Stage2_退魔士《tie mercy》

「なるほど、キミは妖魔ようまとやらを退治する女子高生で、俺がそれに取り憑かれているのが見えると」

 あたえはメガネの位置を直すとスマートフォンの画面に表示された時計を眺めた。

 午後十一時を過ぎたころ。二人はそんな夜遅くに、退魔士たいましを名乗る少女を連れて先ほどのハンバーガーショップに戻っていた。再びの来店を訝しむ店員の視線をスルーするのはそう辛くなかった。

 清水しみずじゅんと名乗った少女は見たところ高校生くらいの顔立ちをしていた。すっとした細面が可愛らしいが、雑に束ねられた長髪が紅白一本ずつの細い紐で留めてあるのは少し変わっていると言えた。

「黙りなさい妖魔め! なにか怪しいことでもしてみなさい、退治してやるんだから!」

 彼女は肩を震わせながら指を突きつけて宣言するが、あたえはゲームに勤しんだまま答える。

「あのさぁ、そもそも妖魔ってなに?」

「なっ、いけしゃあしゃあと……!」

 彼女は拳を握りしめて唇をわななかせる。

 勝手に話が進められたところで平の助け船が入った。

「まずはあなたが本物の退魔士たいまし? だって証拠を見せてくれる? 話はそこからじゃない?」

 平のピンと張った背筋から出される声は筋が通っていたが、あたえはそれを聞いてゲームを進める指をわずかに乱した。

(平サン、なに考えてるの)

(もしかしたら使えるかもしれないでしょ)

(いや、そうじゃなくて……)


「証拠と言われても……。ええと、それじゃあ、この妖魔の姿を暴いてみせます!」


 そう宣言すると彼女は自分の左のてのひらを右の人差し指でなぞる。あたえは興味無さげにゲームを続けたまま、横目で眺めていた。

「妖魔め、姿を顕わせ!」

 少し高い可愛らしい声。

 たったそれだけの軽い声と共にあたえの胸部が光を発した。

 ウィズと同じ色。

 二人はそれを見て、息をのむと同時に確信した。この少女は本物であると。

 あたえは指を止めてしまい、画面は【miss…】【down↓】とスコア減少の嵐となった。

「これは妖魔が見えるようになる祝詞のりとです」

 誇らしげなじゅんはそのまま続ける。

「光るってことはやっぱりあなた、妖魔ね! しかも心の奥底にまで……その男性を操るのはやめなさい! さもなくばあなたを退治します!」

 彼女は鼻息荒く告げるとビシッ! と指を突きつけて睨んできた。

「そう何度も指差すなよ……」

 あたえが観念したようにスマートフォンを置き、口を開く。

「取りあえずそのまじないみたいなのを解いてくれ、一般人にまで見られたんじゃ話ができん」

 「やっと本性を現しましたね、この外道が! そうはいきませんよ、今ここで撃退してやります!」

 グラトンのことを説明しようにも妖魔ようまとやらと勘違いしたままの彼女は興奮状態にあった。

「いいから早くしろ。こっちはスコア犠牲に話してやるって言ってんだよ」

 あたえが眉間にしわを寄せながらゲーム片手間に凄む。

「犠牲にするってんならせめて指を離せ」

 それまで見守ってきた平があたえをたしなめた。

「悪いけどまじないは解いてくれない? あんたが本物ならそれがなくとも話はできるでしょ」

「お姉さん!? なんでそうなるんですか、妖魔の肩を持つなんて!」

 平の発言が予想外だったのか純は慌てた。

「あたしも事情は知ってる。だからこそさっさと話がしたいの」

「でも……」

 彼女は渋りながらあたえと平を交互に見やると恥ずかしそうに目を伏せて口を開いた。

「これ、私には解除できないんです」

「「おい」」

 あたえと平の声が重なった。

◇  ◆  ◇  ◆


「あ、あれは時限式なんです。それに祝詞のりとって神様へのお願いですから、一度叶えられたら人間には取り下げられないんですよ」

 彼女は真剣なまなざしで教えてくれたが、二人にはヘタな弁解にしか聞こえなかった。

「へえ、退魔士ってのはずいぶんと不便なものを使うんだな」

「ていうかあんなに適当な呪文でいいの?」

 二人の声色は自然となじるようなものになっていた。

「不便じゃないですっ! 昔からある祝詞のりとは昔の人が使っていたものなので、現代に生きる私は現代語で言えばいいんです。祝詞のりとは時代に縛られないのだ……って師匠が言ってました」

