第6話 バトルロワイヤル!

コロシアム内で獰猛な男達の叫び声と観客達の歓声が町中に響き渡り始める。


「おらァ!!!そこの黒髪のガキィ!!!」


「ん?」


真人は自分の右側の方向を見る。すると、斧を持った2メートルほどの大男が急速に接近していた。


「マリー!死ぬなよ!!」


「うん!」


真人はマリーと離れて、大男に対峙する。真人は左手の皮手袋を外してコートのポケットに仕舞う。


(斬られるのが先か、腐敗するのが先かは判断しようが無い……斧の切っ先には触れられない……!)


「おらァ!!!」


大男は真人を頭から股間まで切り裂こうと真上から振り下ろす。それに対し、真人は高校までやっていた剣道の応用で左足を後ろに右足を前に出して構えを取る。そして、左足に力を入れて右に移動し、右足を軸にして半回転して大男に背中を見せる構図となる。すると、空ぶった斧は地面に突き刺さり、一瞬大男と斧の動きが静止した。


(ここで捉えるっ!!)


真人は静止した斧の木製の持ち手の部分を左手で掴む。すると、斧は真人が握る時間だけ速く腐り始める。


「うわぁっ!?」


「隙ありっ!!」


それを見た大男は慌てて手を離す。そして、後ろに退いた瞬間を真人は見逃さない。両足の軸を同時に動かし、皮手袋を付けた右手で大男の胸部分の水月に掌打を叩く。


「……!!……げほっ!?」


すると、大男の体はコロシアムを囲む壁まで1直線に吹き飛んだ。そして、ゾゴッ!!と壁に叩きつけられ大きなクレーターを残す。



「おお~~~~~~~とォッ!!!始まってたったの30秒で脱落者発生だァ!!!!たっっっっったァ1発の掌打で暴れる斧使いの巨人を倒したのはぁっぁぁあぁぁぁぁぁ!!?!??今日入国したばかりの無名の旅人、フ・ジ・ツ・キ・マ・コ・トぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」



ワッと観客席から大声援が上がる。その余波でコロシアム内の空気がビシビシと振動し、実況の声を聞いた剣闘士達達の視線が真人に集まる。それを感じた真人は冷や汗を流し、誰一人殺さないか心配する。


「やっべ……おい、マリー!?」


真人が後ろを振り返った瞬間だった。バチバチと電気の音が辺りに響いた瞬間、真人は彼女と出会った際に繰り出された最初の魔法を思い出す。


「――妖精の雷撃ブリッツ・フィーズ!!!」


コロシアム内で強い光と共にピシャッ!!!と落雷のような音が壁に反響する。そして、光の中から現れた3人の剣闘士が、その身が焼けてはおらずとも痙攣してズシャリと倒れた。



「またまた波乱の展開だァァァァァァァァァ!!!何と屈強な我らの街の剣闘士3人がァ!?青髪のエルフ少女に膝を突かされるッッッ!!!様子を見る限り、彼らも気絶により脱落はやむなしッッッ!!!!戦闘不能だぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!この所業を行ったのはァァァァァ!?!?エルフ族のマリィィィィィィィ・ベンテルべェェェェェェェェッッッッッ!!!!」



沸き上がる大声援の中、真人は小剣を抜いたマリーに近づき心配する。もちろん、彼女の安否では無く、彼等の生命の保証だ。


「お、おい!誰も殺してないよな!?」


「大丈夫よ、威力は押さえてあるわ。私だって加減くらいは知ってるわよ」


真人の心配をよそにマリーは歯を見せながら笑う。その楽しそうな笑顔を見て、真人はさらに失敗しないか心配する。だが、そんなことを知らない剣闘士達は、10人ほどで徒党を組んで真人に向かってくる。彼等の何らかの罵詈雑言を聞きながら、真人は左手に皮手袋を嵌める。武器無力化は徒党を組まれては使えないからだ。


しかし、その時だった。ブワンッと真人は肌で何かが展開されたのを感じる。そして、何だったかを思い出す。


(これは……そうか!盗賊達に戦う時にマリーが使った!!)


「――妖精の酔い斬り回りフィー・ベツルケン・シュワ―ト!!」


後方でマリーが小剣を最大限利用する技を放つ透き通った声が聞こえる。それを聞いた真人はマリーの行っていたことを良く思い出す。


(マリーは……自分の魔力を拡大しているようだった。魔力ってものが僕には見えないけど……魔力というモノが僕達で言う第6感に似たようなものだとすれば…………こうか!?)


