第1話 エルフの少女、マリー

海を眺めていたエルフの少女、マリーは目を見開いていた。彼女は水色に輝くショートな髪を持ち、水色の碧眼を有していた。そして、彼女の首には金属製のネックレスがあり、黄緑色のローブを着ている。そんな彼女は驚いていた。その理由は、この辺りの海の主である巨魚が何かを食べた瞬間にその身体が2分されたからだ。


「何なの、あれ……!!」


彼女は身を乗り出して、木から木へと移りながら海岸へと走る。その間に、彼女は自慢の視力で魚の肉部分が腐っていく瞬間をハッキリと見ていた。海には魚の赤い血が黒くなり、白い骨が露わになりながらもズルズルと溶けていく。


「腐ってる!?」


木から降りてゴロゴロと転がりながらマリーは受け身を取る。そして、その力を利用してクラウチングスタートの状態から海岸まで一気に駆け抜けていく。森を抜けて、砂だらけの

海岸に到着し、マリーは戦慄した。


「海が……!?」


まず、マリーの鼻に強烈な腐敗臭が襲い、とっさに彼女は鼻を手で塞ぐ。そして、海に漂う腐った肉、魚の鱗によって一面が黒くなった海を見ながらあるモノを発見する。


「……人間の、男?」


彼女の目に映った男は泥沼のような海の中を歩いている。ズブリズブリと魚の腐肉を押しのけて、海岸まで上がってくる。彼は黒いズボンとシャツに黒いブーツのような革靴、そして茶色のロングコートを着用している。何故か、彼は腐った海から出て来たのに、服には染みすら出来ていない。


「……」


「……と、止まりなさい!あなたは何者ですか!?」


マリーは腰に刺した小剣を軽く抜きながら腰を低くして攻撃態勢を取る。しかし、男はそんな彼女の言葉を一切無視して、自分の手を見つめている。


「……なるほどな」


男は後ろを振り返って、腐り果てた魚を見る。海一面に広がったそれらは異臭を放ちながらも、そこに明確な死を提示していた。


「そこの人間!無視しないで、こっちの話を聞け!」


男は今頃気づいたかのように、数回瞬きをしながらマリーを見る。その目は彼女に強い違和感と恐怖心を植え付ける。


(何……コイツ……この)


「藤月真人だ。お前はこの……島?……大陸?まあいいや。この辺りの住人か?」


(----膨大で暴極な魔力!!!人間じゃないの!?)


マリーの額に冷や汗が流れる。いつでも攻撃できる体勢を維持しながら、自分の小剣に魔力を集中させる。


「ええ、そうよ。私はマリー。質問しても良いのかしら?」


真人は右手を差し出して、許可の合図をする。


「そう。じゃあ、一つ目よ。あなたは私の敵かしら?」


「まあ、……そうなんじゃないか、僕は敵じゃないと思う」


そう言うと、マリーは眉をひそめた。それも当然、人間とは魔力が平均的に少ない種族だからだ。


「ウソね、あなたは魔力を膨大に内包している。あの海の主もあなたがやったんでしょ?あなたの魔力は酷く暴力的で……怒りに満ちている」


マリーはチラリと黒い海を見て示す。


「そうだな。あれは僕がやった。海を汚したことについては……悪い」


真人は罰が悪そうに頭を下げる。その姿を見ているマリーは不信感を募らせる。


「もうおかしいわ、あなたの受け答えや姿・行動から2つも矛盾する点がある。怒りの魔力を発している癖にヘコヘコしたり、そもそも人間の姿なのに魔力を持っている。どういうことかしら?」


「……知らないな。どこがおかしいんだ?」


真人がそう言った瞬間、マリーは小剣を引き抜いて魔法を唱えた。


妖精の雷撃ブリッツ・フィーズ!!!」


二人の間にカッと雷光が輝く。そして、その衝撃の余波で砂の中にあった砂鉄が巻き上がる。


「やっぱり……」


空気中に巻き上がった砂埃の中から左手をかざして立っている。


(私が放った魔力が、……消失した?いや、強制的に生命の寿命が早回しされたのかしら?)


