第5話 マクマティア王国のカラクリ

「さて……迷った!」


「何でこんな事に……!!」


真人が腕を組んで現実を声高らかに言う。その横でプルプルと震えるマリーが真人の肩をポカポカと小突く。


真人達は小銭を稼いでいた。町中に貼られた仕事依頼の張り紙を見て、今日の宿代と食料を手に入れる為に適当に依頼を受諾したのだ。しかし、一件一件の単価が低く、さらには街の中で迷うと言う不幸っぷりだ。


「マリー、今いくら稼げてるんだっけ?」


「大体……3,000ジェニー……ね」


「あーっ、クソっ!!やってられるかこんな仕事!!!」


真人は建物の壁にガンッと拳を打ち付け、受けた仕事を全て放り出す。


「とにかくお腹が減ったわ……もう5時……何か食べて今日は野宿しましょう……」


マリーは至極現実的な事を言う。しかし、真人は頭をグルグルと回転させてこの状況の打開策を考える。二人は夕日が差し込み始めている街の中を歩き、安いパン屋で一人2つずつ味気無いパンを購入した。真人達は適当な公園の噴水台に腰かけ、無言でパンを食べる。そして、やっと口に食料が入ったからか真人はある事に気づく。


「……ちょっと待てよ。そういえば、ここは辺境地じゃないのか?」


マリーがモフモフとパンを口に入れて咀嚼しながらバックから地図を取り出す。そして、二人とも見える様に端と端を持ち合って地図を広げる。


「んー、はひかにほほはへんひょうひはひいわね」


「飲み込め!飲み込んでから喋れ!」


真人はマリーに注意しながら地図を見る。地図は実筆で書かれたのか、少しグチャグチャしているが大まかな場所の内容は分かる。海沿いの森の中心部にあるベンテルべ村からすぐ西にあるのが、今自分達がいるマクマティア王国だ。そして、さらに西には地図の3分の1を陣地取るバベルベットという妙に領地が広い国がある。


「良いかマリー。僕達は今このマクマティア王国の東の辺境の街にいる。だが、この町は妙に人が多すぎないか?」


マリーは一つ目のパンを飲み込む。そして、真人が指差しながら説明した内容を確認するが、


「どうゆうこと?」


理解はしてくれなかった。真人はため息をつく。


「よく考えろよ、普通はこんな辺境の田舎になんか誰も来ないんだよ。来るとしたら、何らかの得や利益の源泉が眠っている場合のみだ」


「あ、そっか。それに私達みたいなエルフ族が住んでるし人間は恐れても不思議じゃないわ」


「それは知らないけど……とにかく、ここには何か儲けのチャンスがあるってことだ。つまり、僕達がそれに上手く乗ることが出来れば……!!」


「お金の心配が無くなる!」


マリーの無表情だった顔が一瞬で満面の笑みに代わる。しかし、これでは只の捕らぬ狸の皮算用だ。


「よし、そうとなれば探しに行こう!」


真人が地図を畳んでバックに仕舞う。そして、噴水代の腰掛けから立とうとした時だった。



「あーあー、お兄さん達。ちょっと待ちなよ」



その声に真人とマリーは顔を上げる。すると、前には魔法使いのような姿をした青年が立っていた。黒いローブを着て手には彼の身長と同じくらいのダイヤが埋め込まれた杖を持っている。そして、魔法使いの象徴たる大きく尖がった黒い帽子を被っている。また、特徴的なのは彼の右半分の顔には十字を描く黒い刺青が彫られていた。


「あなた誰?」


マリーが質問する。すると、青年はニコニコと薄気味悪く笑う。


「なに俺はお兄さん達に良い話を持って来たんだよ。そこの茶色のロングコートのお兄さんがやっとここの街……そして、この国のカラクリに気付き始めたからね」


「それってつまり……僕達が入国してきてからずっとストーキングしてたってことじゃないのか?どこぞの魔法使い」


それを聞いた真人は眉をひそめる。また、マリーは腰に掛けた小剣に手をやる。


「おっとっと、そんな物騒なものは引っ込めてくれよ。それに俺にはリングって名前があるんだぜ?」


彼はそう言って、手に持っているダイヤが埋め込まれた杖をカツンと地面に叩く。真人は何をしたのか分からなかったが、マリーは異変に気付いた。


(あれ?剣が抜けない??)


