第8話 魔術

「いやー便利なカードなんだな、これ」


 真人はベッドにゴロゴロと横になりながら、コロシアムで貰ったカードを見る。カードには表裏両方によく分からない六望星の絵が書かれているだけだったが、適当な宿屋に見せただけで無料で通してくれたのだ。


 真人とマリー、


「何でこんなロリ女まで……」


 そして新たに加わったベルは、一人ずつそれぞれの部屋を借りていたが、今は真人の部屋に3人がいる。明日からの予定を決める為だ。マリーは腕を組みながら、ベル加入の不満を呟く。


「変に不満言ってても仕方ないぞマリー。というか、何をそんなに怒ってるんだ?」


 真人はマリーの怒りの原因を聞くが、彼女はプイッと顔を背ける。真人はマリーをめんどくさがり、椅子に座るベルに向き直る。


「……ベル、お前は何が出来るんだ?」


「そうですね、私はコロシアムで見せた通り、ナイフによる近接戦闘術を生業としています。泥棒、盗賊、要人の警備などなど戦闘に関わる仕事は何でも出来ます」


「戦闘か……まあ、僕も似たようなもんだから構わないけどな」


「……ふん、この中では最弱なんだしアンタなんか要らないわよ」


「マリー!」


 真人はマリーを咎めるが、彼女は頬を膨らませてそっぽを向く。真人はため息をつき、顔を落として俯く。


「まあ、別に都市のコロッセオは逃げないしな。とりああえず、今日は休もう。もう12時も過ぎてしまってるし」


 真人がそう言うと、マリーとベルは頷く。そして、先にベルが、その数分後にマリーが出ていった。


「ふあ~あ、眠い……まだ異世界に来て2日目だってのに……」


 そう呟きながら、真人はゴロンッとあまり寝心地の良くないベッドで横になる。



(……神)


 白髪白装の杖を振るう少年のような上位次元存在


(……マリー)


 この世界で最初に出会った水髪蒼眼のエルフ


(……ベル)


 マリーと互角に戦える人間の少女


(…………リング)


 ――先代腐敗の手所有者を殺したと言う真人と同じ変革者



「………………変革者って、何なんだ?」


 真人はふと疑問に思い、独り言を呟く。そして、ベンテルべ村から貰った3冊の本を取り出す。それはエルフ達が子供に教えるような本で、世界の歴史を簡単に書いたらしいモノだった。真人はそれを開き、パラパラとページをめくる。しかし、ベンテルべ村近くで起きた歴史しかほとんど書いていない。あの村がかなり閉鎖的であったことが伺える。


「っ!!」


 だが、適当にめくり続けていると、救世主と言う項目に変革者という文字があった。


(……世界崩壊の火が燃えがる中、生命の象徴たる一人の変革者は二元を理解した。世界の大いなる水の流れが炎を呼び、光が闇を造る。私達は停滞を望み、彼を裏切った。そして、私達の魂にはこの世界よりも重い罪が課された。我らはそれを外界に出さぬよう、彼の指示に従った。そして、我らはこの愛すべきだった自然と共に生きることになる。我等の罪が晴れるまで、私達は外から出られない……)


「普通に見れば、あいつらは大昔に変革者と敵対して敗北したのかな」


 真人はため息をつき、本をバックに仕舞う。そして、ランプの灯を消し、埃臭い毛布を被って目を閉じた。そして、本当に体は疲れていたのか急速に眠りに落ちていった。



 そして、夜は明ける。



 真人はパチリと瞼を開くと、木造りの窓から朝日が差し込んでいた。真人はボーとしながら、布団の温もりを堪能する。


「ふぁ~あぁあ」


 真人は欠伸をかきながら、横を向く。すると、距離5センチ先に水髪の少女の顔があった。真人は嫌な予感と共に覚えたての結界を発動する。すると、案の定にもすぐ後ろにはベルが眠っていた。


(……サービスタイム……か)


 寝起きでボンヤリとしていた真人の脳は防衛本能によってしっかりと目覚める。そして、彼は体の力を抜きいて興奮しないように息を整えていく。


(考えろ……考えろ……!!これは罠だッ!!……ラノベ・アニメ・漫画で度々使い捨てられてきたこの状況――――気づかれたら殺られる……!!!どうにか抜け出す方法は無いか?無いのか??僕はここで理不尽な暴力に襲われる運命にあるのか??……ふざけるな、俺は変革者だぞ。変革をもたらせなきゃ意味が無いだろ………………いや、何の話だこれ!?)


 真人は悶々とこの状況から解放される方法を考える。しかし、下にはベッド、上には布団、左右には女子が二人と完全な四面楚歌だ。体を量子化でもして移動しなければ、この状況から逃れることは不可能に近い。


「ん、……ぅ」


 マリーの寝息が真人の背をゾワゾワと寒気となって襲う。また、後頭部の首の付け根には先程から一定の速度で息が吹きかけられていた。それが妙にくすぐったくて、真人の顔はドンドン青くなっていく。


(いや、……待てよ?マリーなら起こしても問題無いんじゃないのか?少なくとも、出会った当初以外はマリーは暴力を振るったことなんて全く無いぞ??……これは賭けだな。鬼が出るか蛇が出るか)


 真人はソッと毛布から手を出し、マリーの頬を掴む。ニギニギと軽く引っ張りながら、彼女を起こそうとする。


(起きろ!起きろ!起きてくれ……ッ!!)


