第5話
第三章 あまりにグリーンベレー的な
一
翌日もほとんど雲のない、突き抜けるような快晴だった。
二試合目のフィールドは森の中である。広さは第一試合と同じくらい。
木と木の間に所々暗幕が張られている。高さは二メートルくらいで体がすっぽり隠れる大きさのものから、一メートルほどのものまである。
一試合目のプレハブの街に比べて、今回は自然の状態をほぼそのまま使ったまともなフィールドのようである。それでいてまともでないのが唯香の行動であった。
俺たちは北西の方角からスタートすることになった。スタート当初から相変わらず唯香の指示によりダッシュする俺たち。
森の中を狭い歩道が走っており、それに沿ってフィールドの中央を目指した。時折、道が分かれているが、その時には三ノ宮さんが中央付近までの最短距離を示した。地図が読める女、素敵です。
そして俺たちは中央近くにまで辿り着いた。そこは北側が高く小さな崖になっており、東西と南に延びる歩道がある。多くのチームが通りそうな地点であった。
唯香はその崖を満足そうに見上げると、高らかに宣言した。
「中村くん。あなた服を脱ぎなさい」
「へ?」
「『へ?』じゃないわよ。服を脱いでここに隠れるのよ」
と、唯香がありがたくも指を指したのは、高さ三メートルほどの崖の土壁である。その前には細い木々と藪が茂っている。
「隠れるってどうやって?」
「どうやっても何も、あなた、体と顔に土を塗ってここに潜むのよ。そして、敵が近づいてきたら撃ちなさい」
「潜むったって、こんなところじゃ無理だろう」
「無理なんかじゃないわ。ちゃんと映画でランポーもやっていたことだからできるのよ。ほら、つべこべ言わずにやりなさい」
反論も許されず中村は、上半身裸にされ、センサーを地肌に着け、全身を水で湿らせて土を塗りたくられた。
「まじっすか」
中村のつぶやきは唯香には影響を及ぼさなかった。
そして、土壁を少し手で掘って、中村の体はその中にきれいに隠れた……、訳などなく、近くから見ると、明らかにここに怪しい人がいますよ~、というのがばればれであった。それでも遠くから見ると、木々に遮られて多少見えにくくはあったが。
唯香は満足そうにうなずいた。
「完璧よ。中村くん。これなら誰にもわからないから、敵を狩り放題。今回のポイントは全部あなたのものよ」
「そうかな」
中村を壁の中に収納すると、俺たち三人はそこからそう遠くない茂みの中に隠れた。
中村は健気にも壁の中でじっとしている。じっとしていると湿った体も乾いていき、次第に身体の土も落ち始める。やがて、中村の体が震えだした。どうやら背中に虫がいるらしい。中村は体をゆすって落とそうとするが、虫はなかなか落ちてくれない。そのたびに全身に塗った土が落ちていく。
少し離れたところから、草を踏む音が聞こえてきた。
音の方向を見ると、手にショットガンを抱えた男子生徒がいた。
男子生徒は周囲を警戒しながらこちらに向かってくる。そして土壁の中でぷるぷる震えている中村に気が付いた。男子生徒は思わず二度見した。隠れているようで全然隠れていない、でも自分は一生懸命隠れているつもりの男の姿を。
男子生徒は来た方向へ引き返した。そして、数分後、仲間三人を引き連れてきた。
全員で男子二人、女子二人のチームのようだ。一人がライフル、二人がショットガンで、もう一人がマシンガンである。最初に来た生徒以外は状況を聞かされていたのだろうが、中村の姿を見ると吹き出した。だが、すぐに冷静さを取り戻すと周囲への警戒を続けた。
そして、中村まで一五メートルくらいまで近づいたとき、ひとりがライフルを構え、ゆっくりと標準を合わせると、引き金を引いた。
ライフルは中村の胸のセンサーを正確に捉えた。アラーム音が長く響いた。
中村、アウト~!
