第7話 茶髪の少女、ベル・アヴァレヴィン

バチバチと電撃とうるさいほどの歓声が巻き上がった。ベルは体をガクガクと震わせながらも未だ立っている。


「……が……あ……」


「ま、まだ意識があるの!?確かに死なない程度に威力は押さえたけど(というより、魔力量の関係でもう強いものは撃てなかった)……」


「く……まだ、まだ私はやれる…まだワタシハヤレルハズ・・・・・・イカナキャ、コロッセオニニイカナキャ」


何かを呟きながら、痛々しくなったベルは先程よりも鋭い目でマリーにナイフを向ける。その時、重低音の轟音が鳴った。ガァンッ!!!と実況席から今日2度目のゴングが鳴り響く。



「本日の開催されたバトルロワイヤルぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、終了ゥゥゥうおおおおおおおおおおおおおお!!!とうとう50人から5人の猛者が生き残ったぁぁぁぁぁぁ!!!」



「お、終わり?」


マリーがポカンッとした顔で目をパチパチと数回瞬きする。


「…………勝った………ぁ」


ズシャリとベルが地面に膝をつき倒れる。やっと意識を失ったらしい。マリーはホッと息をつき小剣を仕舞う。



「今日この日この時間ッッッ!!!!俺達はとんでもない奴を発見してしまったぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!いきなり現れたと思ったら、総計34人の剣闘士達を全て1発KO!!!その名も、……我が街の新たな超新星ィィ!!!フジツキマコトだァァァァァァァァアアアア!!!!!!」



実況と観客席から大歓声が沸き上がる中、真人は瞼を上げて目を開く。すると、コロシアムの中を囲む壁の至る場所にクレーターが出来上がり、気絶した剣闘士達が横たわっていた。上を見上げると、試合が始まる前よりも人数が増えていた。皆が皆、コロシアムの戦況に熱狂していた。


「……終わったか」


真人は首を振ってマリーを探す。すると、両腕に血を流し事以外はほぼ無事な彼女が手を振ってこちらに駆け寄ってくる。


「マリー!」


「終わったわね真人!」


「……誰も殺してないよな?」


真人が聞くと、マリーはニコッと笑って約束を守り通したことを示す。それを見た真人は安心したように長い溜息をつく。


「でも、私が生きていた世界は狭いのね。あんなに戦える人間がいるなんて……知らなかった」


マリーが振り返って彼女が倒したベルを見る。


「ああ、見えてたよ。ナイフだけでマリーを途中まで圧倒してたな」


「……見てたの?」


「場所と動きだけはな」


ふーん、とマリーが怪しそうに真人を見る。実況席から2回ゴングが鳴り、生き残った5人の剣闘士が案内人の指示に従ってどこかの部屋に案内され始める。真人は左手に皮手袋を嵌めて、マリーが倒したベルを肩に担いだ。


「真人、何してるの?」


マリーが不思議そうに聞く。


「別に……こいつも生き残った5人なんだろ?だったら、速く医務室に連れて行った方が良い」


「……分かった。じゃあ、私は先に行ってるわね」


ああ、と真人はマリーに手を振り、別れる。そして、壁に掛けられているコロシアム内の地図を見て医務室の場所を探す。


「ここから……まあまあ近いな。他の剣闘士も運ばれてくるだろうし、さっさと行くか」


真人は医務室に小走りで向かう。しかし、半分ほどの距離まで走ったところで真人は足を止めた。


「…………リング!!」


何故なら、待ち構える様に魔法使いの青年、リングが立っていたからだ。だが、今の彼は魔法使いの象徴たる尖がり帽子を被っていなかった。その性か、今度は憎たらしい笑顔が良く見えている。


「よお、流石の結果だったな。名前は、……ふじつ……ふじつき…………何だっけ?」


「藤月真人だ」


「そうそうそうだ!それだったそれだった!へへへへ、悪いな教えて貰っちゃって」


真人はベルを担ぎ直し、医務室に進もうとする。しかし、そうしようとした瞬間、リングは杖を床にガァンッと叩きつけた。


「おいおい、人の話は最後まで聞くもんだろ。お陰で、俺の最強魔法の一つを無駄にご披露しちまったじゃねぇか。へへへへへ……」


それは銀の色だった。リングが石造りの床を杖で叩いた瞬間、そこからドロリとした銀色の何かが噴出したのだ。そして、それはリングの前で5本の剣の形を成す。


「お前も期待外れ……てのはやめてくれよ。腐敗の手を持つマコト君?」


腐敗の手――それを聞いた瞬間、真人は結界を発動する。そして、右手の皮手袋のボタンを外し、コートのポケットに右手を突っ込んで重力と服の摩擦を利用して皮手袋を仕舞う。