「ん……むぅ……」


(お、起きるか起きるか!?)


「む……ぁ……う」


(……起きるのか?)


「……にゅ……ぃ……い!」


(――――起き)


「ZZZ……」


(起き!ないッ!!!起きてくれないっ!!この駄目エルフめ!!とゆーか、ZZZって何だ!?今どういう発声したんだ!?)


 真人はマリーをこっそり起こす事を諦める。そして、別の方法を考える。


(良し……後ろにいるベルの上をかいくぐろう……幸いベルはロリっ子だ、マリーよりも高さは無い。僕なら――行ける!!)


 真人はゆっくりと出来る限り音が立たぬ様に反転する。すると、今度は茶髪の髪を程よくベッドに散らべた端正な顔つきのベルの顔が見える。


(ん?……傷……?)


 真人はベルの顔をまじまじと見ることで、彼女の額から右耳にかけて切り傷の痕が残っている事を発見する。彼女は元々髪の量が多いのか、昨日までは真人は全く気付かなかった。


(触れちゃいけないものだろうな……それよりも、早く逃げなければ……)


 真人はベルに触れぬ様にハイハイの状態になりながら、徐々に体をずらしていく。そして、ベルが真下に来たところで真人は少し安心した。


(ここまで来ればもういけるか……)


 いや、してしまったのだ。真人は思わずフゥーと息を吐く。


「誰ですっ!?」


 それがベルの耳にかかり、ベルがバッと体を起こす。


「「…………」」


 お互いに目を見開き見つめ合う時間が二人を支配する。しかし、ベルがフイッと顔を反らした事で、すぐにその時間は終わる。


「は、早くどいて下さい……です」


「あ、ああ」


 真人がベルの上を通ろうとした時、ガシッと真人の服を誰かが掴んだ。誰か…と言っても、今この部屋には3人しかいない。水髪蒼眼のエルフ、マリーである。


「行かせてくれ、マリー!僕はここから脱出しなくちゃならないんだ!!」


「戻ってきて良いのよ、別に真人に悪い事なんてしないわ」


「絶対嘘だろーが!僕はここから出たらシャワーを浴びて朝食を食べるという素晴らしい予定があるんだ!!」


「何を言ってるのよ真人……私の隣で他の女と体を組み交わそうとしてた癖に……!!」


「とりあえず、私の上から退いてくれませんか……?」


 また喧嘩し始める真人とマリーを見ながら、ベルは呟く。時刻は午前9時を指していた。





「それで?何で僕の布団に潜り込んだんだ?というか、鍵を閉めた筈なんだが……?」


 真人は二人の少女を正座させて質問する。すると、ベルがピンっと右手を上げる。


「何だベル?」


「まず、私は悪くありません。悪いのはマリーさんです。私は騙されたんです」


 ほう、と真人はベルの弁明に好奇心を持つ。


「まず、昨日の夜の事です。私は真人さんの部屋から出てすぐに自分の部屋に戻りました。とりあえず、風呂にも入り、美味しい牛乳を飲もうとした時です。同じく湯上りのマリーさんが、私に友好の印にと牛乳を渡してきたのです。」


 真人は頷く。マリーはベルから目を反らす。


「私はありがたくそれをグイッと呑みました。……あ、私は牛乳が好きなんです。まあ、それで眠気が急に襲ってきたので自室に戻ろうとしたのです。そうしたら、……」


「僕の布団の中にいたっていうのか……」


 ベルはコクンと頷く。真人はジト目でマリーを見る。


「な、何よ!私が悪いって言うの?」


「……いや、証拠も無いし。まあ、いいさ。正座なんかさせて悪かったよ」


 真人は女子を正座させて咎めるという状況に慣れず、二人を許す。マリーは何かを言いたげに手をあげようとするが、彼女は手を下ろしてモジモジする。真人はそれを見ていたが、彼女の真意を察することは出来なかった。


「あ、そういえばさ」


 真人は話を変えようとマリーの結界の事を思い出す。


「マリー、僕は魔術について詳しく教えて欲しいんだった。ベルも……何か戦闘に使える技術があるか?