中村は信じられないという表情だった。完璧に隠れていたはずなのに。近づいてきた敵を一網打尽にするつもりだったのに。
中村はふらふらと土壁の中から出てきた。
放心して彷徨うように、そして、顔と体に付着した土は乾き、土気色のその姿はまるでゾンビである。
中村は地面に伏した。全身土だらけの中村はorzの体勢で、わなわなと震えていた。
その姿を見た相手チームの四人は、敵を仕留めた喜びはどこかに飛んで、まるで罪人のようなあるいは奴隷のような、運命に完全に見捨てられたような憐れな背中に人の世の儚さを感じていた。
相手チームの誰かがつぶやいた。
「なあ、俺たちは何のために戦っているのかな」
「さあな。ただ、これだけは言える。平和ってすばらしい。あまりに当たり前すぎてその大切さを忘れていた気がするよ」
彼らが遠い目で戦争と平和について語っている隙を唯香は見逃さなかった。唯香は無言のまま、手で俺たちに指示をした。俺たちは彼らにそっと接近すると、手にした武器で相手チームの四人を一網打尽にした。
四人はすごすご退場していったが、その表情は不思議と穏やかであった。
「す、すべて計算通りよ」
「ふーん」
俺は唯香に少し冷たい目を向けた。
一方で中村だが、
「城島。すまん。俺はここまでだ」
中村は悔し涙を流しながら、俺に近づいてきた。だが、中村の全身は土まみれ。俺は服が汚れるのでそれ以上は近づかなかった。
「中村。俺たちは君の勇姿を決して忘れない」
俺にできることは、ただ、そう声をかけることだけだった。
ポイントを一つ失った俺たちであったが、その後はだれも倒されることはなく、一試合目と同様に有利な地点に立てこもり、せこく相手チームのメンバーを削って、何とか二回戦も勝ち残った。
勝利を収めて帰還した俺たちを、シャワーを浴びた中村が待っていた。
「やったな」
「ああ」
俺たちはハイタッチをかわした。そんな俺たちを横目に唯香はつぶやくように言った。
「次もあるから油断しないでね」
「ていうか。お前、俺に何の言葉もなしかよ」
中村は少しキレ気味に言った。
「なんて言ってもらいたいの」
「感謝の言葉のひとつくらいあってもいいんじゃないの」
「ああ、そう。ありがと。これでいい?」
その唯香の言葉に、中村のボルテージは上昇した。
「ちょっとかわいいからって、調子のってるんじゃねえぞ」
俺はまじ切れ寸前の中村を抑えた。一方で唯香もひるむ様子もない。そんな中村に三ノ宮さんが声をかけた。
「中村君。今日はあなたのおかげで勝てました。すごく感謝しています。赤坂さんも本人を前にしては言わないけど、中村君のこととってもほめていましたよ」
「へ? そうなの」
意外そうな顔を浮かべる中村と、驚きの表情を浮かべる唯香。
「ちょっと、あなた何を…」
言いかける唯香を笑顔で制して、言葉を続ける三ノ宮さん。
「中村君は普段は本気を出さないけど、本気を出すとあれだけ頼りになる人はいないって言っていました。だから、今日も安心しておとりになってもらったって」
とたんに中村の顔がにやける。
「なんだ、赤坂さん。とんだツンデレだな。そんなに俺のことを信頼してなんて」
「そんなわけ…」
言いかける唯香をまた三ノ宮さんが制する。
「中村君のおかげもありますし、みなさんのがんばりによる勝利だと思います。それに中村君おめでとうございます」
中村はきょとんとした表情だった。
「おめでとうって何が?」
「もちろん昇格です。私たちは決勝まで残ったのですから、ここまでの成績で平民昇格は間違いないと思います」
「昇格、俺が…」
すると中村は満面の笑みを浮かべた。
「やったあ、来週から奴隷卒業か。これで人間的な生活が送れる」
「それに城島君と赤坂さんも決勝戦で成果を上げたら、貴族昇格ですよ」
「そうか、貴族か」
俺はそんなに階級にはこだわりがなかったが、唯香はそうでもないだろうと思って、隣を見た。だが、唯香の反応は俺の予想を超えていた。
「貴族階級なんて眼中にないわよ。目指すのはただ一つ。トップの女王だけだから」
闘志がめらめらわいていた。
「よっし、俺もがんばるぞ。平民なんてケチなことを言わず、このまま貴族階級まで二階級特進だ」