「いきなり攻撃するかフツー……耳の形からエルフ?そうか、魔法を使うゲームキャラでいたな。もうひとつの世界にはこんなのが実在するのか……」


真人はマリーを見ながら現在の状況を把握していく。また、彼は自分の両手に宿った力についても理解し始めていた。


「なるほど……」


対して、自分の魔法を掻き消されたマリーが砂の足場から考えられないほどの初速で真人の傍まで駆け抜ける。


「――――妖精の酔い斬り回りフィー・ベツルケン・シュワ―ト!!!」


魔法を自分の足と肩、小剣に集中させる高速斬撃を放つ。


(捉えたっ!)


しかし、真人はとっさに右腕を目の横に立たせるように持ち上げ、左手で支える。ギュンッと鈍い音がして、マリーの小刀が誠の右腕を捉えた。


「――あれ?」


マリーの小刀には確かに魔法が込められているが、それにも関わらず真人の右腕には切り目すら入らない。正しくは、茶色のコートに傷一つ着かなかったのだ。


「やっぱりか……」


真人は呟く。その一言に、マリーは次の戦闘不能の自分を予想し、真人の右腕と自分の小剣に体重を乗せる。そして、真人の肩に足を置いて空に飛ぶ。


(何なのよコイツ!!魔法どころか物理的な斬撃も効かないなんて!!コイツは危険!絶対に、)


「村には入れさせない!!」


真人がマリーの姿を追って空を仰ぎ見る頃、天空には大量の矢を構える彼女の姿があった。


「食らいなさい……(未完成だけど)極聖魔法、妖精が放つ千本の火柱フェウルクーゲル・ヴォン・タウセンド・ヴォダーフィ・エミッティアート!!!」


真人の目に赤い矢がいくつも映る。それは全てが真人の心臓に狙いを定めており、奇怪な太陽が出来上がっているようにも見える。それはマリーが小剣で横に振ると連動して、一斉に真人へと降りかかった。そして、それは真人と共に爆発する。


並大抵の技では無い。適当な魔法使いよりも強い魔法を使う彼女は息切れを起こしながらも、謎の男に対し勝利したと考えた。爆炎が起きた事から、今度は掻き消されなかったと予想したのだ。しかし、


「――腐敗の手と言ったところか、これが僕の両手が有する能力らしい」


爆炎が急速に掻き消されていく。そして、勿論マリーが放った極聖魔法の魔力の存在も感じなくなっていく。それを絶望しながら鎮火した爆炎の中から現れる真人を見る。


魔力をほとんど使いきったマリーは空から落ちる。それを見逃さず、真人はマリーのもとに走り込む。それに気づいたマリーは無茶苦茶に小剣振るいながら暴れる。


「く、来るな!!来るなぁ!!!」


「……」


真人は無視して、落下してくる彼女を掌で触らぬ様に受け止める。そして、むやみに手で腐らせる事を恐れて、真人は砂場に転がすようにマリーを放る。


「きゃぁ!!」


マリーは短い悲鳴を上げながらも何とか受け身を取る。そして、そこで彼女の手から小剣が離れたところを真人は見逃さず、すくう様に奪い取る。


「あ……!」


マリーが気づいた時はもう遅かった。真人は怒りの感情を発しながらその小剣を握りつぶす。すると、孤剣の刀身は錆びて、持ち手の部分から砂のように崩れていく。


「僕は変革者ヤダユらしい。多分、この能力も象徴として与えられたんだ」


真人は独り言のように話しながら、マリーの目を見る。戦闘にすらさせない真人に対し、マリーは恐れがにじみ出ていた。体は小刻みに震え、目は捨てられた子犬のように何かを懇願している。


「僕は藤月真人、教えてくれ。この世界の過去と現状を」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る