第2話 この穴はもしや!?
ネカフェ店員というのは、ただそこに存在してさえすればいい、そんな仕事だ。
ひとはつながりを求めて街を徘徊し、そして歩き疲れたとき、ネカフェへと吸い込まれる。
そういったひとたちの、心の寂しさを癒してあげるのがネカフェ店員の仕事だとおれは思っている。
つまりは、難しそうな顔をして番台に座り、客から見えない位置でスマホを操作するのがおれの仕事だということだ。
「さて、と、清掃のあいだに充電するかな」
仕事を放棄して、おれは店内を清掃する。
その間に仕事道具を充電する。
同僚の水田はやはり”お仕事”で忙しそうだ。
清掃とはいっても、黒地のマットレスに、薄暗い店内、よっぽどでない限り汚れは目立たない。この作業の大部分は漫画を正しい位置に戻すことにある。
読み終えたひとにとって無価値に等しいその書籍たちは、徘徊者たちによって極めて乱雑に棚に戻されてあり、おれに「正しく数字を並べよ」とクイズを出しているようだ。
手に取った哀れな漫画にふと視線を落とす。
「ああ、これってドラマの…」
何年か前に放送していたドラマの原作漫画だった。たしか、医者が過去にタイムスリップし、己の持つ医学の知識で人々を救う、みたいなストーリー。
高尚なテーマにみえるけど、幼稚園児の遊び場に侵入する小学生と、その本質は変わらない。
ただ、それがウケて、たしかにおれも面白いと思ってしまう。
この本質は、人間の本質と言い換えることができるのだろう。
生まれながらに被差別者でありながら、エンジンになりたいと思っていたおれにとって、その医者がどれほど羨ましいことか。
いやいや、ただの医者になれるだけでも、そんな悩みは解決されるだろうよ。
頭のなかでくだらない問答を交わしながら黙々とクイズに解答していると、あっという間に時間が過ぎ、そのうち出題者も姿を消した。
「スマホの充電終わったかな…」
早歩きで番台に戻って最愛の仕事道具を確認する。100%、フルパワーだ。
おれはスマホのロックを解除する。
さて、仕事の時間だ…。
「おい、拓也、これ見てみろよ」
おれの仕事を妨害するように水田が呼ぶ。
スマホをポケットにしまい、あえて不機嫌そうな顔をして、どうした、と尋ねる。
どうやら居室のひとつが、空室にも関わらず施錠されているらしい。
「なにかの拍子に内鍵が?」
当たり前の疑問を、原因を知らなくて当たり前の水田に投げかける。
「たぶん、いや、どうだろう。原因はなんにせよ、どうにかしないと店長にどやされるぞ」
確かに店長に目を付けられるのは厄介だ。
俺の安寧たる時間を妨害されたくはない。
「そうだな。もとから鍵は壊れていたことにして、とりあえず強引に扉をあけてしまおう」
今日は火曜の深夜。幸いにも、ほとんど客はいない。
力づくでこじ開けて、大きな音が鳴っても、そんなに問題じゃないだろう。
おれは、あえて時間をかけて水田のもとへ向い、扉と対峙する。
この店舗では居室にスライド式のドアを採用しているため、その鍵は横の移動には堅牢である。だが安物なのか、前後にドアを押せば鍵は案外簡単に壊れてしまう。
それを知っていたおれと水田は、特に示し合わせることもなく、ふたりで扉を押すことにした。
「せーの、で押すぞ、いいな?」
「…よし、せーの!」
木が割れるような音がして、それとほぼ同時に扉が奥へ倒れた。
その拍子におれと水田は居室側へ倒れ込んだ。
いや、倒れ込んだはずなのだが、なにかにぶつかる感触がなかった。
その居室のなかは床がなく、まるで井戸のようにあんぐりと口を開け、底の見えない穴となっていたのだ。
おれたちはその穴へと吸い込まれていった。
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