第3話 はじめてのクエスト

 ユーシャ一行は、それから丸一日と数時間ほどかけ、シュロと呼ばれる人口数百人ほどの村へと行き着く。



【シュロの村】

 冒険者、リガ=フロールによって作られた村。元々は何の変哲もない交流所であったが、リガの死後、その功績を讃えた冒険者たちが移り住むようになり、村として発展した。

 なお、現在でも交流所としての機能は失われておらず、多くの冒険者や行商人が行き交う、”ヒュム地方において最も賑やかな村”とされている。



 なるほど。

 たしかに、賑やか……というか、何かにつけてやかましい村だ。

 冒険者向けの雑貨品(携帯食や武器、防具、下着、果てには馬車まで)が立ち並ぶ市場を通り抜けると、


「まず宿を取る。馴染みのとこがあってな」


 パーティのリーダー役であるカザハナが、そう宣言する。


「わーい♪」

「二日ぶりのベッドだぁ!」


 ユーシャだけでなく、ナナミまで嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。

 やはり、都会育ちに野宿は堪えるのだろう。

 三人が向かったのは、いかにも“冒険者向けの宿”といった感じの年季の入った建物。

 宿で受付を済ませたユーシャたちは、いったん部屋に引っ込んでから、ちょっとした作戦会議を開く。

 議題は、――今後の大まかな方針について。


「まず、何をするにも金策、だな」


 カザハナはまず、落ちているどんぐりを拾うような口調で言った。


「きんさく……やっぱ必要ですよねぇ」

「むろんだ。次の目的地は少し離れるだろう? できれば、道中は馬車を使いたい」

「たしかに」


 これには俺も賛成だった。

 馬車があるのとないのでは、魔物との戦闘効率が天と地ほどに違う。

 現状、ユーシャたちは、食糧から何から、全て背負った状態で移動している。そのため、どうしても戦闘は旅慣れているカザハナに頼りがちになってしまっていた。

 ということは、あるいは馬車を手に入れられれば、ユーシャが自主的に戦闘へ出てくれることがあるかもしれない訳だ。

 ……期待薄だけど。


「とりあえず、私たちの全財産は、これだけです」


 ナナミが銭袋をひっくり返すと、じゃらりとその中身がテーブルにぶちまけられた。

 その大半は銅貨で、銀貨は数えるほど。金貨に到っては、一枚もない。



【WORLD1777における通貨・及びその名称に関して】

 中世ベースの異世界における翻訳ルール(詳細は、《B・Fシステム》の説明書を参照のこと)に則って、金貨を”ゴールド”、銀貨を”シルバー”、銅貨を”カッパー”と呼称する。



 不思議なことに、この手のファンタジー系の世界における、その世界全体で採れる金・銀・銅の比率はだいたい同じくらいだとされている。

 故に、まだ”WORLD1777”の素人である俺にも、ユーシャたちの財政状況があまり豊かでないことくらいはわかるのだ。


「そんな訳で、……まずこの、邪魔くさいドラゴンを売り払いたいところだが」


 カザハナは、ちらりと傍らの麻袋に視線をやる。

 そこには、すっかり元気をなくしてしまった”ゴールデンドラゴン”が捕まっていた。


「そーですね。……うん。ささっと売っちゃいましょう」

「だが、……いいのか?」

「いい、とは?」

「そりゃあ、これほどの上物だからな。トドメを刺せば、かなりの経験点が入る」

「でも、生け捕りの方が報酬、大きいでしょう?」

「それはそうだが、今後冒険者として長期的にやってくなら、経験点を優先した方がいいんじゃないか?」

「……ふむ」


 悩ましげに首をひねるユーシャに、ナナミが助け舟を出した。


「ひょっとしてユーシャちゃん、……ドラゴンを可哀想だと思ってない?」

「ぐむ」


 すると、カザハナはとんでもない侮辱だとばかりに眉をひそめる。


「いっとくが、それは大きな間違いだぞ。ドラゴン種は誇り高い生き物だ。連中は生き恥をさらすことを最も嫌う。生け捕りにされた時点で、もはや生きていく意志を失ってるんだ。こいつに救いがあるとすれば、こんなふうに縛っておかないで、さっさと止めを刺してやることだ」


