第4話 マクマティア王国

「ん……」


マリーが目を覚ます。彼女が見開いた際に目に写ったのは木造りの天井だった。しばらく彼女はボーとしているが、すぐにハッとしてガバリっと起き上がる。壁に掛かった時計は午前を指しており、一晩眠っていたことを知る。


「……治ってる……そんなに酷い怪我じゃなかったのかしら」


マリーは診療所の一室を見渡して誰もいないことを確認する。彼女は布団から体を出して、窓から外を見る。すると、村の中央部には落下した巨大枝は片づけられており、エルフ達が弔いの儀式をしていた。目をパチパチとさせた彼女は建物から出て、村の中央部へと向かう。


(……パパ、…………ママ)


二人の死は事実なのだと盗賊達を恨むことで既に受け止めることは出来ていた。しかし、マリーの青い目からは涙がホロホロと溢れては頬を伝って流れていく。ある程度大地までの高さを縮めると、彼女はドヒュッと飛んで村の中央部に降り立つ。同情の目が集まる中、彼女も両手の指をそれぞれ交差して組み、祈る。パチパチと火がエルフの死体を焼く中で、彼女はふと思い出した。


「ね、ねぇ皆!あの……黒色の髪をした男はどこいったの?」


彼女の質問に彼等は答えなかった。それを見たマリーは真人が去ったことを理解し、慌てたように顔をクシャリと歪める。そして、自然と彼女の足は動き自分の住処へと走る。それを止めるエルフは誰もいなかった。


(私と……)


マリーは走る。


(……私と……行くって言ったじゃない。責任取りなさいよ…………!!)


マリーは、大木を駆けあがり自分の住処へと入る。そして、父が使っていた遠征用のバッグに服や武器などの日用品を詰め込んでいく。そして、無理やりバッグの紐を縛り自分の家から出ようとする。


「いってきます……パパ、ママ」


彼女はそう言って、ドアを開き出ていく。そして、彼女の足は数歩歩いた後に止まり、一度振り返る。そこには自分が16年間過ごした家族との時間が宿っていた。


「…………」


幾つもの楽しかった過去の時間を思い出す。しかし、似たような時間はあの二人とは過ごせないという事実が彼女の後悔として自分自身に牙を剥くだけだった。マリーは自分の頬に伝おうとしている涙を拭う。そして、数回瞬きしてから自分の頬をパチンッと叩く。良く彼女の母が勇気を出すときに行っていた仕草だ。


「うう、痛い………行きましょう」


マリーは痛みに悶えながらも自分に言い聞かせるように呟く。そして、森の木々を伝いながら走り始めるる。と、同時にマリーは修練の成果を発揮する。


(身体強化術応用、結界!)


マリーは盗賊との戦闘時にも使用した自分の魔力範囲を半径20メートルに拡大する。そして、目を閉じて魔力の隙間を通りながら五体満足の形を探す。


(もう行っちゃったのかしら……いや、この森は普通の人間は通れない筈だわ。どこかで必ずさまよってる筈………………でも、真人って普通じゃなかったのよね……あれ?でも、昨日の盗賊達は人間よね……?)


マリーは適当な木に飛び移って右手を自分の顎に持っていき思考する。そして、一度森全体を見渡した方が速いと結論付ける。


「ここからなら……余裕ね。まだ間に合うかも……!」


マリーは再度木と木を伝って移動していく。その間にもう一つ異変に気付いた。虫達がいないのだ。いつもならそこら中に飛び交っているのに、全くと言って良いほど見当たらない。


マリーは適当な山の山頂まで登っていく。すると、森は異常な状態になっていた。


「なに……これ……」


自分が住んでいるベンテルべ村から森のサイハテまで1直線を描く様に木々が吹き飛ばされて更地になっているのだ。明らかに昨日の盗賊が出来る芸当ではない。この世界の指折りの力を持つ人間が、彼等に力を貸したとは考えたくない。だが、こんなにも自分達を狙っていると宣言するかのように一直線に描かれるとあまりにも嫌な考えが頭をよぎる。


だが、幸か不幸かその道を歩く黒髪の人間を発見する。


(真人だ!!)