「じゃあ……リングさん。その良い話ってのは何なんだ?」


真人がそう聞くとリングはニヤリと笑う。


「ここでの生き方についてだ。この街は辺境地にも拘わらず何故か世界中の人間があつまる場所の一つさ。それは何故か?答えはひとつ、力があれば名声が!名声があれば富が!富があれば権力が!…………そう、この王国は世界中の猛者が集まるマクマティア王国!!ここで上手く立ち回るなら毎日開催されるコロシアムに参加すれば良い!!!」


真人はリングの言葉を聞いてこの国の全貌を理解する。


「……?」


「なるほどな……」


「え?どうゆうことなの?」


マリーは真人に解説を求める。真人は両手の皮手袋のボタンを外しながらそれに答える。


「ここは多分、王族以外の階級がそれぞれの強さで決められるって事だ。力を見せれば名声が富を呼ぶ。コロシアムとやらに勝って勝って勝ちまくれば、この国での階級がドンドン上がっていくってことだ。そんなシステムは世界中の屈強な人間からしたら、ヨダレが出るほど素晴らしいんだ。だから、この王国中は辺境だろうが都市だろうが、どこでも人が多くいるんだよ」


「な、なるほど……」


「そうゆうことそうゆうこと!一回話してくれただけで理解してくれて助かるわ」


リングはケラケラと笑った。そして、真人も口角を上げてニヤリとする。


「そして、もう一つ分かったことがある」


「何だ?旅人さんよ」


真人が右の皮手袋を外す。そして、右手の人差し指をリングに突き立てた。


「お前がそのコロシアムの中でも最弱か最強の2択ってことだ。違うか?」


リングは一瞬虚を突かれたように驚く。しかし、すぐに笑顔に戻り杖を持ち替える。


「へへへ、何でわかっちゃたのかな。せーかいせーかい、俺は後者の方さ。まあ、いいや。とりあえず、ここから西の方に走れよ。そうすれば、今日のうちに試合が出来るぜ。じゃあな」


そう言って、リングは杖で2回地面を突く。すると、彼はヒュッと急な突風と共に姿を消した。


「消えた……」


「西か」


真人は荷物を背負い直し、リングに言われた通り西へ向かう。それを見たマリーも慌てつつ真人の背中を追う。


「ねぇ、あのリングって人……私達の事をつけてたのかしら?」


「……さあ、な。多分、偵察だと思うよ」


(多分、2回目の時だ。俺が盗賊を倒した時に……じゃあ、あの1本道も?)


「偵察?」


「ああ、多分な。それよりも早くコロシアムに急ごう」


そして、二人は小走りでコロシアムが出来そうな建物を探す。





「良かったんですかぁ?」


裏道を歩くリングの後ろから3点の穴を空けた仮面を被った男が低く野太い声で質問する。彼もまた黒いローブを着て、ルビーのダイヤを埋め込んだ杖を持っていた。


「良いんだよ、あれで」


リングは帽子を取ってそれを投げる様に後ろの3点仮面の男に渡す。


「あいつ、平静を装っているがかなりの魔力を保持していた。スポンサーになるなら今が好機だったんだが……」


そう、この王国は確かに実力者がそれ相応の地位に着けるようなシステムになっている。だが、実力者の多くは剣や鞭、魔法道具が必要な人間が多いのだ。その為、地位に就いても連日連夜と戦闘が続けば武器の替えを必要とする事が多くなる。そこに商人は目を着けるのだ。


そう、商人が実力者のスポンサーとなり、武器の宣伝・登録料などで儲ける様になったのだ。そして、リングの後ろにいる人物がスポンサーとなっている人間の一人なのである。だが、スポンサーと言えど高い地位に就いている人間には逆らう事が出来ない場合がある。それもまたこの二人のようにだ。


「それじゃあ俺が闘えねえだろ。あいつはかなり強そうだし頭もキレそうだ。俺はスッゲー暇してるんだ、分かるだろ?」


「そうですねぇ、世界に3人しかいない変革者ともなれば暇にもなるかもしれんなぁ」


「そうそうそうさ、折角こんな辺境の地まで旅してるって甲斐もあるもんだ」


彼の様に1国の軍事力を持ち合わせ、この商売の界隈では引っ張りダコのような人間にはスポンサーも逆らう事は出来ないのだ。金銭・実力のどちらにおいても表向きでは敵うことなど不可能なのだから。






真人達は1時間ほど時間をかけて、とうとうコロシアムに到着した。


「高校の体育館ほどか?そこまで大きく無いんだな」


「コ―コー?」


「あ、いや何でもない」


真人達は受付を済ませて、案内人の指示に従い控室に入る。すると、そこには屈強そうな男達がムワムワと部屋の空気を熱くさせながらそれぞれのウォーミングアップをしていた。その中には、ブツブツと何かを呟いている茶髪の少女もいる。真人達を合わせて総勢50名らしい。