 確かに、縄で縛られ、麻袋に入れられてからというもの、”ゴールデンドラゴン”はほとんど生きる気力を失ったようにぐったりしていた。餌をやっても、食べようともしない。


「うううむ……ウムムムムム」


 いいぞ。

 この流れ、悪くない展開である。

 ……最も、ここんとこ俺の期待は裏切られっぱなしだということにも気づいてはいたが。


「じゃ、トドメはカザハナさんがやっちゃってください」


 ほら。こんなふうにな。


「……ン。いいのか」


 よくねえよ。


「いいんです。……これまでも、いろいろお世話になりましたし」

「そうか? 大したことはしてないが」

「乙女に二言なし」

「じゃ、お言葉に甘えて」


 ちょっと待てお前、と、止める間もなく。

 ものすごい早業で、カザハナは”ゴールデンドラゴン”の喉元を掻っ切る。

 断末魔の声は一瞬。

 血の泡を吹いて、”ゴールデンドラゴン”は息絶えた。


「……ん。いいな。一つレベルが上がった感じがした」


 く、くそう。

 これでまた、ユーシャが自立する道が一歩遠のいてしまった。

 まあ、仲間のレベルが上がったと考えれば、全く無駄な行動ではなかったが……正直俺は、このカザハナという名のダークエルフを信用していない。

 何も、清廉潔白な人間でなければ“勇者役”のパーティに相応しくない、とは言わない。

 これは、俺の乏しい異界見廻隊員としての勘だ。

 この浅黒い肌のエルフは、いずれ必ずユーシャを裏切ることになる、と。


「ありがとう。この借りはいずれ」

「いえいえ。……そんじゃ、このドラゴン、売り払っちゃいましょうよ」

「ああ、任せておけ。今晩中に解体して、明日にはギルドに納品しておく」

「それで、当面の資金は確保できますかね?」

「いや、そこそこの馬車は買えるだろうが、その他冒険の必需品が揃うほどではないな」

「そんなぁ」

「安心しろ。……そんなときのために”冒険者ギルド”があるのさ。今日はあそこでクエストを受けてこよう」


 何から何まで素人丸出しのユーシャとナナミが、そろって微妙な表情でダークエルフの娘を見る。


「……ええっと。くえすと?」


 カザハナは、やれやれと首を傾げて、


「心配するな。手続きの方法、一から説明してやるよ」


 面倒見の良いお姉さんのように、そういうのだった。



 冒険者と一口に言っても、いかに金を稼ぐかは人それぞれである。

 旅の途中で出くわした魔物を殺して、その死骸を換金するものもいれば、冒険者ギルドを通して、近隣住民の依頼をこなすことで日銭を稼ぐものもいる。

 そうした”近隣住民の依頼”を、一般的に”クエスト”という。

今、三人(と俺)が眺めている、各種クエストが貼りだされている木製の看板には、



《書類を届けて欲しい!》

 となり村のアイロ村、アキナという少女の家まで。

書類内容は機密のため、魔法に依る封印が施してあります。万一手紙が開封された場合は契約に従い、中級の悪魔と戦闘になる旨、ご了承下さい。

成功報酬:90S(封書を破った場合はなし)


《アイロ村までの護衛》

 アイロ村までの護衛をお願いします。当方、馬車の用意あり。

 道中の仕事ぶりによっては特別ボーナスあり。

 成功報酬:100S~


《糞集め》

 シュロ村の各家庭から糞便を集める仕事。

糞拾い用の奴隷が逃げ出したので、至急。みんなで糞集めしようや!

 早い者勝ち!

 成功報酬:70S


《逃亡した奴隷の捕縛》

 昨晩脱走した奴隷三名の――……。



 ……などなど。

 こんな小さな村にも、多様な仕事が存在しているらしい。

 だがやっぱり、一番の花型は、


「魔物狩り、ですかぁ」


 ユーシャは苦々しい表情で呟く。



《急募! 畑荒らしの魔物退治》

 昨晩から畑の作物を喰らう魔物が出現して困っている。草食系の魔物が出現していることが確認されたため、同種の魔物退治を行う冒険者を募集!

