第6話

第四章 嵐は廊下から現れた


 その翌日、俺たちは教室にいた。

 ゲームは最初の二試合は二日連続で行われ、中一日を置いて決勝が行われる。その中日は、通常授業だった。

 多くの生徒はゲームの話題でいっぱいであまり授業には集中していなかった。A組で決勝まで残っているのは俺たちだけであり、そのために、普段は話しかけてこない生徒が話しかけてくることも多かった。

 そして休み時間。

 俺たちは唯香の席でちょっとした作戦会議をしていた。三ノ宮さんはクラスの仕事があるため、来ることができないということなので、俺と中村、そして唯香の三人で、戦略がどーの作戦がこーのと、あーだこーだと議論していた。

「次の武器もやっぱり前回のようにばらした方がいいんじゃないか? 次はまた、森フィールドで、開けているところとそうでないところが混ざっているようだから、短距離用と遠距離用、両方の武器があった方がいいだろう」

「そうね。私もそれには賛成。あとは誰がどの武器を持つかということだけど……」

 唯香は、ノートの左側に俺たちに名前を横に書き、右側に三種類の武器を書いた。

「二回戦ってみて分かったけど、やっぱりそれぞれの力を最大限に発揮できる武器の組み合わせがあると思うの。直人はやっぱり足が速くて、瞬発力もあるから、いざという時に敵陣に接近できるマシンガンがいいと思うんだけど……」

 唯香はそう言うと、俺の名前に丸をして、そこから線をマシンガンと書かれているところまで引っ張った。

「そうだな。それでいいと思う。次も森ステージのようだから、近接用と遠距離をバランスよく確保した方がいいだろう」

「そうすると、三ノ宮さんはライフルかな。近接戦闘よりは距離を取れる武器の方がいいと思うけど」

「うん。俺もそれがいいと思う。まあ、今は本人がいないんで、あとで確認した方がいいと思うけど」

 俺はそう言って顔を上げると、中村がぽかーんと俺の方を見ていた。

「何だ。何か言いたいことがあるのか」

「いや、ただ、何か楽しそうだなって。てっきり城島はいやいやゲームに参加しているのかと思っていたんだが」

 はっ! 確かに俺はゲームなんかには興味はないのだった。

「直人はいつもそうなのよ。やる気なさそうに見えても、実際その場になると一生懸命になるんだから」

「いや、そんなことはないぞ。別にそんなに興味があるわけではない」

「もしかして、手を抜いていたりしたの」

 唯香の表情が怪しくなってきた。

「いや。そんなこともない。たぶん」

「まあ、いいわ。続けましょう。えっと、他の人の武器だけど……」

 唯香が言いかけたその時だった。突然の嵐は廊下からやってきた。

 教室のドアが開いた。

 そこに姿を現した者を見て、まず、ドアの近くにいた生徒の顔が驚きに変わった。それを見た別の生徒の視線もドアの方に集中し、瞬く間に教室にいるすべての生徒の視線がそちらに集まった。

 そこには、阿暦サンドラが立っていた。

 一七〇を超える長身。スタイル抜群で背筋もピシッと伸びている。

 背中まであるプラチナブロンドの髪をなびかせ、その身には学年唯一の女王階級の制服をまとっていた。黒を基調として、シックでありながら華やかなその服は制服という概念を超えたような服だった。オーダーメイドであることもあり、サンドラのその抜群のプロポーションに完璧なまでに調和し、まるで、阿暦サンドラのために作られた制服、そんな印象を与えるほどである。 

 圧倒的なオーラを放つ女王。天使と言うよりは戦乙女とでも言った方がふさわしい容貌。その前に立とうものなら、へへえ~っ、と思わず膝まづきたくなるほどの存在感である。

 サンドラが教室に入ってくると明らかに教室の空気が変わった。おそらく校長が突然入ってきてもそんなにまではならないだろう程に教室は緊張感に包まれ、沈黙がその場を支配した。