受付では、このコロシアムは度々戦闘ルールが変わると言われていた。その為、今回はどういう方式でのコロシアムになるかが分からない。これがこの町の首都へのコロシアムに送る剣闘士育成の方針らしい。


「……そういえばマリー。お前はこの世界の平均では強いのか?それとも、弱いのか?」


真人はレンガ上の壁に腰かけながら質問する。マリーも同じように腰かけるが、彼女の顔はあまり明るくは無かった。


「ううん、分からない。私は一応『魔術』の基礎と応用を習得しているけど……この前の盗賊の事があるから……」


「ああ、そうか。確かに、雑魚は倒せてもボスみたいな奴には叶わなかったしな」


「……ん」


真人の正直な言葉がマリーの胸に突き刺さる。悪い意味で。


「まあ、この中にあんな感じの奴がいたら僕が相手をすれば良いだけだ。だから、安心しろよ」


「…………ん!」


真人の正直な言葉がマリーの胸に良い意味で突き刺さり、マリーが顔をあげる。しかし、真人はマリーとは逆方向を見ていた。マリーは真人の顔を覗こうとするが真人は頑なに拒否する。マリーは頬を膨らませて真人が見ている方向を見ると、そこには茶髪の少女が座っていた。


「……ちょっと!良い事言ってくれたのに、何で私を見ないのよ!!」


「い、痛い痛い!」


マリーが真人の耳を引っ張り、強制的に真人を振り向かせようとする。しかし、真人も頑なに拒否し、彼の耳がジンジンと赤みを増す。そうこうしている間に、コロシアム内から新たな案内人が出てきて全員に召集をかける。


「ほら、行こう行こう!」


真人は立ち上がり、マリーの指を首を振って払いのける。マリーも諦めたのか、真人から手は離した。しかし、今度はマリーが誠から顔を反らし始める。


「たくっ、何なんだ……」


真人は恨みがましく毒づくが、マリーは真人と目を合わせようともしない。真人はため息をつきながら、案内人の指示に従ってコロシアム会場へと向かう。すると、だんだんと大きい歓声が聞こえてくる。



「さぁーーーーーーー!!!出てまいりました今宵の街の戦士達だぁーーーーーーーー!!!!今日はちょっと多い50名ほどでございます!!!さてさて、皆様のお愉しみ!!!今宵のコロシアムの戦闘方式のはっっぴょうだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



実況らしい大男の声がコロシアム中に響き渡り、周りの客達は大盛り上がりだ。真人は、あの実況の喉はかなり凄いのではないかと疑う。実況とその取り巻きは腕をパタパタとし始める。すると、それは黙れの合図だったのか客達は段々と落ち着いて静かにし始める。



「今宵のコロシアム!!!今回は観客の皆様のランキング第1位ィィィィィィィィイ!!!!その名もォォォォォォォォォォォ乱闘デスマッチ!!「バトルロワイヤル」だァァァァァァ!!!!」



実況の一声で観客は大いに盛り上がる。だが、真人とマリーはあまり気乗りはしていなかった。



「ルールは単純っ!!このコロシアムで最後まで立っていた5人が勝利だァ!!!素手・剣・魔法……どんな戦いも人それぞれッ!!!そしてぇぇぇぇぇぇ!!??勝利者には都市コロッセオへの出場権を与えようぅぅぅっっっ!!!それでは…………」



他の剣闘士達はそれぞれ盛り上がっているが、結局は殺し合いだ。金銭目当てで参加している以上、二人も他の剣闘士達も同格の存在だ。その事実が二人にとっては果てしなく嫌だった。


「マリー、約束しろ」


「…………」


「――俺達はこの戦いで誰も殺さない!」


「うん!」


実況がゴングを叩こうとする。それに合わせて、剣闘士達はそれぞれが自分の好きな場所を陣取る。対して、真人とマリーは動かなかった。



「始まりだァァァァァァァァァァ!!!!!!」



3秒後、コロシアム中にゴンッ!!!と、ゴングの鐘が鳴り響いた。それをコロシアム直上の天空から覗く青年がいた。彼の目はコロシアムの中でもただ一人、ロングコートを着た少年の姿しか写っていない。


「さてさて、どんな戦いをするのか…見せてもらいたいもんだ。へへへ」

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