真人は自分の意識を身体の内側から外側へと海のさざ波をイメージして広げる様にイメージする。すると、真人は不思議な気分に落ちた。


(そうか……!これが……!!――見える、このコロシアムにいる人間の動きが隅々まで!!!)


真人はマリーの見よう見まねで目を閉じる。すると、さらにその効果は向上し、襲い来る剣闘士達の武器を次々と避けていく。真人は知らないが、これが魔術の一種である身体能力向上術『結界』である。


それの感想は、まるで第3者の目だった。自分がいる場所から、左右上下に展開した最果ての距離から自由に結界内全ての物体の動きを感知できる。真人は自分が展開した魔力が流れている部分に体を寄せて、剣闘士の攻撃を避け続ける。



「こ……こ、これは凄いッ!!フジツキマコトは避けているゥ!!!剣闘士13人がかりの攻撃を全てかわし続けているぅぅぅぅぅぅッッッ!!!これは、これは……余裕の現れかぁァァァァァ!!?このコロシアム自体を舐めてるのかフジツキマコトォォォォォォォォォォ!!!今宵は全くサービス精神旺盛だァァァァァァァァァ!!!!」



真人は自分のパフォーマンスがコロシアムを熱狂させているとも梅雨知らず避け続ける。しかし、それとは真人とは別にマリーは苦戦を強いられていた。


「グッ!?」


マリーは両手を十字にして相手の攻撃をガードし、転がりながら衝撃を緩和する。


「随分と目立っていますが……私が相手ならばエルフと言えど敵ではありません」


その相手は、控え室で真人がマリーから目を反らしていた時にブツブツと何かを呟いていた茶髪の少女だった。彼女の目も髪色と同じく茶色で、動きやすそうなシャツに短パンと軽装だ。幼い体つきだが腹筋は程良く割れ、実に6のナイフを操っている。彼女のふくらはぎ・腹・腕にはそれぞれ2本ずつに両刃のナイフが装備されていた。そして、彼女は現在、腕に装備していたナイフを使ってマリーの妖精の酔い斬り回りを止めてみせたのだ。


「貴方を殺れば、……ここで勝てずとも私の名声は高くなりそうです。――お覚悟を」


「……妖精の雷撃ブリッツ・フィーズ!!」


マリーは小剣を奮って茶髪の少女に雷を放つ。しかし、


「その技は先程見ました、ただの雷に何を気取った名を……」


その声はマリーの左横から聞こえた。瞬間、マリーは小剣の切っ先と体を左横に向き直す。すると、1メートル先前方には茶髪の少女が右手のナイフを突き刺しにきていた。


「くっ……!!」


マリーは小剣を使って彼女の右手のナイフを弾く。しかし、彼女は待ってましたと言わんばかりに左手のナイフでマリーの顔を狙う。


(捌き切れない……!!)


マリーは小剣での対処を諦め、腰を低くしてしゃがむことでナイフが突き刺さることを避ける。しかし、彼女は地面の土を掬う様にマリーが弾いたはずの右手のナイフでさらなる攻撃を仕掛ける。


「このっ……しつこいっ!!!」


マリーは避ける事も不可能と察知し、地面に両手をついて襲い来る茶髪女の腹にめがけて足を置く様に伸ばす。すると、見事にマリーの足は彼女の腹部にヒットする。


「……かはっ!?…………まだ!!」


茶髪女は自分からマリーが伸ばした足にぶつかるような構図になる。そして、さらにマリーが足を伸ばすことで彼女の体はくの字に曲がった。だが、彼女はぶつかった方向に無理矢理進み、両手のナイフをマリーの目に突き刺そうとする。それに気づいたマリーは近づいた彼女の腹部に合わせて足の関節を動かし、直上に来たところでもう一度ズガッ!と蹴り上げを叩き込んだ。


「……!!」


茶髪女は今度は声を上げない。彼女は空中でバランスを崩しながらも転がって着地し、ジャンプしながらマリーから距離を取る。


「ちっ!」


茶髪女は腹をさすりながら舌打ちする。彼女にとっては大したダメージでは無いが、一撃目のマリーの蹴りによって程好く胃が逆流しかけたのだ。2撃目は腹筋に力を入れたから特にダメージは無い。



「こちらの戦いも白熱しているゥゥゥゥゥ!!!!今日もこのコロシアムでお馴染みの6本ナイフのベルがダークホースの一人のマリー・ベンテルべを狙ったァァァァァぁああああああ!!!このむさ苦しい男共の中に咲く女同士の戦いと言う1輪の花が輝いているゥゥゥゥゥゥううううッ!!!」