 成功報酬:230S(魔物の死骸は有料で引き取ります)



 たしかに、魔物と戦うこと前提の仕事になると、報酬が倍に跳ね上がるみたいだ。


「やはり効率的に考えるなら、狩りの方法を覚えたほうがいい」

「こーりつてき……その言葉は好きなんですけどねぇ」

「こう見えて、慣れれば気楽な稼業だぜ。魔物なんて、斃し方だけ覚えりゃ、喧嘩腰の金貨袋に過ぎない」


 俺はカザハナが、魔物をずいぶんと肯定的に捉えていることに少し驚いている。

 “剣と魔法の世界”において、魔物って存在は大抵、“厄介者”と同義だ。

 理由は単純。連中は人を襲って喰らうためである。

 だが、この世界の人間は違うらしい。魔物の死骸から得られるものは、余すことなく何かしらの加工が施されているようだ。恐らく、同族を喰らう行為に寛容なのだろう。

 たくましいというか、なんというか。


「あっ! ねえねえ、これみて下さいよ!」


 そこでユーシャが指差したクエストは、



《女子三人組による魔物退治の募集》

 条件:女三人の冒険者パーティであること。

 郊外にいる数匹の魔物退治。

 かんたんです。

 成功報酬:400S



「簡単で、しかも女三人!」

「わぁ! ぴったりじゃない!」


 宝物を見つけたようにはしゃぐナナミとユーシャ。

 二人の様子を見て、俺は内心ほくそ笑んでいる。

 実はこのクエスト、――他ならぬ俺が依頼したものだからだ。もちろん、ちょっとした罠のつもりである。高額の成功報酬に釣られてのこのこやってきた三人を、数百匹のマタンゴで取り囲んでやるつもりでいるのだ。

 少々強引だが、仕事ならばユーシャも応戦しない訳にはいかないだろう。

 しかし、はしゃぐ二人の仲間の意見を、リーダー格のエルフがあっさりと却下する。


「ダメだな」

「えっ。なんで?」

「この、『女三人』ってとこがあやしすぎる」

「えー? そうですか?」


 えっ、そう……ですか?

