまった。なんとも楽しい気分だった。こんなにもかっこいい人が、笑顔を向け、楽しそうに話しかけてくれる。たったそれだけのことが妙に嬉しくなってしまうのだ。それぐらい、若君の美貌は破壊力抜群だった。
「まぁもっとも……」
若君はそう言葉をつなげた。
「……ワシが用があるのは、おぬしたちのほうじゃがな」
そしてまたハッハッハッと笑った。
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