最終章 ⑭『……よかった』
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急いで悲鳴の方に駆けつける。
悲鳴を上げていたのは、菜々子ちゃんだった。菜々子ちゃんは地面にひざまづき、お母さんのお腹を押さえていた。その小さな手には血がベットリとつき、さらにその下からドクドクと血があふれだしていた。
「誰か、誰か助けてください!」
菜々子ちゃんは叫んでいた。マザキ君も駆けつけたが、なにもできず、菜々子ちゃんと一緒に母親の傷口を押さえた。
「誰か、医者を呼んでくれ!急いで!」
隣ではゲンジ君が血を吐いて横たわっていた。この二人は特に重傷そうだった。でもそれをいうなら、この戦いに参加した人たちすべてが、ひどい傷を負っていた。このまま放っておいたら大変なことになってしまう。せっかく助かった命なのに……
「お願い!お医者さんをよんで!ママが大変なの!ママが死にそうなの!」
菜々子ちゃんは声を限りに叫んでいる。
だがこの場にいる医者はみんな傷つき、倒れていた。
……それに父さんも、おじいちゃんも、もう……
ブォン!
と、エンジンが荒々しく吠える音が響いた。それから長いクラクション。そしてヘッドライトが夜を切り裂き、一台のベンツが猛然と駐車場の中に現れた。
それは……その車は!
「芳子おばあちゃん!」
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ベンツのドアが一斉に開いた。
そしてみんなが現れた。
あたしの家族みんなが!父さんも母さんも新兵衛も、又兵衛じいちゃんに、芳子おばあちゃんにボタンばあちゃんも、みんないる。
「よかった……生きてたんだ……」
もうそれだけであたしはボロボロと泣いてしまう。
「あー……こりゃすごいな……また」
父さんは状況を見渡すなり、いつもののんきな口調でそう言った。
「これは気合いをいれんとな」
と、おじいちゃん。おじいちゃんも懐かしの白衣を着て、手には大きな診療バッグを提げている。
「そうですね」
父さんはスーツの上着を脱ぎ、ネクタイをはずし、持参した白衣に袖を通した。その横から新兵衛が走り出し、真っ先に菜々子ちゃんのところへ走っていった。
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「菜々子、もう大丈夫だぜ。俺さ、こんなことになるんじゃないかと思ってたんだ」
新兵衛は菜々子ちゃんを勇気づけるようにそう言った。その姿は新兵衛のくせになんだか頼もしくてかっこよかった。
「おーい、父さん!こっち!こっちからみてよ!」
「わかった。すぐ行く」
父さんはそれから若君とあたしのところにやってくる。そしてあたしの顔を見つめ、うれしそうな笑顔を浮かべた。
「さつき、ごくろうさん。あとは父さんの仕事だ。安心していいぞ。これでも優秀な外科医なんだからな!」
父さんはあたしの頭をひとなですると、白衣を翻し、颯爽として患者たちの待つ戦場へと歩いていった。
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「これですべておさまったな」
若君はそう言ってくれた。
あたしはこれで心の底から安心した。
とたんに体中に激痛が走った。
「あああっ!」
思わず悲鳴を上げる。手が、足が、背中が、首が、とにかく体中、内蔵までが一斉に痛みだした。急に心臓がドクドクと鳴りだし、その心臓までもが痛かった。
「どうした!さつき!」
それはこれまで経験したことのない痛み。まさに死にそうな痛み。そしてあたしは思い出す。自分がしじまの時の中を走ったことを。そんなことをすれば死ぬかもしれないと若君に警告されたことを。
「若君……」
あたしは若君の腕の中で、自分の命が急に消えていくのを感じる。なぜだかあれほどの痛みが急に切り離されたように、人ごとのように感じられてくる。
「……若君……」
もう一度呼んでみたけど、もう言葉にならなかった。急に涙があふれて、言葉が出なくなってしまう。もう時間がない。何かいわなくちゃと思うんだけど、なにも言葉がでてこない。
「……若君……」
意識が薄らいでゆく。まるで魂が肉体から切り離されていくみたいに。
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でも、それでも、あたしは満足していた。
この場のみんなが生きていることに。
家族のみんなが、町のみんなが、マーちゃんや神父さんが、藤原君と吉永さんが、みんなが生きていることがうれしかった。みんながやがて昇ってくる朝日を浴びて、新しい一日を始められることがうれしかった。
そして朝日は浴びられないけど、若君が生き続けていることが、これからもずっとずっと生き続けていくことがあたしにはうれしかった。
「だから申したはずじゃ!しじまの時を歩くな、と!いうことを聞かんからじゃ!さつき、なんとか答えんか!さつき!さつきよ、答えてくれ……」
若君がそう言ってあたしのことをぎゅっと抱きしめてくれた。その胸はひんやりと冷たいけれど、その胸の中はとても暖かい。
「さつき!」
「……よかった」
あたしはそう答えた。
世界が暗くなっていった。
あたしはその最後の瞬間まで若君の顔を見つめていた。
あたしのために泣いてくれたその美しい顔を……
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