十一章 ⑧『期限は明日の夜』
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そうか……そんな事情があったんだ……
なんか昔の光景があまりにリアルによみがえって、うまく現実とつながらない感じだった。
でも若君が自分の意志でたくさんの人を生け贄にしたんじゃないと分かって、少しほっとした。
考えてみれば領民思いの優しい領主様だったんだから、そんなことするはずがなかったのだ。あたしはまだ若君を信じ切れていないんだ。それがかえって恥ずかしい。
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「あたし、ずっと若君を誤解してたみたいです。若君はなんか、すごく恐ろしい人だと思ってたんです。でも、そうじゃなかった。あたしのお願いしたこともちゃんと聞いてくれたし」
「それは誤解ではない。おまえの言うとおりワシは恐ろしい怪物だ。ずいぶんと人もあやめてきた。幾多の過ちもおかしてきた。だがそれも全て自分の決断でしたことだ。決断した以上はそれを最後まで全うする。それが人としての生き方だとワシは思うのだ」
なんか厳しい掟みたいだ。でも若君の言うのはもっともだとあたしも思う。あたしもすでに一つの決断を下した。誰も殺さない、殺させない。その決断を最後まで全うする責任がある。その為に若君だって、マーちゃんだって、みんなみんな傷ついたんだから……
「だからさつきよ、おまえはおまえのできることをやらねばならん。なんとしても明日の夜までにヤカタを見つけだすのだ。そしてこれと同じ印を持つヤカタを焼き尽くさねばならん」
あたしは決意を込めてうなずいた。
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うなずいたんだけど、もう少し聞きたいことがあった。
「あの、一つ質問があるんですけど……」
「なんじゃ?申してみよ」
「やっぱりヤカタの人だけは殺さなくちゃならないんですか?」
これが重要な問題だ。もちろんあたしに人殺しができるとは思えないし……
「それを聞くと思ったぞ。まぁ結果的にはそういうことになる。とにかくこの契約の印を跡形もなく焼き尽くすことが必要なのだ。命をとどめていられるかどうかは状況次第になるというわけだ。ただ楽観はできぬぞ」
「はぁ……やっぱりそうなんですか……」
思わずため息をついてしまう。ヤカタが誰かは知らないけど、どこかであった人には違いないのだ。そんな人を殺せるだろうか?たぶん無理だ。あたしにはできない。でも……
「だが、その役目はワシが引き受けてやる。だからともかく、おまえはヤカタを見つけ出せ。期限は明日の夜までじゃ。それを過ぎれば、おそらく町の全ての人間が祟られる。そうなればもはや打つ手はなくなる」
「わかりました……」
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「では頼んだぞ。ワシはこのまま明日の夕刻まで眠る」
若君は刀をドンと立てると、それを支えに立ち上がった。まだかなり弱っているようだ。表情もだいぶ辛そうに見える。
「あの、大丈夫ですか?」
「むろんじゃ。お前の血も飲んだしな。一眠りすれば回復する。それより、さつき。しっかと頼んだぞ」
若君は部屋を出る間際に、あたしにそう言い残した。そして扉をそっと閉めて去っていってしまった。
あたしは一人部屋に残された。それから若君の見ていた月を見上げた。
青白い月光が静かに降り注いでくるようだった。
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「あたしに探せるかな?だいたいヤカタって誰なんだろう?」
昼間は若君と同じくきっと眠っているはずだ。たぶんどこかの家で、家中を真っ暗にして、そっと眠っているはずだ。一件一件探している時間はない。可能性のある人をリストアップして、とにかく探すしかないだろう。
でも、そもそもどうやって見当をつけたらいいんだろう?手がかりだってあまりに少ない。いや少なすぎる。さっき見たときだって真っ白いマントをすっぽりかぶっていた。
ということは……推理が必要だ。
推理と言えば、マーちゃんだ!
マーちゃんと協力して、とにかくヤカタを見つけださなきゃ。
あたしはベッドから降りると、マーちゃんを探しに部屋を出た。
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