「何でお前が僕の能力名を知っている……?」


そう聞くと、リングはケラケラと笑う。


「そんなの一つしかねぇだろーが。お前と同じ能力を持ってる奴と闘った事があんだよ、俺は」


真人が眉をひそめる。対して、リングはニヤニヤと笑ったままだ。


「……どういうことだ?」


「あーあ、そっか。お前は知らねぇのか。ほんと6年前なんだけどな。さっき言った通り、俺はお前と同じ触ったものを腐らせる能力を持った奴と闘ったんだよ」


真人はその言葉に二つの結果を見た。一つは、リングと6年前の人間が互角に戦い、引き分けたという結果。だが、もう一つは……あまり考えたくない結果だ。


「その男は……今どうしてるんだ?」


真人は額に1滴の汗を流しながら質問する。数秒、無言の緊張感が辺りを支配するが……


「ああ、俺がぶっ殺してやったよ?超ムカついたしな」


「なっ!?」


真人は驚き、目を見開く。そして、新たに自分という存在と同格の存在を思い出す。


「そうか……お前、変革者ヤダユか……」


「正解せーかい、そうさ俺はバベルベット帝国の変革者ヤダユリングだ。それはそうと、お前と同じ能力者をぶっ殺した時の話聞きたい?聞きたいよな?」


リングはそれもう楽しそうに先代の腐敗の手所有者の話をし始める。


「6年前、俺はソイツと闘ったんだけどさぁ。最初は膨大な魔力と能力に俺も超期待してたんだわ。なのにさぁ、ホント信じられないぜ?俺がちょっとばかり本気になったら、そいつ手も足も出なくなっちまったんだよ。なんか10人くらい女連れてたんだけど、俺がボコボコにしたらピーピー泣き始めてんの!!そえれがマジで傑作でさぁ、俺はソイツを素っ裸にして股間にぶら下がってたモノを焼いてやったんだわ。そしたら、マジで引くぐらい命乞いし始めて……」


真人はそれ以上聞かなかった。足に力を込めて、体を弾丸のように飛ばす。それに気づいたリングも銀の剣を飛ばすが、真人は目を閉じて結界の魔力の流れに従って指を剣の刃に触れぬ様に滑らせる。すると、それらは急速に錆び付いて形を崩していく。その現象を見たリングは笑う。


「へへッ!」


真人はしゃがむと同時にベルを床に降ろす。そして、そのままの体勢から回転するように右足を横一線にリングに蹴りを叩きこむ。ズドォッ!!とリングは左の壁にぶつかった。しかし、


「お前の話は自慢が多くてつまらない。急いでるからまた今度にしてくれ」


「いやいや……今みたいなのトバされちゃぁ待つものも待てなくなっちまうだろーが!」


リングが杖に目に見えるほどの黒い魔力を集中する。


(これが魔力か……初めて目に見えた)


真人はベルの体を引きずりながら、リングから距離を取る。そして、リングが杖に集束させた黒い魔力から魔法を発動しようとした瞬間だった。


「止めて下さいリング、予定変更ですよぉ」


「何で止めるんだテメェ!!!」


リングの前に3点の穴が開いた仮面を着けるもう一人の魔法使いが現れたのだ。しかも、その場に瞬間移動してきたかのようにバッと姿を急に現した。


「バベルベット帝国第5代皇帝がお亡くなりになられたのですよぉ」


「……!?…………ついにやったのか……!!」


真人はその言葉の真意に気付かなかったが、リングは目を見開いて驚く。そして、何かを察したように口角を引き上げて笑う。そして、彼は3点仮面の男から尖がり帽子を受け取ると、それを頭に被せる。


「わりーなマコト君、残念ながら急な用事が出来ちまった。対戦はかなり後になりそうだ」


「…………」


真人はリングの一足一挙動に警戒しながら、彼の言葉の真意を考える。しかし、そんな真人とは裏腹にリングは簡単に真人に対して背を向ける。そして、最初に出会った時の様に一瞬で消え去った。


「……リング、か」


真人は左手に皮手袋を着け直す。そして、ベルを担ぎ直し、再び医務室へ急ぐ。





「さて、今回生き残った5人…まあ今は3人しかいませんが……ともかくおめでとうございます」


マリーは机に肘をついて顎を乗せて頭を支えながら、妙に筋肉質な女の説明を聞く。


「今日付けであなた方には、傭兵としての名が世界に登録されました。これはマクマティア王国でしか発行されないモノですが、世界中の戦争・盗賊・狩猟行為などなど多くの事に免除や優先などの幅広い特典が付いてきます」