マリーは発見すると同時に山から飛び降りる様に降り、足に魔力を集中させて先程の2倍の速度で木々を伝っていく。そして、1本道に歩く真人を見つける。


「真人!!!」


マリーはザシュンッと森を抜ける。そして、真人の眼前に降り立つ予定だったのだが、勢いを誤ってしまう。


「え?」


真人はマリーの声に気づいたのか彼女の飛んでくる真人から見て左方向に振り向く。


「わわわっ!!止めて止めてぇ!!」


「この馬鹿っ……!」


真人は反射的にマリーの方向に対して横向きになり、左肩から左片腕で彼女を受け止める。そして、もう一方の右腕で挟み込むようにして右手で彼女の肩を持って減速させる。ズザザザッと真人が両足で2本線を描き、マリーをしっかりと受け止める。


「マリー?お前……ついてこないんじゃなかったのか?」


真人は困惑しながらマリーに質問する。しかし、マリーの脳はそれどころでは無かった。


(お、男にだ……だき……抱きしめられ……た)


マリーの耳は赤く充血し、彼女の体はフルフルと震えている。それを心配した真人はマリーを剥がし、彼女の顔を見る。そこには青い髪と青い目を持つエルフの女の子が顔を赤くしてフラフラしていた。


(うーん、アンバランスだ……っていやいや)


真人はマリーを眺めながら、一言感想を思う。


「はっ、いやいや今のは違うの!今のは偶然の一致ていうか……!!」


「だーっ、もう!そんな事は分かってるよ。僕が言ってるのはお前はあの時、確かに拒否したじゃないかって話だ」


必死に何かを弁解しようとするマリーを面倒くさがった真人は話を無理やり本題に戻す。彼の経験上、こういうのは女に語らせ続けると何故か男に非があると思い込むと知っていた。


「あ……そ、そうよね!その話からよ!何で私を置いていったのかしら!?」


興奮が治まらないマリーはテンパりながらも真人に質問を投げる。そして、それに対して真人はキョトンとする。


「え……だってあの時、お前は僕の腕を1回しか握らなかったじゃないか」


真人がそう言うとマリーの目が極端に泳ぎ始める。


「えっと、それは意識が急に無くなっちゃったから……」


マリーが前で両手を重ねてモゾモゾする仕草を取り始める。真人はこれ以上論争しても無駄と判断した。


「まあ、いいよ。ついてくるならついてくるで良いから何か良い道具持ってないか?」


真人がそう言うと、マリーは急に不機嫌そうな顔をし始める。


「何だよ」


「別に?なんでも無いですけど?」


真人はマリーのその返しにイラッとくる。そして、彼女を無視してまた歩み始める。


「あ、ちょっと待ちなさいよ!……なに怒ってるのよ?」


真人は進むスピードを速くしながら進むとマリーも小走りでついてくる。


「怒ってない」


「ウソ」


即座に返してくるマリーをイライラしつつも無視する。そして、ベンテルべ村の長老から貰ったこの辺りの地図を見ながら歩く。と言っても地図を見る必要なんて全く無いのだが。


「ねぇ、無視しないでよ!」


真人は足を止めて重い溜息をつく。そして、振り返ってマリーを見る。すると、彼女は目をそらす。真人はもう訳が分からなかった。


「あのさぁ、何でついてくるの?」


「……あなたが誘ってくれたからに決まってるじゃない」


「それをマリーは断ったんだが?」


「だから!あれは意識を落として!握れなかったの!!」


話し合いをしてみても、結局この話に戻る。正直、マリーを諦めていた真人は先程興味を無くそうと誓ったばかりだ。にも拘わらず、後からついてくると喚かれれば決心も揺らぐ。つまり、かなり面倒な状況だ。


「あーもういいや。マリーは何が出来るんだ?」


真人がそう言うと、マリーは嬉しそうな笑顔を光らせる。そして、彼女は自分の口もとに人差し指を当てて考える仕草をする。


「うーん、料理は人並みにできるわね。後は家事全般と魔法術の基礎とか……」


「魔法術?」


真人はマリーの口から出てきた言葉に疑問を抱く。


「ええ、魔力を使った人体の能力向上術って言うのかしら……あなたも使ってたでしょ?」


真人はこめかみに指を当てて思い出す。しかし、彼自身にはハッキリとした記憶が無かった。


「ごめん、分からない。僕はそんなのを使ってたのか?」


マリーはポカンとした顔をする。そして、彼女は右手を自分の顎に持っていき、少し考え事をする。


「……ねぇ、貴方は変革者ヤダユなのよね?」


「らしいな」


「うーん、何て説明すれば良いのかしら……貴方はこの世界の誰かに『魔術』を習った事は無いの?」


「無い、全く無い」


真人はベンテルべ村から拝借した懐中時計を開く。すると、短針は11を指そうとしていた。


「うわっ、まずいな。昼頃には次の街に着く予定だったのに……」


真人がそう言うとマリーも察したらしくお喋りを止める。


「悪いけど話は後だ。急ぐぞ」


真人はそう言って地面を強く蹴って走り始める。そして、真人の背を追う様にマリーも足に魔力を乗せて走り始める。


「は、はや……!」


マリーは自分の魔力の9割を足に集中させて何とか真人の背を追い駆ける。しかし、それでも徐々に距離を離されて行く。そして、10分も立たずにベンテルべ村から10キロ以上は離れた街に真人達は到着する。