中村は力強く言った。って、お前、二階級特進っていう言葉の意味を分かっているのか。
「だが、トップを狙うとなると、俺たちはあいつを倒さないといけないのか」
俺の言葉にヒートアップしていた中村は、はっとマジ顔になった。三ノ宮さんもそっと目を伏せた。
王階級。
それは勉強、スポーツ、そして、ゲームで一番の成績を残したものだけがその階級に至れる。そうすると、学年に三人いるはずなのだが、この学年にはその階級は一人しかいない。つまり、勉強もスポーツもそしてゲームもすべてトップで、その階級を独占している者がいるのである。その人物こそが、C組の阿暦(あれき)サンドラである。
その名が示す通り、日本人とイギリス人のハーフで、金髪に青い目の日本人である。モデルのように背が高くスマートな体形で、日本人の繊細な肌と、欧米人の目鼻立ちのはっきりとした顔と金髪という派手な外見で、まさに女王という呼び名にふさわしい人物である。今回のゲームでも、貴族階級を引き連れて参戦しており、決勝まで勝ち残っている。
「あの女王を倒すのか」
それは、何か途方もないように思えた。
「サンドラが何よ。当然倒すの。そして、私が女王になるのよ」
誰が相手であろうが、唯香の強気の姿勢は同じであった。
その日の帰り、唯香は何やら調べものがあると言って図書室に行き、中村は自転車で帰って行った。俺と三ノ宮さんは二人並んで帰路についた。
シャワーを浴びて少し濡れた髪と上気した肌、そして制服に身を包んだ三ノ宮さんはとてもいい香りがした。
「さっきはありがとう」
俺の言葉に三ノ宮さんはきょとんとした表情を浮かべた。
「ありがとうって、何がですか」
「いや、さっき、中村と唯香が険悪になったときにうまく助けてくれて」
「あ、そのことですか。別に私は何もしていませんよ」
「そんなことはない。俺だとああうまくは止められなかった。三ノ宮さんのおかげだ」
三ノ宮さんはまた満面の笑みを浮かべた。
「ほんの少しでも私がお役に立てたのならうれしいです」
うん。やっぱりこの子はいい子だ。俺はしみじみと思った。
それからしばらく沈黙が続いた。
俺には先ほどから少し気になっていることがあった。
「そういえば三ノ宮さん。次の試合ではC組の女王たちのチームと当たると思うんだけど、大丈夫なのかな? ほら、三ノ宮さんと同じC組だし……」
俺は言いながら横を見ると、三ノ宮さんの表情から笑顔が消えていて、真剣な表情になっていた。俺は少し慌てた。
「ごめん。聞いちゃいけなかったかな」
すると三ノ宮さんは首を横に振った。柔らかそうな髪もそれに合わせて揺れた。
「そんなことはないです。当然、そう言うことになるかと思います。ただ、女王はあまりそういうことを気にはしないと思います」
「だったらいいんだけど……」
二人の間にまた沈黙が流れた。俺は適当に話しの流れを変える話題話題をと頭を巡らせていた。
「ところで…」
口火を切ったのは三ノ宮さんだった。少し小さな目の声だった。
「その、変なこと聞くようですけど、城島君と赤坂さんって付き合っているんですか」
俺は思わず三ノ宮さんの表情を見た。三ノ宮さんは少し頬を赤くし、視線は少し下を向いていた。
「付き合ってはいない。いわゆる幼馴染ってやつだ。昔から近くに住んでいたし、小学校から高校まで同じ学校で同じクラスだった」
考えてみればものすごい確率だ。同じ学校というのはまだわかるが、ずっと同じクラスというのは極めてレアであろう。昔から俺のそばには唯香にいた。子供のころは女の子と仲良くしているとからかわれたりすることもあったが、俺にとって唯香はそばにいるのが当たり前で、そういうからかいをする奴の言葉が俺には理解できなかった。
「そうですか。安心しました」
また、三ノ宮さんの表情に笑顔が戻った。
「安心って何で?」
三ノ宮さんはそれには答えずに、俺の前に立った。
「秘密です。それでは明後日、がんばりましょう」
そう言うと、三ノ宮さんは嬉しそうな表情を浮かべて手を振り、少し駆け足で、俺の前をかけて行った。
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