 阿暦サンドラ。聞こうと思わなくてもサンドラ列伝は自然と耳に入ってくる。

 勉強は学年一位。

 全ての科目で毎回ほぼ満点を取る。サンドラが間違えた問題はまず出題ミスを疑えと言われている。

 運動も学年一位。

 子供の頃からアーチェリーをやっていて、そのレベルは国内トップクラス。いずれオリンピックもと言われている。

 ゲームも学年一位。

 前回のカルタ取りの際には、ゲーム内容が発表されると、すぐに詩集を買い集め、一晩ですべて暗記し、ある時は自分が走り、ある時はチームメンバーに素早く指示を送り、圧倒的な成績で優勝した。

 その上、容姿端麗で家も金持ちときている。とんだ完璧超人である。天はこいつに何物を与える、一つくらい俺に寄こせってなものである。


「赤坂唯香さんはこちらにいらっしゃる?」

 女王の声は涼やかに教室に響いた。すると、ドア近くにいる生徒の視線が教室内を泳ぎ、一人の女子生徒をその視界にとらえた。

 するとサンドラは俺たちの方を見て、満足そうにうなずいた。そして、笑顔をたたえながら、俺たちの方に近づいてきた。その後ろにはサンドラと同じC組の貴族階級の男と女をひとりずつ従えている。

「ふうん。あなたたちが私の次の相手」

 サンドラの透き通ったロイヤルブルーの瞳が、椅子に座った唯香を値踏みするように見下ろした。

「な、なによ…」

 唯香もそんなサンドラと視線を合わせた。さしもの強気の唯香もこの時ばかりは相手の貫録に飲まれていた。

 唯香もかなりかわいい部類に入る女子である。だが、サンドラの圧倒的な美貌はそれを凌駕している。サンドラがハリウッドの人気女優であるとすれば、唯香は地方で開催されるミスリンゴ娘、例えればそれくらいの開きがあった。

「次に対戦する方とお会いしたくて。お互い正々堂々戦いましょう」

そういうとサンドラは右手を差し出した。

 一瞬躊躇した唯香だったが、右手を出した。二つの手は強くつながれた。その友好的な態度とは裏腹に、サンドラのその寒色の瞳には確かな熱を帯びていた。

 やがてサンドラは手を離した。僕はその姿をじっと見ていた。僕の視線に気が付いた女王は俺に向かって言った。

「あら、もしかして、あなたも次の対戦者?」

「ああ」

 そういって、俺は女王から目を離さなかった。

「そんなに私を見つめて。私に見とれた?」

 この言葉は正確に言うと少し違う。確かに俺はサンドラを見ていた。だが、その時に俺が感じていたのは、動物園で初めてピグミーマーモセットを見たあの気持ち。要は、うわあ、すっげえ珍しい生き物だな、という感動である。それに、サンドラが着ている女王の制服を間近に見たのは初めてのはずだが、以前どこかで見たような記憶があり、その記憶を頭の中で追っていた。

 サンドラはそれ以上は何も言わず、その表情に笑顔をたたえたまま、教室を去って行った。

 サンドラが去ると、教室はまた、喧騒に包まれた。多くの者は当然のことながらサンドラのことを話していた。

「しっかし、すっげえ美人だな」

 中村も例外ではなく、サンドラが立ち去った方を見て言った。

「まあ、確かにな」

「しかし、あんな美人にののしられたら爽快だろうな」

「まあ、確かに」

 俺は思わず、中村に同調してしまった。

「ばか」

 唯香は短く言葉を発した。だが、少しうつむき気味で、何かを考えているようだった。

「中村、お前、ああいうのは好みじゃないのか」

 すると、中村は風が吹くくらいに大きく首を振った。

「無理無理無理無理。あれは絶対むりだって。それに俺はもう少し謙虚でおしとやかな感じの女の子がいいな」

 そういうと、中村は遠い目になった。

 誰のことだそれは。と俺は突っ込みたくなったが、その言葉を飲み込んだ。それよりも唯香の方が気になった。

 唯香は席に座って、相変わらず、うつむいたまま、何も言わなかった。

 その後、しばらく教室内の生徒の注目は、サンドラから残された俺たちに移っていた。だが、時間の経過とともに次第に関心は薄れ、普段の様子に戻っていった。

 俺が自分の席に戻ろうとしたとき、唯香の口から小さな声が漏れた。

「絶対、あの制服着てやるんだから……」

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