第2話 雪と星の寒い夜。

 例の、彼が言う昔話はこういうことだった。


 ”むかしむかし、あるところに1人の男の子がいました。

 彼のお気に入りは真赤な毛糸のマフラー。これは、彼のお母さんが夜なべをして編んでくれたもの・・ではありません。

 彼のお母さんもお父さんも、物心つくより前に海に溺れて亡くなってしまったのです。

 ですから、彼は幼いけれど、両親の顔をこれっぽっちも思い出すことが出来ません。

 もしかしたら、子どもには親がいるものであることも、知らないまんまかもしれません。

 だから、男の子はちっとも可哀想じゃありませんでした。

 それどころか、自分は1番の幸せ者で、大きくなったら勇者になるんだ。とみんなに言って回って走るのです。

 いつからか、人々はその男の子のことを小さな「勇者ファイター」と呼んで笑いました。


  彼は、知らずの内に村中の笑いものになりましたが、知ったこっちゃありません。だって勇者ですもの。

 それに、彼にもお友達がいたのです。それが、白い猫と黒い猫でした。

 みんな、男の子です。

 いつからでしょう。

 彼にだけは、白猫と黒猫の話すことが聞こえるようになりました。


 彼らの出会いは、ある寒い寒い夜のこと。

 とっても星が綺麗な、静かで寂しい夜でした。

 みんなと同じで居られない小さなファイターも、少し寂しくなりました。

 散歩に出かけます。

 彼は、絵本を抱えて歩きました。宇宙飛行士が夜空を飛び回る、SFの名作でした。

 けれども彼にはまだ難しく書いてある字を読むことはできません。

 それでも彼には、宇宙飛行士のあの特別な服がとても格好良くみえて、絵本の中の宇宙飛行士を仲間にすることに決めたのです。

 ですから、次の瞬間から宇宙飛行士は彼の手下。

 男の子の小さな腕に抱えられて、1日中いつでも一緒です。彼は1人ぼっちじゃなくなりました。

 え?猫が出てこない?いやだなぁ。今からですよ。

 猫は、寒い夜に散歩していたファイターと宇宙飛行士を、内緒で尾行していたのです。

 そうですね。だるまさんころんだのように、彼らが動くと猫も動く。

 彼らが止まると猫も止まるといった風に。

 猫は、遊んでいたんですね。猫もまた、白と黒だけのお散歩中だったのです。


 ある時、ファイターが宇宙の絵本をうっかり落としてしまいました。

 寒い夜でしたから、いつの間にか真っ白い雪が降っていて、積もり始めた冷たい雪に宇宙飛行士が濡れてしまいました。

 どうにかしようと薄い洋服で本を拭こうとしますが、ファイターの服もまた、雪が解けた水で冷たく濡れていて、ファイターはひとりぼっち、困ってしまいました。

 たまらなくなって、夜も遅い時間ですからもう眠たいし、寒いし、ファイターはとうとう泣き出してしまいます。

 その泣き声に耐え切れなくなったのか、だるまさんしていた猫たちが飛び出してきます。それが、ファイターとねこの出会いでした。

 彼らはまだ知りません。この雪と星の寒い夜が、これから先の大冒険の大切な大切な始まりの日であったことを。

顔を合わせた男の子と白ネコと黒ネコ。そして男の子の腕の中の宇宙飛行士。

小さなファイターは、猫たちに微笑みかけました。その笑顔は寒い雪の夜の中で光るまぶしいおひさまのように見えたのです。

「ねぇ。猫もさんぽなの? 僕らもなんだ。少し濡れちゃってもうねむたいんだけど。一緒にねむろう。きみもねむいでしょう?」

小さなファイターは、そういうと一人どこかに走っていってしまいます。

どこにいったのか、猫が心配しているとぴゅーっと風のように戻ってきていいました。

「そこの角を曲がった場所に、動かないくるまがあったよ。バタバタは開くから、そこで今日はおやすみなさいにしよう。」


猫たちは、おそるおそるファイターについて車の場所にいきました。

すると、なんということでしょう。

ファイターの言う通り、そこにはとても動きそうにないオンボロの車がありました。

ところどころ錆ついて、元の色がかろうじてわかる程度の本当にひどいぼろさでしたがバタバタといわれて指さされた車のドアは、確かに使えて、乗ってみると中から鍵もかけられます。

車の座席もボロボロで、くすんだ黄色いソファーの中身がポコポコと出ていますが、まぁ一晩眠るにはちょうどいい場所でした。

「ひゅー。やるじゃん。」

クロネコが、思わず口に出します。

男の子は、歯をみせてにかっと笑い、猫に言いました。

「すごいでしょう。ぼく、勇者なんだよ。」と。

今度は白猫が、驚いたように素っ頓狂な声を出して言いました。

「え。おまえ、ぼくらのことばがわかるのかい!?」


ファイターは、首をかしげずにそのまま縦に振りました。なにかおかしい?とでもいうように。

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