第11話 友達になれる?
仲良くなる、と言っても、具体的には何をすればいいのだろう、とか。昨日の放課後は冷静になれずにいたから思い至らなかったが、数々のグループに所属してきた私にとって、そんな問題はないはずだった。決して浅い付き合いではない女の子グループに、クラスが変わる度に抜かりなく入っているのだ、短期間で仲良くなることにかけてはプロと言っても誇張ではない。
一言でいうと、付きまとい、である。いやいや、付きまといといっても、ストーカーのそれではなく、あくまで健全な付きまとい行為だ。
あくまで、会話のきっかけを掴むための行為だ。
例えばそう、体育の時間とか。仲良くなりたい人がいるとして、その人の近くにいれば自然にペアになることができる。たとえ、二人以上のグループを作れという指示でも、先に私がその子と組んで、後からその子の友達が入ってくれば、私を含めたグループは成立し、体育の時間が終わっても話しかけやすい、という作戦だ。
さて、しかしながら、相手が柏木さんとなると話は別だ。柏木さんは、まあそんなに関わったわけではないけれど、あまり喋らないひとだ。仲良くなるプロの私といえども、これまでの友達は大体がお喋りな人で、だから、柏木さんを攻略できるか、保証はできない。
なにせ、私も私でそんなに喋る方ではないから。
「じゃあ、駄目じゃん」家を出ると、真知先生が待っていて、一緒に登校することになった。いつもであれば、真知先生は先に登校しているのだが、今日はどうやら、待っていてくれたようだ。
「先生、それは本当に教師としてどうなの?」私は呆れたように言って見せた。
「ん、いやーでも駄目なところは駄目と言わないと」
「そっちじゃなくて、特定の生徒と仲良くするのは不味いんじゃ…」
「あーそっちか」真智先生は何でもないように言った。「大丈夫大丈夫、ばれなきゃいいのよ」
「えー、それは」あまりに不誠実では。「一応、教師なんですし」
「一応って」
「それに、通学路なんて他の生徒の目もありますし、ばれないってことはないと思いますよ」
「いや…そうなんだけどさ…んー…」真智先生は唸ってから、上目遣いでこちらを見た。「小暮さん、もしかして私と学校行くのが嫌、とか?」
「いや、そんなわけないじゃないですか」
「でもなんか、嫌がってるように見える…」
「そりゃ、真智先生が怒られるのは嫌ですから」
「それにしたって、なんかすごい嫌そう…私のこと嫌い?」
「嫌いじゃないですって」
「誤魔化さないでよー…嫌いなら嫌いで良いからー…」
「ええ…めんどくさいな」
真智先生は朝っぱらから飛ばしているなあ、とぼんやりと思った。この状態になった真智先生は話が完全に解決するまで絶対に終わってくれないから、しつこいのだった。それに、引きづられた状態で柏木さんとのことを協力してくれと言うのも何なので、私はしばし考えてから真智先生の耳元へ顔を寄せた。
「私は、真智先生のことが大好きですよ」離れないようにと真智先生の腕を握りながら、囁いた。
「ふあっ…」真智先生は色っぽい声を出した。「こ、小暮さん…?」真智先生はこちらを向くと、私の顔がすぐ近くにあるのですぐに逸らした。「もう…からかわないでくださいよ」
「真智先生、顔赤いよ?」
「それは、小暮さんがいきなりそんなことするから」
「エッチな気分になっちゃった?」
「なってない!」
「うっそだー。だってなんか、やらしい表情だもん」
「そんな、こと…!」
真智先生の顔がみるみる赤くなっていく。本当にからかいがいのある人だ、と私は満足した。しかし、教師が生徒に囁かれたくらいでこんなに動揺していて良いのだろうか。真智先生のこれからが心配だ。
「冗談ですよ、冗談」私は言ってから、また囁く。「でも、真智先生のことが好きだってことは本当ですから」
「むう…」真智先生は不服そうに私を見つめる。
「う…」
真っ赤になって、瞳が潤んでいた。少し頬を膨らませたその表情が一際魅力的で、何だか私まで変な気分になってきた。なんか、ドキドキする。いや、おい、真智先生、それは生徒に向ける表情じゃないぞ。冗談めかして言おうとしたが、上手く声が出なかった。
「え、えっと…」間が持たない。「なんかすいません…」
「…そういう冗談、もうやっちゃ駄目だからね」怒ったように真智先生は言った。