出来れば二人に教えてくれないか?」


 真人がそう言うと、マリーはパッと顔を上げる。そして、目を線にして笑顔になる。


「うん!良いわよ!」


「そうですね、マリーさんに良いモノを見せてあげましょう」


「……どういうことかしら?」


「外でやりましょう。マリーさんの技、打ち破ってあげます」


「へー……」


 真人は話の展開方向を間違えたのでは無いかと冷や汗をかく。マリーとベルは睨み合いながら、外に出ていき、彼等を真人は追い駆ける。そして、道中でパンとハム・レタスを購入し、3人はマクマティア王国の国境にまで行って一時的に出国する。そして、森の1歩手前にある広い大地にまで歩く。


「この辺りで良いんじゃないかしら?」


「そうですね、ここなら誰にも迷惑は掛からなそうです」


「じゃあ、二人の対戦は後な。先に、魔術が知りたい」


「モチロン♪」


 マリーは二人から少し離れた所まで歩く。真人は朝食をベルに渡し、マリーと対峙する。


「コホン、じゃあ始めましょうか」


「オーケー」


 マリーが腰に刺した剣を抜く。そして、大地に突き刺し詠唱を行う。すると、昨日のコロシアムで彼女が使った妖精が現れる。


「――優しい3人の妖精達ドライ・アインリシュゲン・デ・プフォートナー、マコトは今何が見える?」


「……マリーがコロシアムで出した3つのブローチみたいな結晶が見える」


マリーは満足そうにうんうんと二回頷く。


「……じゃあ、私の体の周りには何が見える?」


「……?」


 真人はマリーの問いに不思議そうに頭を傾げる。すると、彼女は自分の目を指差しながら


「目を凝らしてみて。自分の意識を目に集中させるように」


 真人は言われた通り、結界とは反対に自分の意識を目にのみ集中させる。すると、マリーの体の周りを覆う様に紺色の何かが見える。


「私は……多分、紫色かな。私の魔力が見えない?」


「……見えた」


 でしょ?と、マリーが笑う。


「これが私達エルフ族の普通の状態ね。いつどんな時も魔力を体に覆わせてるの。そして、次に……」


マリーは左手を真横に上げる。そして、3秒後にマリーの左腕に紫色の魔力がグワンッと膨れ上がる。


「これが魔力を貯めて自分の体を強化する。人体強化術『鎧』よ。ベンテルべ村や昨日のコロシアムでも真人が強烈な力を使う時に使っていたわ」


「あーあれか……確かに、この体であんな巨体を腐っ飛ばしたりとかは出来ないな」


 マリーは左手に貯めた魔力を戻す。そして、次に彼女は目を閉じる。


「そうそう、あの芸当は真人が持つ膨大な魔力のお陰って事ね。そして、今私がやっているのは人体鏡花述応用編『結界』。これも真人は習得してたわね」


「気づいてたのか?」


「もちろん、真人にも今見えている筈よ。視界がちょっと暗くなってる筈……」


 真人はよく目を凝らし、森の方を背景にする。すると、緑色である筈の森は微妙に黒みを増していた。


「なるほどな、魔力を拡散させてるから色が環境に影響を与えてるって訳だ」


「そうよ、そして最期に今発動しているものが最大最高の本領――魔術……普通のエルフは最大で5つまで習得が可能よ。何故5つかと言うと、一つの魔術習得には膨大な時間と魔力量が関係してるわ」


「ふーん、なるほどな。」


「すいません、もう終わりましたか?」


 ベルが魔術講義が終わりそうな雰囲気を嗅ぎ取る。彼女の口元にはパン屑がくっ付いていた。


「パン屑ついているぞ」


「……」


 ベルは無言でそれを腕で拭う。そして、腕に装備されたナイフをシャッ!と抜き両手に収める。


「朝っぱらから気が早いわねベルさん?」


「いえいえ、昨日の負け方には余りにも納得がいきませんので……私の本気を見ておけば、少しは都市コロッセオに行くまでにマリーさんの成長があるかもしれないですよ?」


「何ですって……!?」


 どうも馬が合わない二人から真人は食料を捕獲して逃亡する。そして、ベルは真人が避難したことを確認してマリーに視線を戻す。


「マリーさん、あなたはさっきまで魔術を全く自慢げに語っていましたね?」


「……それが何か?」


 ベルは右手のナイフで自分の首に掛けているネックレスを胸元から取り出す。


「――大昔、ある一人の変革者の言葉を聞かずに敵対した貴方達は魔術を使う様になった。では、変革者に味方した人間の一部は……一体何を使うでしょう。答えは簡単です………………フレイヤ!」


 ベルがフレイヤの名を呼ぶ。すると、ネックレスの赤い宝石は禍々しく輝き、彼女の体の周りから火が生まれる。そして、ボボボォッ!!と炎がうねりを上げながらベルを取り囲み、丸い球体上になる。


「……フレイヤか」


 真人は元の世界の神話を思い出す。スマートフォンで色んな神がゲームキャラとして出ていたので聞き覚えがあった。共鳴し合う世界、だからこそ同じ名前なのかもしれない。


「――聖術、炎神体融武装えんしんたいゆうぶそうほむら』」


 炎が晴れ、中からベルの打って変わった姿が現れる。マリーに対峙する少女の姿は、まさに炎神そのものだった。

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自殺した僕は異世界に3人しかいない変革者の4人目になることに決めました 一人暮らしの大学生「三丁目に住む黒猫ミケ @iai009

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