 図らずも、ユーシャと同じ感想を抱く俺。


「以前、この手の話に乗っかった時、依頼の場所に向かったら十数人の人間のグループに襲われたことがある。――奴隷商人の罠にかけられたんだ」

「ど、どれい……」


 ナナミの顔色が、さっと蒼く染まる。


「あの時は命からがら逃げ出したが、同じ轍は踏みたくない」


 ひょっとしてこの女、俺の仕事を邪魔するために存在してるんじゃないだろうな。


「そっかぁ。じゃあ止めよう」


 ユーシャは、別段それ以上話を掘り下げることもなく、その他のクエストの吟味に戻った。


「うーん……と、なると、楽に稼げそうなのは……」


 そして、彼女たち三人の目に止まったクエストは……、



【北の森奥地に生息している、イビルフラワーの蜜】

 シュロの村の北部に存在するチクサの森に生息するイビルフラワーの蜜を採取してきて下さい。蜜以外の部位は自由にしていただいて結構です。

 成功報酬:400S



「よーし、これだぁ! ……これでいいですかね?」


 言いながら、そっとカザハナの顔色を伺うユーシャ。

 魔王を倒すことを運命づけられているとは到底思えない小者っぷりであるが、さっきみたいな話を聞かされては無理もない。


「ふむ……良さそうだな」


 カザハナも、今回ばかりは問題なさそうだ。


「じゃ、さっそく手続きしましょう」

「うむ」


 そんな三人の前に立ちはだかるように、一人の小柄な娘が現れた。


「すとーっぷ!」

「ん」「え」「あ?」


 ユーシャたちがそれぞれ微妙な表情でその娘を見る。

 だが、彼女たち三人以上に愕然としていたのは俺だ。


「なっ、……何してんだ、お前!」


 そこにいた娘に、見覚えがあったためである。


「そのクエスト、あたしも一緒に受けていいかな?」


 俺もよく知っている彼女、――異界見廻隊員の一人であるモモ。

彼女は今、いつものスーツ姿ではなく、陣羽織に鉢巻き、それに「日本一」と書かれた旗を掲げた格好で、そこにいた。

 対する三人は、「うわっ、変な人に絡まれた」って表情。

 カザハナは苦い表情で、


「別に構わんが、報酬は四分の一でいいか?」

「おっけーおっけー」


 気軽に了承するモモ。そりゃそうだろう。異世界の銀貨を集めたところで、くその役にも立たないだろうからな。


「……妙な格好しているが、……剣士なのか?」

「あー、そうねえ。剣士っていうか、力自慢の人って感じ?」

「レベルは?」

「……えーっと。それはよくわからんけど」


 このバカ。冒険者カードも用意せずに来たのか。


「悪いが、足手まといになるかも知れないなら、一緒に仕事はできない」

「ふーむ。……じゃ、ちょっとした見世物を……」


 そこでモモは、笑みを浮かべたまま、クエストボードの真ん中に、ものすごい馬鹿力で人差し指を突き立てた。

 ずぼしゅごぉ! と、あまり人体が発するタイプのものではない音が出て。


「…………っ!」


 そこには、綺麗に人差し指型の穴が空いている。


「こんくらいのことはチョロい感じのパワーならあるぜ」

「ほ……ほう」


 カザハナは目を丸くして、それを見た。何かのトリックではないかと疑っている目だ。

 だがやがて、種も仕掛けもないことに気づいたらしく、


「……すごいな」


 と、呟く。


「ユーシャとナナミは、どう思う?」

「え? 私は全然オッケーですけど」「あ、あたしも……」

「それじゃ、決まりだ。よろしくな」


 ぎゅっと手を握るカザハナとモモ。


「いえーい♪」


 そこで俺はもう一度、はっきりモモに聞こえるように、耳元で言う。


「な・に・を・し・て・る」


 隊員同士は《SEP効果》は働かない。声は聞こえているはずだった。


「いやあ、見てらんなくってさー」


 にやにや微笑みながら、小声で応えるモモ。


「お前、通常業務は」

「もちろん、ルシちゃんの許可はもらってるよん」


 ……そうか。

 上司がそういうのであれば、俺があれこれ言うことではない、が。


「お前、自分が何してるか、わかってるんだよな?」

「おうともよ」

「……いいのか?」

「しばらくの間、ホシ専属で組むってことで、みんな了承してる」

「しかし、下手すりゃ休暇がなくなるぞ」

「覚悟の上よ」


 生意気だと思っていた後輩が……まさかここまで尽くしてくれるとは。

 これまでの不仲なやり取りが全部帳消しになるような想いで、少し目頭が熱くなる。


「……お前」

「いいってこと。これで一生ホシ先輩からたかれると思うと、軽いもん」


 ……感動して損した。


「甘えんな、さすがに一生は無理だ。……けど、なんかは奢ってやる。なんかは」


 まあ、こいつと飯喰うときはいつも奢らされてるんだけどな。


「よしよし♪」


 モモは上機嫌に、クエスト受注の手続きを行っているユーシャたちと合流する。

 後輩の後姿に、初めて頼もしさを感じた瞬間だった。



 チクサと呼ばれるその森を、地元の人間は”亡霊の森”と呼ぶ。

 なんでもこの森は、不用意に近づくものを”向こう側”(たぶん、俺たちが言うあの世的サムシング)に連れて行くのだという。