 キメ顔で話すわりには師匠情報だったことに二人はしらけた目を向ける。

「それで事情ってなんですか、ええと……」

 言葉をつまらせたじゅんを見て平はああ、と呟く。

「そういえば自己紹介がまだだったね。あたしは平、んでこっちがアタエ、浪川なみかわあたえだよ。好きに呼ぶといい」

 二人の名前を教えられた上で、純は改め彼らのことを観察した。

 平は社会人なのかパンツスーツを着ている。化粧が薄く、飾り気のない顔をしていたが、黒く澄んだ瞳と凛とした顔のつくり、どことなく美しい佇まいは同性が憧れるものを持っていた。

 一方のあたえは、純とそこまで変わらない年頃であることが窺えた。シンプルなTシャツとは反対にやけにズボンのポケットが多いのが彼女は気になった。メガネの奥のスマートフォンを覗く目の下にできたくまが不健康さを醸し出している。理知的にも怠惰にも見える不思議な雰囲気を持っていた。

「あの、失礼ですけどどういうご関係で?」

 ひと通り観察した純は疑問を投げかけた。

「その前にまずグラトンの話からしないと」

 平が彼女の問いには答えずにあたえに呼びかける。あたえは画面から顔を上げないまま小さく呟いた。


「ウィズ」


 すると、一陣の風が吹き抜けた。

 純には訳が分からなかった。

 エメラルドグリーンのがぶくぶくと形を成し、妙齢の女性の姿になったのだ。

 無機質な眼はどこを見つめているのかわからない。

『お父様、ひどいです。さっきウィズは話してる途中だったのに!』

「喋った!?」

 ウィズが無機質な抗議をすると、純は裏返った叫びを発した。

『は? お父様、誰ですかこの小娘』

「そんな、喋れる妖魔とか聞いたことない……」

 ようやくあたえはスマートフォンから顔を上げると、話を始めた。

「この子がグラトンのウィズ。キミのいうところの妖魔ってヤツだと思う」

 妖魔ウィズが話しているのがよほどショックらしく彼女は目を丸くしたまま黙ってしまった。


「グラトンは人々のスマートフォンに対する依存心を膨らませ、その時間を喰うんだ。人によって依存するアプリは違ってくる。俺ならこのゲーム。好きだからやってるんだけどね、俺は」

 いまのいままでプレイしていた画面を見せつけるあたえ

「と思わされているのがグラトンの恐ろしいところなのよ。

 あたえの解説に間髪をいれずに平が補足をしていく。すると純は得心したように頷いた。

「なるほど、本人も気がつかないうちに憑依して宿主を操る現代の妖魔ってところですか」

「あんたやたら飲み込み早いのね」

 平は感心したように言う。

「現代の妖魔って引っかかる言い方だな。それと妖魔って聞いたときまず初めに浮かんだのが妖怪のたぐいだったんだが、それとは違うのか?」

 純はちぅーとジュースを飲んで顔をほころばせてから答えた。

「妖怪も妖魔もそんなに変わらないです。それと時代によって新しい妖魔が生まれることもあると以前師匠が言っていました。そのグラトンというのもスマートフォンが普及してきたことで生まれたものなのかもしれません。私は持っていないので狙われることはなさそうですね」

 純は師匠情報を織り交ぜつつ自身の仮説を得意げに話す。確かにこれは一般人では無さそうだ。

「あたしも持ってないから、一応」

 平が小さく手をあげた。


『……さっきから聞いていればなんですかこの小娘は? それにタイラも! まるでウィズがお父様には害悪みたいな言い方して……。ウィズはお父様の役に立っています。そこらへんのグラトンと一緒にしないでください!』