「はい…」私は大人しく返事をする。「えっと…はい!じゃあ、切り替えて行きましょー!」
「う、うん!そだね!」
朝から変なテンションである。私も真智先生も無駄に疲れて、しばし休憩タイムを取った。大体、真智先生のせいじゃないか。子供みたいにいじけて、だからちょっとからかったのに。真智先生の子供っぽいところは嫌いではないけれど、こういう時には少し面倒だった。
「で、えっと、柏木さんの話だよね」真智先生は話をもとに戻した。
「そうですそうです」
「で、どうやって仲良くなるかっていう?」
「いえいえ、そのプランは大体固まってますぜ」
「おおー、本当に?聞かせて聞かせて」
「聞いて驚け、付きまといです!」
「……」困ったように真智先生は笑って、「えっと、犯罪、だよ?」
「犯罪じゃないですよ。だって、校内だけですし。しかも、私友達グループにいるので、露骨に付きまとうこともできませんしね。なので、何かこう、ゆるーくついて行く、みたいな」
「それでもなんかなあ…」真智先生は難色を示した。
「大丈夫ですって」
「それで、それをしたらどう変わるの?」
「体育の時とかグループを作らなきゃいけないときとか、一緒になりやすくなります」
「ふうむ」真智先生は顎に手を当て、考えるようにした。「それは、多分やったしても効果は望めないね…」
「え、どうして?」結構妙案だと思ったのだけれど。
「まず、グループを作らなきゃいけない、ってなった時に、小暮さんはお友達とグループを作ることになると思う」
「それは、まあそうですね」
「小暮さん、仲の良いクラスメイトは何人くらい?」
「具体的に四人」
「なる。そうすると、六人以上のグループを組まなきゃいけないってことになるわけじゃない?」
「ううむ…それは…ほとんどないね」私は少し考えたが、諦めて認めることにした。
「うん。それから、やっぱり付きまとうのは良くない」
「どうして?」
「多分、柏木さんはそういうの好きじゃないと思う」
「そん…いや、その通りか」
確かに柏木さんのことを傍から見ていて、しつこくしていれば馴れ合ってくれるような人で無いことは、大体予想が付く。好意的にとらえてくれるとも思えない。もっと言えば、面倒なやつ、と低評価を食らうことになりそうだ。そこへいくと、端村さんはどうやって仲良くなったのかと気になるところだけれど、だから、付きまとい行為は真智先生の言う通り、良い効果は望めないかもしれない。
「あー…うん。そだね。どうしよう」
「ここは、こうしたらどうかな」
自信満々に真智先生は言った。
大分普通じゃねえか、と思いながらも実行しようとしている私は馬鹿だろうか。放課後の時間、私はタイミングを計りながら柏木さんの方を凝視する。グループの子に何も言われないのは、用があるとか言って今日は一人で残ったからだった。
さすがに柏木さんに、とはいえなかったけれど。
何だか綾香にすっごい睨まれたような気がしたけれど、きっと気のせいだ。
しかしよく寝るなあ。帰りのホームルームからこっち、もう十分以上は眠っている。もう皆帰ったり部活に行ったりして、教室内は結構まばらだ。私は自分の席では無く、柏木さんの隣の席に座っていた。隣と言っても、通路を挟んで隣の、だ。
また一人出て行った。そのタイミングでか解らないけれど、柏木さんがびくっとした。目が覚めたみたいだ。
「うあ、もうこんな時間…」柏木さんは驚いたように時計を見上げた。「端村、はもう帰っちゃったか…」
「…まだ仲直りしてなかったの?」私は早速話かけた。
「ん?あ…えっと…こ、こ、こ…?あ、小暮さん!」
「もしかして、忘れてた…?」
「…ごめん」
そこは嘘でもそんなことないと言ってくれないと困っちゃうのだけれど。正直なのか、私に気を遣うほどの興味がないのか、まあどちらでもいいか。
「でも、朝は普通に挨拶してなかったっけ?」
「え、なにが?」
「端村さんと」
「ああ、うん…普通にというか、いつも以上に頑張ってみたのだけれど。効果はなかったみたい」
「頑張った…」柏木さんって頑張るのか、とか。そんな失礼なことが頭を過ったが、そう言えば一昨日出かけたときはかなり頑張っていたような。
「なんか…何だろ。昨日からちょっと端村が解らない」柏木さんは切なげに言った。