「ふえー。暗いなあ。不気味だなあ。霧が出ているなあ」


 その手の得体のしれない存在に恐怖を抱くのは、ほとんどの世界における人間共通の感覚なのだろう。


「ゆ、ユーシャちゃん、だいじょーぶ?」


 震え声で尋ねるナナミに、


「正直帰りたい」


ユーシャは正直だった。


「おおお? じゃ、帰るか? 別にあたしはそれでも構わんぞ。その代わり、人が減った分、あたしの取り分は多くもらうけどな」


 すると、すかさずモモが小言を言う。


「うえええ……。それはそれで困る……」

――いいぞ。偉いぞ。もっと言ってやれ、この堕落した勇者に。


 内心で後輩を応援しつつ、一行は鬱蒼と生い茂る森の中へと歩を進めていく。

 一行はカザハナを先頭に、ユーシャ、ナナミ、殿をモモが務める、といった格好だ。

 俺は、彼女たちの後ろを追いかけながら、“WORLD1777の手引”を開く。



【チクサの森】

 シュロの村の近辺に存在する、魔物が多く生息する地域。

 多くの駆け出し冒険者がこの森の外周部で魔物を殺し、レベル上げを行うという。

魔物の平均レベルは、外周部で7~8。ただし、森の深部へ進むにつれ、レベル10以上の個体も出現するため、注意が必要。



 レベル10、か。

 まあ、万一魔物と遭遇しても、モモとカザハナのフォローがあれば問題ないだろう。


「ねえ、……ええと、モモさん? ところでその、……不思議な格好はなんなの?」


 ふとナナミが、好奇心の限界、とばかりに訊ねた。


「フシギ?」


 首を傾げるモモ。

 ……どうやらこいつ、自分の格好と周囲の格好がかけ離れていることに気づいていないらしい。そういえば、見廻隊員としてウチの部署に配属された時も、似たような格好で出社してきて、ルシフェルさんに笑われてたよな。


「そんなにヘンかなぁ」

「ヘンっていうか。……うーん、やっぱりヘンかも」


 ナナミの視線は、その『日本一』と書かれた珍妙な旗に注がれていた。


「それ、何語?」

「日本語だ」

「ニホンゴって……なにそれ」

「ずっと遠いとこに存在する国でな。私はそこの戦士なのさ」


 一瞬、ナナミはカザハナに意味ありげな視線を送った。

 彼女はゆっくり首を横に振って、


「……嘘は、吐いてないみたいだな」


 どうやら、“固有スキルギフト”を使ってまで確かめたらしい。


「それでその文字、ニホンゴでなんて書いてあるのかな」

「『日の本一のつわもの』。要するに『さいきょー』ってこと」

「そっかぁ。さいきょーかぁ」


 純心な少女はそれだけで納得したらしく、しきりに感心してその旗を見つめるのだった。

 俺はというと、下手に話し過ぎてモモの嘘がバレたりしないか冷や冷やしていたが、どうやら危機は回避されたらしい。後輩の率直な性格が功を奏しているのか、カザハナは疑ってもいないようだった。


「おっと! ……そろそろお客さんみたいだぞ」


 と、そこで、その場にいる全員が身構える。

 現れたのは……高さ数メートルほどの、草の塊のように見える生き物だ。

 ええと、こいつは……。



【キラーブッシュ】

 魔族によって生み出された魔力核に様々な雑草が集まってできた魔物。

 葉を刃のように飛ばして、付近の人間を切り刻む。キラーブッシュを仕留める場合は、三式以上の《火系魔法》で焼き払うか、草に隠されたコアを完全に破壊する必要がある。



「では……ここは、“さいきょー”さんのお手並みを拝見したいところだが」


 カザハナに声をかけられて、モモは鼻息荒く前に歩み出た。


「最近は座り仕事ばっかりだから、腕がなるなーっ!」


 肩をぐるぐるっと回しつつ。

 俺は、先輩としてこの後輩に助言をくれてやろうと、


「いいか、モモ。こいつは身体のどこかに核が、」

「先手必勝ォ!」

――聞いてやしねえ。


 モモが強烈な豪腕で「日本一」の旗を振り回したと思うと、


「――ッ!?」「どひゃ~」「きゃあ!」


 それだけでこの世の終わりみたいな突風が吹き荒れ、“キラーブッシュ”を覆う雑草が一度に消失する。


『き、きぃ、くくく……』


 それが、“キラーブッシュ”の断末魔となった。


「よっ……と」


 モモの手のひらには、すでに魔力核を掴み取られていたのである。

 ぱき、と、少し力を込めただけで、それはあっさりと四散した。


――へ、へえ……。


 やるじゃん、この後輩(震え声)。


「なーんだ。これなら鬼ヶ島にいた連中のほうが、一万倍は強かったぞ」


 しばらく一緒に書類整理とかしてたからすっかり忘れてたけど、こいつ、超人なんだよな。


「すごい……」


 だが、この場でモモの力に最も驚いていたのは、俺じゃない。

 カザハナを含む、ユーシャ一行である。


「なになになになに!? いまのなに!? 魔法?」

「そんな、……《風系魔法》でも、七式か八式くらいの威力あったよ!?」

「あるいは口だけの変人かと思っていたが……ひょっとして、高名な武芸者なのか?」


 すると、モモも悪い気はしないらしく、


「いやぁ、たいしたことないって。うへへへへ」


 と、へらへら笑う。


――お前、自分の仕事、わかってるよな?


