第3話 変革者、藤月真人の笑顔

藤月真人は木の上から見下ろしていた。そして、血だらけになって倒れるエルフの村人達を踏み潰しながら盗賊の長は真人を見上げる。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉいいいいぃぃぃぃぃぃぃッッッッッ!!!!!降りてこいやクソガキィィィィィィ!!!!!!」


盗賊の一人が大声で叫ぶ。その最中にも、盗賊はエルフを攻撃し続け、一部の屈強そうなエルフは武器を持って対抗し始めている。


「あ、ああ……あああああっ!!!パパ!ママ!!」


真人の横でマリーがガタガタと震えながら嗚咽を漏らす。真人はそれをチラリと見る。すると、そこには信じたく無いと言わんばかりに涙を流すマリーの姿があった。どうやら盗賊が殺したエルフの村人の中にマリーの両親がいたらしい。両親が死んだくらいで何を、と真人は一瞬思うがすぐにその方が正常だと考え直す。真人が両手の皮手袋を外そうとした瞬間に、マリーの表情がガラリと怒りに変わる。


「――パパとママを……よくもッ!!!」


「お、おい。落ち着け!」


真人が静止するよう呼びかけるも彼女は少年が持っていた小さいナイフを奪い取り、木の上から飛ぶ。そして、マリーが何かの呪文を唱えると彼女の周りにタンポポの泡のような淡い光が集まる。そして、それはナイフに吸収されて強い光を放つ。


「――妖精の雷撃ブリッツ・フィーズ!!!」


マリーは真人に出会った時に放った魔法を使用する。しかし、威力はその時とは比べものにはならないほど大きい。それは空気に大きな振動が伝わって低い竜のようなうねり声をあげながら、盗賊の一団の体を焼く。そして、巨大枝に彼女は着地した。


(こんなの……こんなの、酷すぎる。私の……家族を、パパを…ママを!!)


「止めろマリー!逃げるんだ!」


盗賊と闘う屈強そうなエルフの一人がマリーに向かって叫ぶ。しかし、涙をながし青い目の周りを赤くした彼女にその言葉は通じなかった。


「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないッ!!!!」


マリーは何度も何度も足場に倒れる村人達の死体を見ながら肩を震わせて呟く。そんな彼女の背後に近づく盗賊が二人徐々に迫っていた。彼等は忍び足で彼女に近づき、軽く錆びた剣の刃を彼女の背に振り下ろす。


「ギハハハハ!!後ろががら空きだぜ!!」


「死なない程度にしてやるから安心しろよぉ!!」


その刃が彼女の背中に触れる時、マリーが自分の魔力を半径10メートル程に広げた。それを真人は肌で感じながら理解する。そして、マリーの背中を取ろうとした盗賊2人はマリーの3秒ほどの動作で首の頸動脈部分まで切断される。マリーが魔法を纏わせてナイフで切断したのだ。本来の彼女の持ち物なら、刀身の長さから首両断も出来ただろう。


「がっ……」


「ゲ……?」


「――妖精の酔い斬り回りフィー・ベツルケン・シュワ―ト


二人はドシャリと倒れる。彼女は目を閉じて、そのままの体勢から広げた魔力の隙間に体を滑り込ませながら縦横無尽に盗賊達の首・脇・横腹・太ももに深い切り傷を与えていく。それを見ている真人は知らないが、人間のナイフによる攻撃の弱点はこの4点なのだ。


「やるなぁ、エルフのクソガキは。こいつは飼い鳴らすのに苦労しそうだ。――ああ、調子乗り過ぎなんだよぉエルフの分際でェッ!!!」


「なっ!」


(そんな……私の魔法斬撃の速度を超える人間なんて!!!)


マリーは予想外の事態に一瞬声を漏らす。そして、次の瞬間に彼女の腹部に盗賊の長の拳が突き刺さった。ミシミシとマリーの腹から嫌な音が発生し、次の瞬間に彼女は盗賊の長の拳が向かう方向に吹き飛ばされる。それを見た真人は再度両手に皮手袋を嵌め、木の上から足に無意識的に魔力を込めて飛ぶ。


「あうッ!!!」


真人は吹き飛ぶマリーをギリギリでキャッチする。しかし、マリーの口からは血が出ており完全に戦える状態では無かった。


「くそ……くそ……何で、何で突然……」


マリーは嗚咽を漏らしながら泣きじゃくる。


「もういい。何も言うなよ、とりあえずお前をどこかに置くから」


「でもっ!!私のガゾグがッ!!」


真人はマリーの喉が地によっておかしくなっている事を察知する。そして、真人は彼女の叫びたがる口を押さえて適当な場所に飛ぶ。そして、彼女を横にしてマリーの手を自分に握らせる。マリーの手は数分まで盗賊を倒していたとは思えないほど華奢な手だった。


