Chapter2【an Alteration】

Stage3_遠見《to me》

 あたえじゅんが店を飛び出すと、すでに平の姿は無かった。

「どこに行ったんでしょう……」

「こっちだ」

 純は辺りを見回すが、あたえは迷わずに細い路地を進んだ。

「それもなにかの能力ですか?」

 純が追いながら問いかける。

「SNSの能力の応用だ」

「というと連絡が取れるとかですか?」

「こっちはウィズがいるから通信はできるが、平サンにはそれを送るためのグラトンがいない。だから向こうから連絡は取れない」

 あたえは不良に絡まれたとき、スリープモードのウィズを叩き起こして平に連絡を入れたことを思い出した。この能力のお陰で助けられたというのに、いま走っている彼女から連絡を受ける手段がないことをあたえは苦く思った。

(あの人ガラケーだし、あんな状態じゃ電話とかしてこないだろ……)

「それに写真投稿するタイプだから、メッセージはメイン機能じゃないし」

 眼鏡を直しながらあたえは解説を続けた。

「えっと、それじゃあどうやって居場所を?」

「応用って言っただろ。普段の偵察では二手に分かれるときのためにウィズの眼を平サンに移しているんだ。俺たちはこの能力をファインダーと呼んでいる」

 眼の機能を移すことで一時的にウィズはをしているのだが、あたえは急いでいる中で、純に説明することを省いた。

遠見とおみの術ですか……。というかスリープモードでも使えるんですね」

「戦闘にはゲームの対戦が必要だけど、そういうスコアのいらないモノだからな」

「……平さんのこと、助けるんですね」

「意外だと言いたいのか?」

「正直。冷たい人だと思っていましたから」

「……自分のためだ」

 あたえは息を荒げて答えていたが、純は疲れた様子も見せずになるほど、と返す。

 二人は夜闇と不安を振り払うように腕をふって走った。


(それにしても酔いそうだ……)

 現在、あたえの脳は、自身の見ている映像とウィズの眼から送られてくる平の見ている映像とを処理している。

 賢女ウィズと名付けただけあって、ウィズのサポートは的確だったが、それでも補助的なものでしかない。

 あたえは息を深く吐くと、スマートフォンのスリープモードを解いた。


「ウィズ、


 その瞬間、あたえは走る速度を上げた。突然の加速に純は急いでついていく。

 人を避け、ほの暗い道を疾走する。

 どこか無機質な瞳、わずかにぎこちない動き。いま、あたえ危険性リスクの高い方法をとっていた。


 ――ウィズによるあたえの肉体操作


 あたえの脳が受け取って処理するものをウィズが受け取って命令信号を発する。その間にあたえはウィズの得ている情報を探る。情報交換オペレイトエクスチェンジと呼ぶこの方法はグラトンを従えるあたえにしかできないことだった。

『いまはわたしがお父様の身体を操らせていただいています』

 ウィズの声で口を開かずに音を発したのを聞いて、純は理解した。眼鏡の奥の目が、さっきまでのあたえとは明らかに違う。

「憑依もできるんだ……」

『それにしても、お父様の身体……。お父様の身体ですッ! うふふ、久々にお父様と一つになれました。ふふ』

 壊れたように笑うウィズから歓喜の言葉が流れる。純は片眉をつり上げた。

「……ずいぶん暢気のんきですね、平さんが危ないかも知れないというのに」

『お父様の命令で動いているだけですので。タイラなど知ったことじゃありませんね』

 あたえの顔で無表情に語るウィズ。


『大体、自業自得でしょう、勝てもしないのに飛び出すなんて。その精神ココロを案じたお父様が助けに向かっているから手伝うだけで、同情などしません』


 揺らぐことのない無機質な声を聞いて、純は額の汗を拭って押し黙った。

『さぁて、うふふ、お父様の身体カラダ、どういたしましょう……んっ!?』

 ウィズが喘いだかと思うとあたえの目に光が戻る。

 あたえは流れる汗を無視したまま、息を吐いた。


「――いた」


「どこですか!?」

 純は上がってきた息を抑えて噛みつくように聞く。

 返ってきた答えは途切れ途切れの息の合間で。

「すッぐ、そこ、なんだよッ!! グラトンが、あァア!!」

 純の顔からすっと温度が消える。

 二人は姿勢を落として通りを曲がった。


 街灯り、寂れた店、冷えた空気。

 あたえが手を伸ばした先。



 グラトンの鋭い爪が平の身体を貫いた。






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