「ふうん…」
これ、誘ってよいものだろうか。何だか、彼氏に冷たくされて落ち込んでる女の子を寝取るみたいな、そんな罪悪感がある。いや、背徳感かもしれない。ともかく、何か悪いことをしようとしている気分になった。
「ごめん、変な話して」いつもの冷たい口調になったことに少しほっとした。このままこの話が続いたらどうしようと思ってしまって、ちょっと自己嫌悪。
「あのさ、柏木さん」
「ん」
「きゃ、今日、お茶しない?」
…どもった。
ともあれ、これが真智先生の考えた作戦だった。お茶、という言い方は真智先生からいただいたものだ。うん、至極真っ当で、ありきたりな手法な気がする。まあ、今まであまりやってこなかったことだから、案外変わっているのかもしれないけれど。
「お茶…?って?今から?」
「うん、そう。今から。どっかに、二人で行こう」がっつき過ぎだろうか。
「え…あ、うん」柏木さんは咀嚼するかのように何度か頷いた。これは、悩んでいるのか、それとも首肯なのか、いざとなったら校舎と言いはろうか。
いやまあ、そんなことで一緒に行ってくれるくらいならこんなに悩んでいないわけだけど。
首肯、もとい言葉の咀嚼が止まった。にわかに緊張が走る。期待にも似た、心地よい緊張感だった。
「良いよ。暇だし」その短い言葉は私を歓喜させた。
私達が目指したファストフード店には、結構人がいた。柏木さんはこういう場所は苦手だろうか、と柏木さんの方を盗み見ると、少しだけ疲れた顔をしていた。
こちらを見て、目が合った。
「どうした?」柏木さんは訊く。
「あ、えっと。こういう場所苦手かな、って」
「ああ、大丈夫大丈夫。一昨日のショッピングモールよりはマシ」言ってから、柏木さんははっとした。「あ、えっと、マシというか、控えめ」
「まあ、確かにあそこよかマシだわー。放課後にあんなとこ行くもんじゃないね」私は素直に同意する。柏木さんもやっぱりそう思っていたのか、と軽い感動を覚えた。
「ああ、うん…」柏木さんはばつが悪そうにしていた。
「どうしたの?」
「いや、何でも…」柏木さんはあからさまに目を逸らしてから、「あ、私なんか買ってくるよ。何が良い?」
「いや、一緒に行くけど」
「いやいや、混んでるし、席とっといてよ」
「えー…まあじゃあお言葉に甘えて。アイスコーヒーで」
「はいー」
返事を受けて、お金を渡してから、柏木さんを残して席の方へ進んでいった。入った時の印象に違わず、混雑しているようで、探すのに苦労したが、何分二人なのでグループの子と行くときよりは容易に見つかった。
比較するのもおかしな話か。
「……」先に座って、じっとする。
何だか避けられてる…?いやまあ、確かに混んでるし、分担した方が効率的なのは解るけど、ここは一緒に行くところだろう。一人ひとりで行動したら誘った意味がないし。私が柏木さんを連れ出したのは柏木さんと話したいからであって、喉が渇いたからじゃなく、だから効率を求められても困るわけで。柏木さんもそのあたり解ってるはずだよね…。
…やっぱり一緒に行けばよかった。こんなに悶々とする羽目になるとは。
「どうした?」二つのドリンクを持った柏木さんが訊いた。私は慌てて姿勢を正す。
「え、な、なにが!?」
「いや…動揺しすぎ」はは、と柏木さんは笑うが、私は笑えるような気分じゃなかった。「なんか眉間に皺寄ってたからさ」言いながら柏木さんは座る。
「いいやいや、大丈夫大丈夫…ちょっと考え事してただけ」私は笑ってごまかす。コーヒーを飲もうとしたが、柏木さんが持ったままのことに気付く。「コーヒーちょーだい?」
「あ、ご、ごめん」柏木さんは声を跳ねさせて、恥じ入るように渡してくる。が、手が滑ってコーヒーはくるくると回転した。
「わっ」私は小さく悲鳴を上げるが、倒れる寸前のところで受け止めた。「…っ」
「ごめん…」柏木さんは消えそうな声で言った。
「え、いや、大丈夫」
自分を落ち着かせるため、ストローを吸う。うん、吐くほど苦い。くそ、ミルク入れればよかった。目の前にあるに。
「えっと…」柏木さんは呟いた。「あ、コーヒー、ブラックで飲めるんだ…?」
まさかの追い打ち!入れるに入れられなくなった!やばい、この量を何もせずに飲めと!?「ん、ま、まあね」私のばか!もういいよ、持って帰るから!