 力を誇示しちまったら、ユーシャがますます戦わなくなっちまうだろが。

 そんな俺の無言の圧力に気づいたのか、モモは慌てて視線を泳がせた。


「なーんちゃってね。今の、まぐれ」

「まぐれって……いや、まぐれとかそういう次元の話に見えなかったような……」

「うわぁーだめだ! あれ一回やると筋肉痛でだめだ! 役立たずでごめんなさい。報酬はもっと少なくてもです、あとはみんなの荷物番とかしてます」

「ええええええ! そんなぁ! できれば先陣きって戦ってもらいたいのに!」

「むりぃ。たたかいたくなぁい」

――このばか。


 カザハナに嘘は通じないんだって。

 ……まあ、今のは例の“固有スキル”とやらがなくても、嘘だって見抜けるけども。

 だが、カザハナはモモの“戦いたくない”という部分は正直に受け取ったらしく、


「まあ、そういうな、ユーシャ。戦いたくない理由は人それぞれだ。殺しを強制するのは無粋だぞ」

「むぅ」


 自分にも思い当たるふしがあるのだろう。ユーシャもそれで引き下がる。


「それに、いまので付近の一気に魔物が遠ざかっていくのを感じた。しばらくは楽できるぞ」


 カザハナも、仲間の扱い方を心得てきているらしい。

 一行は再び、チクサの森へと歩を進めていく。



 それからの冒険は、そこそこ順調に進んだ。


「ユーシャ、一匹行ったぞ!」

「は、はぁい!」


 カザハナが倒し損ねた”キラーブッシュ”の身体を、ユーシャがすぱすぱっと斬り裂く。


『キィーッ! キキィー!』


 コウモリのような鋭い鳴き声を発しながら、緑色の草玉が苦悶に震えた。


「と、とどめを! ナナミちゃぁん!」

「任せて。――このお!」


 ぽか! と、露出した魔力核を杖でぶん殴るナナミ。


――止めを後衛に任せる戦士がどこにあるっ。


 ……と、わざわざ心の中で突っ込むのも疲れてきた今日このごろ。

 ユーシャの魔物殺しに対する忌避衝動は、早めに手を打つ必要があるな。


「よし、このペースならすぐに“イビルフラワー”の出現ポイントに着けそうだ」


 カザハナが”チクサの森”のマップを開きながら、目的地への到着時間を仲間たちに告げた。それによると、暗くなるまでには仕事は終えられそうらしい。


「ほへぇ。……早く帰ってベッドで寝たいです」


 本日百回目くらいの愚痴をこぼすユーシャ。

 それにしてもこの娘、見た目よりタフだとは思う。普通ならへたり込んでもおかしくないところを、なんとか仲間たちに着いて行けている様子だ。

 “イビルフラワー”の生息地には、それから間もなくしてたどり着く。


「これが……」


 ユーシャとナナミ、ついでにモモは、その光景に息を呑んだ。


「すげ……」


 人間が本能的に感じる、デカいものに対する畏敬の念ってやつを感じて、俺も思わず呟いている。

 それは、一本の途方も無く巨大な大樹と、――その周囲に寄り添うように存在している、多様な植物系の魔物たちの群れであった。


「ねえ、モモさん、さっきのブワーッドヒャーッってやつ、もう一回やってくださいよう」

「いや無理。もう完全に無理。さいきん腱鞘炎気味だし」


 むう、と、疑わしい視線をモモに向けた後、


「どうです、カザハナさん」

「前者は嘘。後者はちょっとだけ事実を含んでいるみたいだな」

「ほらモモさん! カザハナさんに嘘は通じませんよ、そーいう固有スキルなんですから!」


 目の前の魔物の群れに気圧されたのだろう。ユーシャの不満が爆発する。


「ええええ。……けどなぁ。うーん……」


 俺に視線をちらちらやりながら、微妙な表情になるモモ。

 もちろん、答えは一つ。


――俺の仕事の邪魔をしたら……わかってるよな?