マリーも立ち上がり、自分の体と小剣に支障が無いか確認する。そして、彼女の海のような青い目が茶髪の女、ベルを見る。


「あなた、ベルって言うのね。良い名前だわ」


唐突なマリーの褒め言葉にベルは舌打ちする。そして、ベルは地面に唾を吐いた。


「無名のエルフに褒められても嬉しくも何とも無いです。自分の弱さが分かって怖くなっちゃいましたか?」


ベルはおもむろにマリーを挑発する。しかし、マリーはベルの言葉に対し横に首を振った。


「いいえ、敬意よ。だから、」


マリーは剣を地面に突き刺す。そして、両手の指を交差して組み、祈り唱え始める。


「~私達に生を与える大地よイッヒェデ・アムアンスズレベン私はあなたを愛します。・イヒワーディッチリーベン・あなたが存在する限りソラングジ・ボーハンデズィド・私達も存在する。ズィンヂワシュ・イン・デ・この世界の事実の中でタッティーザー・ウェルト・それこそが根源であり真実である。エズィスト・ワズィスト・私達はあなたと共に生きディ・ワーゼル・デ・ワーハイト・ウィアズィント・エウレベン・生かすのだ。だからこそ、イヒュヌテュ・デシュハルブ・ジーツロイーネン・今はあなたに頼もう、モチェンズィ・ジ・ドレイフィー・私を守る3つの妖精を呼んで欲しいズル―フェンズィ・ミッシュズシュッツェン~」


「…………余裕そうにそんな長い詠唱を行うとは、全く舐められたものです!」


ベルは1直線に詠唱を行い続けるマリーにナイフを向ける。しかし、ガキィン!!と彼女の攻撃は何者かに防がれた。


「さて、舐めてるのはどちらか……これはただの必要代償リスクよ!」


「何ですか……それは?」


ベルがマリーの周りをヒュンヒュンと飛び回るソレについて聞く。ソレはブローチの様に花飾りのような恰好をしていながら、ベルのナイフを通さない硬さを持っていた。


「――優しい3人の妖精達ドライ・アインリシュゲン・デ・プフォートナー…………私達エルフ族のみが使う事を許された自然との信頼の結晶よ。あなたの傲慢な刃など私に通りはしない!!」


(かなり、……魔力を消費するけどね。……もう2割も残ってないかもしれないわ…………早く決着をつけなければ……)


マリーは汗をかきながらも自慢げにその技を披露し観客を沸かせる。いつの間にか観客ははち切れるほどに増えていた。世にも珍しいエルフの魔術が目当てだ。しかし、コロシアムにいる誰もが彼女の魔術に見とれる中、ベルだけは冷たく殺害することだけを考えていた。


「テキノフエタテハ3ボンデスネ、コウゲキハブツケルテイッダカラモンダイナイデス。ソレヨリモケンヲフセガレルホウガヤッカイデス。テカズデイエバワタシノホウガカンゼンニウワマッテイマス。ナラバ、2ホンハステテタタカウベキデスカ?イヤイヤ、テカラハナレタブキハジブンノモトニハニドトカエッテコナイトオモエ。マッタクムリデス。デハ、ドウスレバイイデショウカ?マダテキハ20ニンホドノコッテイル。アノチチャイロノロングコートノオトコガナンニンカハシマツシテクレルノダカラ、モシカシタラ2ホンヘッテモブジナノデハ?オーケーオーケー、デハソウシマショウ。」


ベルは結論が出たのか、腰を屈めてマリーの懐へと潜り込もうと画策する。しかし、マリーが従える3体の妖精がそれを防ぐために飛び交う。


「邪魔です……!!」


ベルはナイフで飛んでくる妖精の2つを捌く。しかし、


「ぐっ!」


マリーが操る妖精は3体。どうしても1体は捌けない。だから、ベルは避けなかった。


「なっ!?」


直後、マリーの両腕に何かが切り傷を負わせた。


(何が!?)