「へえ、すごい」柏木さんは驚いた風もなく言った。
「柏木さんは、なに頼んだの?」口中に広がる苦みに耐えつつ訊く。
「え、あ、えっと、私は」柏木さんは恥ずかしそうに言った。「イチゴシェイク」
どうりでストローが太いわけだ。何が恥ずかしいのか分からないけれど、よしこれは好都合だ。口の中をリセットしよう。「おいしそう、一口ちょうだい」
「んえ!?」変な声をだし、驚いた様子の柏木さん。「ど、どうして!?」
「え、どうして…ほしいから?」
「ああ、なるほど…」いや、今の理由で良いなら別に言わなくても解るだろ。んー、と困ったようにしばらく固まってから、「じゃあ、はい…」と差し出してきた。
「どうもどうも」柏木さんの目が潤んでいることに気付く。もしかして、嫌だったりしたのだろうか。泣くほど嫌だった?いや、そんなわけないだろうけど、そうだったら何だか申し訳ないな。「んっ…」シェイクだけに、吸うのにすこし力が要った。
「なんかやらしいな…」柏木さんの呟きは気付かなかったことにしよう。
「ありがと」ふう、これでやっと話に集中できる。私のも差し出そうかと迷ったが、結局やめておいた。シェイクのお礼にブラックコーヒーってほとんど嫌がらせだもの。
さて。
何を話そうか。まず、柏木さんのことを知るところから始めて、徐々に話を展開していく流れに持って行こうか。それとも他の情報を引きだすべきだろうか。
うーん。
話してから考えよう。「ね、柏木さんって休みの日とか何してるの?」
「休みの日?んー…」柏木さんはしばし考えて、「特に何も」
「え…強いて言えば?」
「強いて言えば…強いて言うなら…寝てる?」
「そっか」
これは困った解答だ。どうしよう、話が展開できない。さすがのプロフェッショナルの私でも寝ている、から展開できない。というか、寝ているなら平日でもそうだし、柏木さんの場合学校でもそうじゃねえか。
何かないかな。
「あ、えっと…柏木さん、趣味とかないの?」
「趣味か…楽器とか、ちょっと弾く」
ずいぶん嫌そうに言うな。まあでもなかなかいい話題が来た。「へえ…何弾くの?」
「えっと、リチャードクレイダーマンとか」
「いや、楽器の話」
「ああ…そりゃそうか。ピアノ、とか」
「ピアノか、凄いね」まあでも柏木さん、なんかピアノ弾いてそうな感じだ。「小さいころからやってるんだ?」
「ん…まあ。やらされてるって感じ。ああだから趣味とは違うかも」
「ふうん。まあ、塾を趣味っていう人も少ないもんね。そんな感じ?」
「まさに」
「それはそれは。じゃあ、なんか好きなことって無いの?」
「好きな事…んー、読書とか?」
「ああ、いっつもなんか読んでるよね」
「はは…ごめん」
「いや、謝らなくても。好きな作家とかいるの?」
「あー…うん、特にいないけど、ミステリーが好き」
「へー。ミステリーって言うと、全然読まない私からするとシャーロックホームズみたいな印象しかないわ。こう、変な帽子かぶって、虫眼鏡」
「はは。そうだね。まあ、概ねそんな感じだけどさ、東川篤哉とか全然そんなじゃないよ」
「東川篤哉…聞いたような、聞かないような」
「えっと、謎解きはディナーのあとで、とか」
「あー、ドラマは見たよ。映画も。そっか、あれもミステリーに入るのか」
「うん。ユーモアミステリーっていう括り」
「へー」
うん、話は弾んでいる。このままいけば、途切れる気配はないけれど、なんだろう、不満だ。柏木さんと仲良くなりたくて、で、この方法は間違っていないと思うのだけれど、なんだろう。
こんな当たり障りのない会話は、嫌だ。