 意外にも助け舟を出したのは、カザハナだった。


「ユーシャ、無理強いしてはダメだ。私たちと違って、モモはソロで動いている冒険者だ。……自分の手札はなるべく温存しておきたいのだろう」

「むむう」

「幸い、植物系の魔物は自力で動き回るタイプのものは少ない。注意して進めば、わざわざ相手をする必要はない」

「そうなんですか?」

「エルフ族の私がいてよかったな。――森に慣れてる私なら、安全地帯を選んで進んで行ける」


 言いながら、カザハナがまず先頭を進む。


「足元に注意しろ。植物系の魔物は、根を網状に張り巡らせていて、その上を通りかかった動物を吊り上げた後に捕食するからな」

「ひええ……」


 おっかなびっくり、ユーシャは慎重にカザハナの後ろに続いた。


「”イビルフラワー”は……あそこだ」


 カザハナが指し示したのは、大樹の麓にちょこんと咲いている、高さ数十センチの花だ。



【イビルフラワー】

 「悪の華」ともよばれる、黒い花弁と、巨大な眼球にも似た恐ろしげな風貌が特徴。

 その蜜は、一滴垂らすだけでバケツ一杯の水溶液を泥のように甘くするという。

 魔物ではあるため、近づくとくねくねともがいて威嚇してくるが、その戦闘力は極めて低く、簡単に採取することが可能である。



「ユーシャ、仕留めるのはお前に任せたい」

「え? 私ですか?」

「短剣だと面倒だ。剣で茎を斬ったほうが早いからな」

「でも……」


 もじもじするユーシャだったが、やがて意を決したように、剣を抜く。

 ”イビルフラワー”は、目の前の外敵に反応して、くねくねと踊っていた。

 深呼吸を一つ。


「よおし、……」


 おっかなびっくり、腰の引けた状態で剣を振るう。


「てやーっ」


 その時だった。

 弾丸のような雷光が一閃。

 ユーシャの身体を貫いて、「ぎゃっ」と、悲鳴が上がる。


――なっ。


 それに何より驚いていたのは、俺だった。

 《雷系魔法》。

 それも、敵意ある第三者の。

 振り返って見ると、黒いフードを被った「私、悪者です!」って感じの何者かが杖を振るっている。


「……えっ?」


 次の黒フードの狙いは、――ナナミ。そして、モモ。


「《雷、――参式》」


 ずがっと、杖の先から稲光が生まれ出て、


「きゃんっ」


 可愛い悲鳴を上げて、ナナミも力なくその場に倒れた。

 黒フードは続けて、モモの身体に対して、《雷系魔法》を唱える。

 それを真っ向から受けたモモは、


「……やーらーれーたー」


 少しだけ間を置いてから、わざとらしく倒れる。


「よーし、やった、ね」


 黒フードがぴょんぴょんと大樹の根を飛び越えながら、近づいてくる。


「お見事です……姉さん」


 そう、彼女に声をかけたのは……他ならぬカザハナであった。


「当然、ね。あーしの魔法にかかれば、こんな連中、雑魚っぱね」

「こいつら、どうしましょう?」


 カザハナが訊ねると、謎の少女は腕を組み、「うーん、うーん」と少し考えこんだ後、


「欲しいのは”ゴールデンドラゴン”の報酬だけだけども。……後々現れてゴネられても面倒だし、トドメさしちゃお、ね」

「……わかりました」


 応えてから、ダークエルフの娘はさっと腰におさめた短剣を抜く。

 すかさず俺は《スタン・ガン》を構え、彼女の眉間に狙いをつけた。


――やっぱりこいつ、思った通りのクズだったな。


 ユーシャのお人好しが招いたこととはいえ、さすがにここで彼女を死なせる訳にはいかない。

 俺の仕事の邪魔になる可能性があるものは、……始末する。

 覚悟を決めて、引き金を絞りかけた、その刹那。


「――ん?」


 気を失っている(ふりをしている)モモが、俺にだけ見えるように、奇妙なアイ・コンタクトを送っている。


「………っ、…………っ、……………っ(ぱちぱち、ぱちぱちぱち。ぱちこーん☆)」


 ……なんなんだ。


「何が言いたい?」


 俺は、耳に嵌めたヘッドセット、――《バベルフィッシュ・システム》に向けて、


「……隊員同士なら、通信会話ができるだろ」

「(小声で)あ、そっか」

「口元を見られるなよ。……で、何が言いたい?」

「どうやら、カザハナは殺すつもりないっぽい」


 ……何?