「良いかマリー、よく聞け。今から僕はお前に3つ質問する。YESなら俺の手を2回強く握れ。NOなら1回だ、良いな」


マリーは自分の状態を察したのか、呼吸を静かにして2回握る。真人は頷きながら、次の質問に移る。


「まず、僕は図書館が無事な事が分かった。あそこから僕が好きな本を3冊貰いたい」


マリーが目をパチパチさせながら考え、すぐに2回握る。真人は暴れる盗賊を見ながら2つ目の質問に移る。


「マリー、あの盗賊達はエルフの奴隷狩りが目的か?」


この質問にはマリーは即答で2回握った。やっぱりな、と真人は頷く。そして、3つ目の質問に移る。


「良し、最後だ。マリー、ぉ……お前はこれからの僕の……旅に同行しろ。YESならあの盗賊を全員潰してやる!」


真人は恥ずかしがりマリーから顔を背ける。10秒ほど過ぎてマリーは弱い力で1回握った。真人は表情・姿そのものには感情を出さずとも、少々の後悔に襲われた。自分の欲張りを恥じ、自分の強さに己惚れたことを後悔する。


「分かった……じゃあ、僕はこれからあいつらを何となく倒す事にする。それでい……!?」


真人はマリーの方へと振り返る。すると、彼女は瞼を閉じていた。とっさに真人は呼吸を指で確認し、生きている事を確認する。おそらくだが、防衛本能で意識が落ちたらしい。真人は一瞬固まったが、小さく舌打ちして振り返る。


「よし、……行くか!」


真人は自殺した時と同じように、重力に体重を任せてその場から落下する。真人の両耳から真人の体と空気の流れによって発生する高い音が聞こえる。そして、鎧を着た盗賊の長から2メートル離れた眼前に落下する。


「んんんぅ?何だ?……さっき粉塵を吹き飛ばしたガキじゃねえか……!?」


(生身では耐えれない……足から落ちるか)


真人は巨大枝寸前で体勢を変えて足から着地する。そして、左手の皮手袋を外しながら盗賊の長に質問する。


「おい、一つ確認するが……お前がこの集団のリーダーか?」


真人より一回りも二回りも大きい肉体と金色の鎧を着た獣のような大男はニタニタと笑う。


「そうだが?お前は何だ、見た目からここの村人じゃねえな。人間か?」


「そうだな、多分人間だ」


真人は左手袋をロングコートに仕舞い、次に右手袋を外す。


「はっはっはっはははは、人間なら分かるだろ?エルフは奴隷として高く売れる!だから、俺達は狩りをしている。なんだ、お前は理想論者ばかりの旅人か?」


「さあな、僕は旅人なのかどうか……ただ僕は変革者という人間らしいぞ」


真人がそう言った時、盗賊の長は虚を突かれたかのようにアホ面を浮かべた後に大爆笑した。


「はっはっはっははははは!!!!!飛んだ旅人が居たもんだぜ!お前が変革者だと?馬鹿な事を言うな、!!!フラン、バベルベットの二つの大国では奴らが王として君臨していると聞く!!そんな化け物達の3人目がお前だってんのか!?ああっ!?」


彼の言葉を聞き、周りの盗賊達も大笑いする。それとは逆に、戦う一部のエルフ達は微かな希望を抱くかのように羨望の目を真人に向ける。そして、真人は冷たい目をして盗賊の長を見ていた。


「おらぁ!!お前が変革者だってんなら俺に攻撃の一つでも当ててみろやぁ!!!」


そう言って、真人の腹部にも彼の太く速い拳が叩き込まれる。そして、案の定にも真人の体は吹き飛んで大木に打ち付けられる。それを見た盗賊達は大爆笑し、エルフ達は期待外れを感じる。中には舌打ちし、中には真人をゴミの様に見るモノもいた。


「はっはっはっはははは!!!!どーだ、俺様の一撃はぁ……、俺様の筋肉と反射神経を圧倒的に増大させるこの魔法武具はぁ!!!これを手に入れた日から俺様は負けたことが無いぜ!!!ははははは!!!!」


真人は大木から落下しながら、この場にいるエルフや盗賊の言葉を聞く。真人を罵る者、または無かった事にする者、真人をあざ笑う者、または冷笑する者と様々だ。それを既視感に覚えながら、真人は口角を引き裂けるほどに上げる。


「アハハハハハハハ!!!ハハハハハハ!!!そうか、そうかそうか!なるほどな!!やっと分かった、分かったぞ!!!ハハハハハハ!!」


「何だァ?頭おかしくなりやがったぜコイツ!!」


真人はスッと立ち上がる。それを見た盗賊の長はやっと現状を理解したのか、嘲笑を止めて眉をひそめる。対して、真人はこの世界に移動前にも見せたことが無い最高級の笑顔を浮かべていた。


「ああ、そうだ。そうだよ!僕がここに来てからなーにか物足りないと!……あ面白くないと思っていた理由がやっと分かった!!それはだったんだ!!僕を罵倒する者、僕を冷笑する者、僕に勝手に期待しては失望する者、そして、僕を弱者として扱う者!!!この世界は、……それが実現される世界だ。まさに、今の状況は前の世界と同じじゃないか、ハハハハハハ!!!」