そして、説明役らしい彼女は何かのカードをマリーを含める3人に配布する。


「それは傭兵登録の証明カードです。我が国のある魔法使いたちが丹精込めて造られた魔法道具の1種です。マクマティア王国の都市コロッセオでの参加にはそれが絶対に必要なので紛失には気を付けてください」


その説明を聞いた3人の内の一人が説明役に質問する。


「なぁ、コロッセオに参加しなかった場合はどうなるんだ?」


都市コロッセオには3階層に別れた対人マッチが行われいる闘技場だ。しかし、国中の猛者が集まっている為に、夢を見ない方が利口と言う話もよくあるのだ。


「特に問題ありません。順位は最下位のままですが、それでも全世界を渡り歩く際には優遇制度はしっかりと効きます。コロッセオは基本的に参加自由の場所ですので、行かないこともまた一つの道です」


彼女の返答に、男は安心したように笑顔になる。


「概要の説明は以上になりますが……何か私に出来るご要望は御座いましょうか?」


「じゃあ、……私が倒したベルさんの容体を知りたいんですが……あと、真人さんも」


「ああ、あの人たちなら医務室で私の妹から同じ話を聞いている筈です。ベルさんもお目覚めになっていますよ」


「本当ですか!?」


「ええ、彼女の元に案内しましょう」


マリー以外の二人の男達は手を軽く振りながら部屋から出ていく。そして、マリーはバックにカードを仕舞う。そして、妙に筋肉質でムキムキの女案内人に医務室まで案内して貰う。





「……では、説明は以上です。それでは失礼します」


無駄にムキムキな説明役の女を横目に見ながら、真人は考える。


(傭兵……ね、知らなかったな)


「マコトさん……でしたか?何故かは知りませんが、私をここまで運んでくれてありがとうございます。感謝です」


真人がベルという茶髪の少女に目をやる。真人は彼女を医務室に運んだのだが、医務官に打診したところすぐには治せないと言われたのだ。しかし、その数分後に彼女の体がいきなり炎に包まれ、彼女の焼けた肌に水っ気が取り戻された。炎が肌に潤いを与えるというのも変な話だ、と真人は思う。


「別にいいけど……さっきの炎は何だったんだ?何故かお前……ベルさんの体が治っていった。」


「ベルで良いです。……さん付けはどうも性に合わないんです。そうですね、……その炎というのは私が契約したフレイヤのお陰かと……」


そう言ってベルは胸元からネックレスを取り出す。それはルビーのような赤い煌きを輝かせていた。しかし、そのルビーの中から何かが二つの円がグルグルと交差している。


「あまり長い間、見ない方が良いらしいですよ。あと、胸元をジロジロ見られるのは恥ずかしいです……」


ベルは服の中にネックレスを戻す。それと同時に、医務室のドアがバンッと開く。


「真人!?ちょっと遅すぎよ…………ッ!?」


中に入ってきたのは荷物を背負ったマリーだった。彼女の目には、先ほど自分が下したベルの胸を凝視する真人が写る。


「ま、真人。な、何やってるのよ……」


マリーが顔を青ざめながら真人に質問する。アワアワとする彼女の心中をよそに、真人は振り向いた。


「おお、マリー。そっちもカードは貰ったのか?」


「……も、貰ったけど!そんなことよりも重要な話があるでしょ!?」


「あ、ああ?ああ、そうだな。どうやって奴隷を開放させるか……いや、その前に都市までどうやって行けば良いのか」


真人がベッドから立ちながらこれからの優先順位の話をし始める。しかし、マリーの心内はそれどころではなかった。


(真人はロリコン?私は胸は程よく両方成長してるのに……何でこんな山も出来てなさそうな女の胸を凝視してたの?ウソウソウソ、真人はロリコンなんかじゃないわよ。だって、私を誘ってくれた時も顔を背けてたけどアレは照れてるだけなんだって私は知ってるんだから。そもそもこのポッと出の女に横から奪われてなるものですか。絶対にそんなことは許さない許さない許さない許さない許さない許さない……)


「……?何だかマリーさん、私に対して失礼な事考えてる気がします……いえ、それよりも気になる事があるのですが」


ベルはマリーの背後からにじみ出るオーラに訝しむ。


「何だ?」


真人はベルに向き直る。それがマリーの魔力を狂暴化させているのだが、魔力を見る方法を知らない真人はそれに気づかない。


「真人さん……あなたは今、『奴隷を開放する』と言われましたか?」


真人はコクリと頷く。すると、ベルの顔はキラキラと輝き始める。反対に、それを見たマリーの顔が嫌な予感と共に暗黒に染まっていく。


「旅人マコトさん、私ことベル・アヴァレヴィンを貴方の旅に同行させて下さい!!!」

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