マリーがベルの両手を見ると、先ほどまで持っていた筈のナイフが二本とも無くなっていた。マリーがそれに気づいた時はもう遅く、ベルはしゃがみこんで両ふくらはぎに装備してあった2本のナイフを取り出す。それを見たマリーは、やっとベルがナイフを投げたことに気付いた。


「それでも、まだ間に合う!!」


マリーは妖精達を操作し、ベルの脇や足を狙う。足止め、あわよくば骨折を狙ってだ。しかし、ベルは日本のナイフだけで四方八方から襲い掛かる妖精達の突撃を捌く。


「あなたの攻撃は見切りました。どうもマリーさんは私を殺す意思が無いらしいですね。それが貴方の攻撃しようとする場所を私に教えてくれる」


もう慣れたかのようにベルは軽快に喋りながら妖精達を捌き切る。そして、マリーは魔力の消耗が著しいのか妖精達は速度を急速に落とし、終いには地面に落としてしまう。


「……終わりましたね、所詮は山に籠って過ごす種族。場数というモノが違うんですよ」


マリーは激しい息切れを起こしながらその場にへたり込む。観客席からはベルへの称賛とマリーへのブーイングが飛び交う。ベルは横目で、とっくにコロシアム内に10人に立っている剣闘士の数を適当に数えようとした時だ。ベルの眼前に鎧を着た大男が飛んできたのだ。そして、その直後にその方向に居る観客席がワッと沸き上がる。



「またまたまたやりやがったァァァァァあああああ!!!!これで30人目!!!この街で戦い成長し合ってきた剣闘士達が……またも怪しげな術で武器を破壊されて吹き飛ばされるゥゥぅゥ!!!俺は今!!俺達は今!!まさに歴史的スターの誕生を見ているのかもしれないィィィィィッッッ!!!」



ベルが見る方向には目を閉じた茶色のロングコートを着る藤月真人が立っていた。彼は左の皮手袋のみを外し、襲い来る剣闘士の武器を腐らせ、丁寧に剣闘士の水月に蹴りや右手の殴打を叩き込み続けているのだ。


「うわ……あんな化け物に挑まずにマリーさんを狙って良かったです。とりあえず、今回はあの人のお陰で都市にも上がれそうですし、まあラッキーです。」


ベルは左手で持っているナイフを落とすように手を離し、ストンとふくらはぎに取り付けられた鞘に入れる。そして、息切れが激しいマリーの顎に左手を持っていき、右手のナイフの刃をマリーの首に当てる。


「今日はマリーさんと闘って疲れました。だから、早く休みたいので……もう死んでくださいです。何かを言い残すことはありますか?」


ベルは微笑を浮かべながら、マリーに質問する。対して、マリーは悔しそうに顔を歪めている。


「悔しいのですか?たかが人間に負けてしまうというのは……そんなだからエルフ狩りをいまだに許しているんです」


ただこの時、ベルは完全に油断した。ほんの数コンマだ。マリーを嘲笑って目を閉じた瞬間、マリーは後転しながらベルの顎を蹴り上げた。


「あぐっ!?この期に及んで何を…………キャッアアアアアアアアァァァァァァァァッッッ!!??!?」


そして、ベルがマリーに視線を戻そうとした瞬間、ベルの身体に一瞬で強い衝撃が走った。それは電撃だであり、今日3度目の轟音が鳴り響く。彼女は下から巻き上がるような電撃に耐えきれずに甲高い叫び声を上げた。


「――妖精の雷撃ブリッツフィーズ!!、…………私が……はぁ…………使える……はぁ……最期の奥の手よっ!!!」


ズバァン!!と遅れて雷光が光る。そして、それは天空へと飛翔する竜の様に空高くまで登って一瞬で去っていった。そして、中から肌が焼け焦げビリビリと感電したベルが現れる。


どこから電撃がベルを襲ったのか?それはマリーが落とした妖精達だ。マリーが放つ技は魔法とは基盤が違う。魔法使いは自分達にある魔力に命令を与えて魔法を使う。だが、エルフ族は自分の魔力を魂的に存在しうる妖精達を通して魔術を使用する。要は、エルフ達は妖精に魔力がどう変化するかをお願いしているのだ。


エルフ族のみが使う事を許された自然との信頼の結晶。その真意は、物体的な妖精を通して、どの角度からもマリーが使える火や雷の攻撃を放つことを可能とする中継体という事だ。これにも欠点はあり、自分の小剣から魔術を発動する事が出来ない。しかし、ただ妖精を突撃させるだけでは終わらないこの魔術は、一般的な魔法使いすら圧倒する。もしマリーがもっと鍛錬を積めば、今のベルを圧倒しただろう。


「相手の意識を奪うまでは戦いは終わらない。これはどこの戦闘も同じよ。ちょっとばかり爪が甘いんじゃなかったかしら?」


そう言ってマリーは立ち上がり、立場逆転の状況を笑った。

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