「どうしてそう言える?」

「殺気がないからな」

「なんだそれ? ……さっき? それって、目に見えるものなのか?」

「星先輩みたいに、平和ボケした世界の出身にはわからないんだろ。でも、あたしにははっきりわかる」


 そんな不確かなもので……と、思いかけたが、俺はカザハナの手元に握られているものを見て、ようやく納得した。

 ダークエルフの娘は、まず気を失っているナナミのそばに近寄って、さっと短剣を振るう。

 ぱっと地面に赤色の液体が広がった。


「うひぇえ……グロは苦手だ、ね」


 同じことが、モモ、ユーシャの順に繰り返される。


「……では、シュロ村に戻りましょう」

「そうだ、ね。預けた“ゴールデンドラゴン”を引き取って、すたこらさっさだ」


 俺は、カザハナが隠し持っていた赤黒い果汁の実を嘆息混じりに眺めて、


「運が良かったな」


 ぼそりと囁いた。


――くだらん金目的の物取りならば、許してやらんこともない。


 だがもし、ユーシャの命に手を出そうとしていたら。

 その時は俺の手で二人とも、周囲をとりまく植物系の魔物の餌にする算段だったが。



 ユーシャが目を覚ましたのは、それから十数分ほど後のことである。


「……ほにゃ?」


 間抜けた第一声の後、ネコのように伸びをして。


「ふわぁ~~~~~~~~~、なんか、いつの間にかマジ寝しちゃってた」

「おはよう……ユーシャちゃん」


 すぐそばには、哀しげな表情のナナミが座っていた。


「おはよう、ナナミちゃん。……ところで、なんで私、こんなところで昼寝してるんだっけ?」

「カザハナさんに、……裏切られたんだよ」


 ナナミは、ぎゅっと我が身を抱きしめながら、目を伏せている。


「あー、そうだったそうだった」

「やっぱり、って……」

「悪いことする人って、同じことを繰り返しちゃうものなんですねぇ」


 こいつも一応、危機感は持ってたんだな。


「なんだかあたし、ちょっと怖くなっちゃった。一歩間違えたら、殺されてるところだったんだよね」

「ええ、まあ」

「それに、せっかくユーシャちゃんが”ゴールデンドラゴン”を見つけてくれたのに、……たぶんこの分じゃ、報酬は横取りされちゃってるよね」

「たしかに、まあ」


 ナナミは、震えた声でため息をつく。


「……もう、マシロの街に帰っちゃう?」


 うわ、ちょっとまってくれよ。

 君にそれを言われると困るんだ。

 だが、


「残念ながら、答えはノーです」


 その時、俺が認識する上では初めて、ユーシャは前向きな言葉を言う。


「まず、いまさら故郷に戻ったところで、どの面下げて帰ればいいかわからないこと」

「それは……えっと。二人で一生懸命みんなに謝れば、……」

「第二に。……いちおう、ここまでの展開は私の想定内だってこと」

「想定内……え?」

 ――なんだと?


 奇しくも、俺とナナミは全く同じ表情になっていた。


「カザハナさんのジョブを見た時、思ったんです。――”盗賊”から物を盗むのは、果たして犯罪なのかな? なんつって」


 そうして、彼女が懐から取り出したのは、小さな革袋。

 中には、


「うわあっ、すごーい!」


 指輪やら、金貨やら。


「しかもこれ、全部マジックアイテム、だよね?」

「ええ。……ほら、これなんか、”生命の指輪”ですよね。一回だけ致命傷を肩代わりしてくれるやつ」

「それどころじゃないよ! 教科書で見たことがあるのもある! これ、昔の司祭さまが身に着けていた髪飾りで、付けると奇跡の力がワンランク上がるんだって。……あ! 魔法の耐性がちょっと上がる指輪まで……これたしか、お店で買ったら凄く高かったやつだよ?」

「グハハハハハ」


 ユーシャは、あまり正義の味方がしないタイプの笑い声を上げる。


――なんということだろう。


 ”盗賊”よりもよっぽど”盗賊”っぽい真似をしている勇者がここにいた。


「そんじゃ、さっさと村に戻りましょうか。こうなった時に備えて、冒険者ギルドに通報しておいたので。……戻った頃にはカザハナさん、牢屋の中かもしれませんよ」

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