「ここが次の街か……」


真人は門の中を見渡す。そこには色んな服装をした民達がゾロゾロと歩き、商人らしい人間もちらほらいる。門の前には鉄製の鎧を着た兵士が2人立っている。そのうちの一人が真人と息切れの激しいマリーに近寄る。


「もし、入国ですか?」


「ああ、滞在期間は未定……かな」


真人がお金の心配をしながら兵士と話す。だが、それは杞憂だったようだ。


「いえいえ、この国は旅人・商人・盗賊などなどどんな人間も受け入れます。ここに名前を書いたらどうぞ入国して下さい」


真人は無言で差し出された紙に一応ローマ字で名前を書く。そして、一つ下の欄にマリーと記載した。兵士は紙に書かれた名前を見て少し眉をひそめた。しかし、問題は無かったらしく左手で門を指差し入国するように指示する。


「マリー、大丈夫か」


お腹を押さえながらうずくまっているマリーはヨロヨロと立つ。


「だ、大丈夫よ……ただちょっとお腹が減っただけだから……」


マリーは腰を曲げながらもゆっくりと真人の背を追う。


「……まあ、いいか」


「マコトさんとマリーさん、二人の旅人を我らマクマティア王国は歓迎します」


もう一人の兵士が二人に歓迎の意を示す。それを聞きながら真人達は入国した。


「ここがマクマティア王国か……」


「ん?……知ってるの?」


真人が呟き、息を整えたマリーは不思議そうに質問する。それに応じて、真人はバックから一冊の本を取り出す。


「約束通りベンテルべ村の村長から本を貰ったんだよ。その中に載ってた。」


なるほど、とマリーは相槌を打つ。


「さて、まずは地図と食料、宿にお金だ。どうにかしてこの4点は集めないとな」


どうしても旅をするなら必要なものだ。特にお金は何としてでも集めなければならない。でなければ、あと1週間ほどで彼等は餓死してしまうだろうからだ。


「あ、私地図なら持ってるわよ?」


「オーケー、まずは食住だ。出来る限り人が多い都市部に行こう。先んずは金だ金!」


真人は出来る限り人が多い場所に進む。マリーははぐれぬ様に真人のロングコートの裾を掴んで後を追う。そして、都市部に入ったのかガヤガヤと騒がしくなり二人は口を閉じる。無言の時間が二人を包む時間は、真人が足を止めて終わる。


「むぐっ!ちょ、どうしたのよ?」


マリーは勢い余って真人の背中にぶつかり、自分の顔をうずめる。そして、すぐに離れて足を止めた真人に聞く。その彼の目はある一点の、大きな馬車を見ていた。


「あ……うん……」


マリーは目を反らして誤魔化そうとする。真人が見ているのは、馬車の荷車に入れられている首輪を着けられた子供たちだった。耳が尖がっている訳でもないので、どうやら普通の人間らしい。そして、彼等の目は全員が全員沈んでいた。


「あれ……奴隷だよな」


「……………………うん…………」


真人の呟きにマリーは小さく答える。真人は周りを見渡す。しかし、誰一人としてその馬車を咎めようとする者はいなかった。家族で笑い合う者、商人達、警備らしき兵隊、その他の民達……誰もがそこに奴隷が存在しようとも見て見ぬ振りだった。そして、マリーも真人の腕を掴んで動かない様に言外で言っている。しかし、マリーは気づいていた。真人の魔力が盗賊を相手した時よりも怒りに満ち溢れていることに。


「手を離せ、マリー。別にここで乱闘なんかしない」


「ごめんなさい……私達を救ってくれたのに、こんな矛盾したことをしてしまって……けど!……けど、逆らっちゃダメなの。奴隷を開放するってことは、それを生業としてる人間達全員を敵に回すってことだから……」


マリーはスッと手を離す。そして、真人の次の言葉を待つ。


「マリー、予定を変更しよう」


「……?」


真人はマリーの方に振り返る。そして、マリーは真人の目を見てドキリとする。彼の目は精悍かつ全てを見通すような目をしていた。


「これから、この国の王宮に向かおう」


「へ?な、……何で?って、ひゃっ!?」


真人はガシッと、マリーの細い肩を掴む。


(顔!!顔が近い!!近いぃ!!!)


「お前も見たろ!奴隷を助けるんだよ、この国の王に直談判するんだ!」


「で、でも……そんなこと聞き入れてくれる筈が……」


「やるんだよっ!!!」


真人は必死にマリーを説得する。しかk、マリーは顔を近づけられて赤くなり完全に脳がフリーズしていた。


そんな二人を遠くから青年が見ていた。彼は真人と同じ黒髪でありながら、その姿には黒と赤のデザインがなされたローブと尖がった帽子を付け、また彼の手にはダイヤが埋め込まれた大きな杖があった。そして、何より彼の左半分の顔には黒い十字の刺青が彫ってある。


「へへへ、あれかな?海岸沿いで感知された異常な量の魔力の持ち主ってのは…………」

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