 天井の低い店内で見かけの上では窮屈そうなウィズはヌッと身を乗り出して言った。

「ウィズ、落ち着け。お前には助けられてる」

 あたえが制するとウィズは怨嗟えんさの言葉を落としながらもおとなしくなった。

「それでだ。俺の場合はゲームの対戦をすることでウィズを強化できる。いつもはコンピューター相手の対戦で済ませているがな」

 持ち上げた画面には【Training】の表示。

『先ほど普通の対戦モードで戦われたのは何故ですか? しかも相手は世界二位だったじゃないですか。ウィズは驚いて変な声を出してしまいました』

「せっ、世界二位!?」

 純が頓狂とんきょうな声を上げる。

「ああ、だってあたえは世界一位よ?」

 平が告げると純は目を丸くして絶句した。

「……別に挑戦を受けなくても良かったんだけど、一個前の対戦で僅差だったからって調子乗ってきてさ、アイツ。いや、勝ったけど」

 あたえはきまり悪そうに話す。

「あんたまさかあたしから逃げてたのって」

 平の凄まじい形相の前にあたえはついに謝罪の言葉を口にした。

「対戦中で、その、スミマセン」

「ほう、邪魔者扱いした挙げ句チーズバーガーを五個も奢らせたのか」

 鬼も一目散で逃げ出さんばかりの気迫にあたえはたじろいだ。

『タイラ、まさかお父様が悪いとでも?』

 冷ややかに怒る平、目を逸らすあたえと彼を擁護するウィズ。混沌と化した場を壊したのは意外にも純であった。


「それで、どうしてアタエさんはグラトン、に心を飲まれていないんですか?」


 それは素朴に問いかけられた。

「さっきからずっとスマホ触ってるのに、どうしてこのグラト『ウィズです、小娘』……ウィズさんに心をのまれないんでしょうか。ましてや操れるだなんて」

 あたえは問いかけられたそれらを全て聞いた上でこう言った。



「ひぇっ」

 ニッと唇を歪ませ、純に顔を寄せるあたえ

「キミにはをしてもらう」

 平は呆れた顔をしていた。

◇  ◆  ◇  ◆


「なんだ、お手伝いってグラトン探索のことですか」

 純の顔には先ほどまでの恐れはなかった。

「任せてください。私は人様の役に立つために退魔士たいましになったのですから」

 笑顔で言い切る。平が一瞬こわばるのがあたえには分かった。

「それで、探査はできるのか」

退魔士たいましというのは妖魔を退治する者ですから、探すのは専門外ですかね」

 キリッとした顔で返され、あたえは溜め息まじりに言う。

「……取りあえず実戦のときに手伝ってくれ」

「や、近くにいたらわかるんですよ? でもあんまり広い範囲とか正確な探知は……」

 純は指先をいじりながら申し訳なさそうにした。

『ふん、役立たずな小娘ですね』

 ウィズが意地悪く吐き捨てると、あたえはアプリを終了させた。

『ああっ、お父様ごめんなさい、いい子にしま……』

 ウィズが消えていくと、しぼんだような純に平が声をかけた。

「大丈夫よ、元からあたしがやる予定だったし」

 それを聞いた純は表情を和らげて笑った。

「なんだ、いつもは平さんが探索しているんですね」

「ああ、平サンは探知の能力を持っていて、俺の近くにいるときに半径一キロメートル圏内にいるグラトンの位置や強さなんかがわかるんだ」

 メガネのブリッジを持ち上げながら解説をするあたえ。すでにスマートフォンを握り、ゲーム画面しか捉えていなかった。

 そんなあたえをジトりと睨み付けていた純だったが、あることに気がつき声を上ずらせた。

「って普通に流されそうになりましたけど、探知ができるなんて平さんもまさかグラトンの宿主なんですか?」

 好奇心の強いヤツだなとあたえは少し目を細める。

「まぁ、ワケありってことで」

 平は純の疑問をさらりと流し、こめかみに両手の人差し指を当てて目を閉じた。

 純は追求してこなかった。

◇  ◆  ◇  ◆


「そういえばどうしてグラトンを退治しようとしたんですか?」

 ほわりとした声で問われたというのに、あたえの表情は蝋のように固まった。

「俺たちはある個体を討ち取るためにこうしてグラトンを狩っている」

 声が冷たくなるのをあたえは自覚する。いま吐いたばかりの言葉がのどの奥に粘りついているようで気持ち悪かった。

「さっき倒していたのは違うんですか?」

 あたえは驚いた。消滅したグラトンの気配など自分にはわからないのに、後から駆けつけた純はそれを感知している。

「取りあえず成り行きで倒しただけだ」

「そう、ですか」

 なにか言いたげな顔をしながら純は引き下がった。気まずくなったあたえはグラトン探知をしている平に声をかける。

「どう、平サン? なんかいた?」

「……」

「平サン?」

 返答がないのを不思議に思って平の顔を覗き込むと、彼女は苦しそうな表情で汗を浮かべて言った。

「アイツが」

 そのひとことであたえは肌がぞわりと粟立あわだつのを感じた。

「アイツがこの近くにっ!!」

 平は正気を失いかけていた。瞳は焦点を定めておらず、身体は小刻みに震えている。

「平サンーー」

 あたえが宥めようと手を伸ばすと、肩まである焦茶こげちゃの髪をかきむしり、テーブルを強く叩いて呟いた。


「行かなきゃ」


 言うが早いか、彼女は駆け出してしまう。あたえの手は届かずにすり抜けた。

「クソッ……!」

「あの、アイツって」

「おそらく平サンの親父さんを殺した張本人グラトンだ」

 純が息を飲むのが聞こえる。が、彼女は意を決したように口を開いた。

「それならば尚のこと、お手伝いさせていただきます! 退魔士たいましとして私は人の幸せを紡ぐために今ここに立っているのですから!……それに、私も……」

 揺るがぬ視線。真一文字に結ばれた口元。腹の底から響くような彼女の声は、混乱しかけたあたえにとって確かなしるべとなった。

「……ああ、すぐ追おう。






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