真人がそう頬を紅潮させながら叫ぶ姿にその場の皆が圧倒されていた。意味分からず嘲笑する者がほとんどだったが、それすら真人の予想通りだった。何故なら、間違った社会の中ではどれだけ正論を振りかざしても皆は理解できない、理解することを拒むからだ。だが、この世界は自分を理解できない愚図どもに目に見える実力を見せて理解をさせてやることができる。


真人は体の底から力が沸き上がるのを感じた。まるで、いつまでたっても終わらない美酒が沸き上がるかのようにゾクゾクと止まらない。


「何を喚いてんだこのペテン師がぁ!!」


盗賊の長が叫んだ瞬間、その場に居合わせたエルフ達は全員が戦慄した。全員が体を震わせ、死の匂いを嗅ぎ取ったのだ。


「そんなに聞きたくないなら?」


盗賊の長が直感で後方に移動しようとした時、それは既に遅かった。真人の右手がの人差し指が彼の左耳に触れる。すると、彼の左耳がジュクジュクと膿が溢れ出しながら徐々に腐っていく。その急な激痛に驚いた彼は尻もちをついて転げ回る。


「ぐぅおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああ!!!」


「なるほどな、触った時間によって侵食速度は比例するのか。人間も同様に腐るのか。じゃあ、腐らない物質の場合はどうなるのか……」


真人は笑いながら痛みに叫ぶ盗賊の長に近づき、彼の着ている金色の鎧に触れて手を滑らせる。すると、触れた場所から高速で侵食は広がり、金は砂金に変化していく。


「ハハハ、金の山が出来上がったな」


真人は金色の鎧がただの砂になったのを見て感想を述べる。すると、その山は崩れて中から毛むくじゃらの男が現れて叫ぶ。


「殺せぇ!!この訳分からねぇガキを誰か殺しやがれェ!!!」


そう言った瞬間、真人の周りから盗賊達がワラワラと集まって囲む。そして、彼等は一斉に飛びかかった瞬間だった。カッと天空が光ったと思ったら、ドスドスドスッ!と彼等に赤い火矢が突き刺さった。真人が上を見上げると、マリーが膝を突きながらもナイフをこちらにむけて放っていた。マリーはバタリと倒れる。意識がまた落ちたかそれとも死んだのか分からないが、また魔力が尽きたらしい。


「マリー……」


真人は彼女の名前を呟く。その隙を狙って、盗賊の長はナイフを突き刺そうと画策する。


(死ねっ、隙を見せたのが運の尽きだ!!!)


そして、その刃は真人のロングコートに確かに突き刺さった。そして、突き刺さった筈のナイフはヒビが入り、バリンっと割れる。


「な、何で……だ?」


「ん?ああ、そうか。侵食が遅いからまだ死んでないのか」


「ぐあッ!」


真人は近くにある盗賊達が使っていた剣を拾い、長の両手両足に突き刺す。そして間髪入れずに真人は大きな盗賊の長の頭を握り、巨大枝に叩きつけた。そして、魔力を腕に集中させて触る時間を思い切り長くする。


「い…嫌だぁ!死ぬのは嫌だぁ!!!」


盗賊の長は情けなく叫んで命乞いする。しかし、真人はその言葉に苛立ちを感じながら押し付ける力を強くする。そして、彼の顔からどんどん臭い膿が流れ血が目の隙間から噴出する。


「ふざけるな、お前みたいな勝手な奴が無茶苦茶するから……社会が乱れて一般人も正常じゃなくなるんだ。お前が何なのかは知らないが、お前のような横暴は僕が絶対に認めない。苦しんで腐ってしまうのが一番お似合いだッ!何故なら、!!!」


盗賊の長は全身から膿や血を噴き出して動かなくなる。そして、エルフ達はガタガタとその光景を見て震えていた。それは当然だろう。世界でも1、2を争う存在に対して嘲笑し、失望し、勝手に罵詈雑言を吐いたのだから。今先ほど大声で笑っていた盗賊達は皆殺しにされ、今そのリーダーの体は腐っていった。自分もああなるんじゃないか、と思えば恐怖に襲われても仕方ない。それに何よりも、彼等もマリーと同じように感じ取ったのだ。真人が内包する魔力の無尽蔵さに。


「さて、盗賊が全員死んだわけだが……」


真人は口角を上げたままエルフ達に顔の向きを変える。すると、彼等の中でも老人らしき人物が真人の前に現れる。


「変革者様、どうか先程のご無礼をお許し下さい」


「……御託は良いよ、お世辞もな。――それよりも、上にいるマリーという少女を早く助けろ」


「はい」


そう言って老人はエルフ達に何かを呼びかける。自分を畏怖すべき存在として見るようになった彼等は真人を避けながら倒れたエルフ達を救出し始める。それを眺めながら、真人はロングコートから皮手袋を取り出して両手に嵌める。強烈な死臭の中、真人は一つ感じていた。


面白い、と。

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