こんな話しかければ誰でも話せるような内容を話したくない。こんなプロフィールのような会話を続けたくない。
柏木さんの本質に触れるような話がしたいはずなのに、上辺をさらうばかりだ。
こんな会話、柏木さんは楽しいのだろうか。嫌では無いのだろう。趣味の話だし、ちゃんと喋っているわけだから、やめたくてやめたくて仕方ないわけではないのだろう。しかしだからと言って楽しいわけでも無いはずだ。柏木さんの表情を見ただけじゃ何もわからないけれど、こんな無駄話を楽しめる人間がいるわけない。
下手をすれば、嫌な話をするより苦痛だろう。何の動きも脈絡もない会話を楽しめるわけがない。
こんなんじゃ駄目だ。
「柏木さん」話を変えようと、改めて名前を呼んだら少し語気が強くなった。
「ご、ごめん…」
「何故謝る」
「いや…なんか怒ってるっぽいし…」
「えっと、怒ってないけど…うん、ごめん。全然怒ってないのだけど」
「そっか…それならいいんだけど。…どうしたの?」
「柏木さんは、私のことどう思ってる?」
私のことをどう思っているか、まったくもってほとんど初対面な同級生から言われる体験は、どういう風なのだろう。その元凶の私は現実逃避のように考える。じゃあ言うなや、という話だけれど、私が本当に知りたいことを訊かなければ、柏木さんとここへ来た意味がない。世間話をしに来たのではないのだ。友達になりに来たのだ。
「どうって」柏木さんは首を傾ける。「例えば?」
「例えば…例えば、私は柏木さんの事、す、好きだよ…」
何を言っているだ私は。いや、何を言わされているんだ。
「あー。私も小暮さんの事好きです」
「えー…それは嘘でしょ」
「何でさ」
「いやだってさ」そんな人間性を確かめられるようなことをしたわけでは無いし、何より、がっつり会話したのは今日この時点が初めてだし。まあ、それを直接言うわけにはいかないので、言葉を濁して言う。「…あんまり、わたしのこと知らないでしょ」
「それは否定しないけど」柏木さんは断った後で、「一昨日出かけたときもそうだし今もそうだけど、小暮さん、空気読んでるでしょ」
「…ん?どういう?」
「だから、空気読んで、遣わなくてもいい気を遣って、余計に疲れてる。何だか難儀な人だな、って思って。でもそういう、自己犠牲ではないけど、少しでも周りに馴染もうとする努力って、私には出来ないことだから…そういう意味で、小暮さんの事好き、だよ?」
「…おっふ」私は言って俯いた。
柏木さんがこんなにずばずば、率直な言葉を口にするのはイメージと少し違った。いや、なんとなく不満とか罵倒とかは隠さずに言いそうだと思っていたけれど、肯定的なことを言うとは。まあ、一昨日のショッピングモールで不満を漏らしていなかったから隠せることは解っていたのだが、私でも照れて肯定的なことは素直に言えない。
言った方が相手をいい気分に出来ると分かっているのに、少し不思議だ。
しかしまあ、冷静に考えてみれば、本当に思っているかどうかは別問題かもしれない。柏木さんは私をいい気分にさせたくて、空気を読んでこんな嬉しいことを言ってくれている可能性だって、多分にある。だからすべてを額面通りに受け取ってしまうのは少し頭が悪いのだけれど。
だけれど。
「うれしい…」
「私こそ嬉しいよ」
「…友達に、なってくれる?」
「うん。よろしくお願いします」言って、柏木さんは少し頭を下げた。
「…よろしくね!」私は元気よく返す。
そうして、私と柏木さんは友達となった。
そんな大袈裟に表現するのは初めての感覚だった。たかが友達になったくらいで、そうして、とかわざわざ使ってしまうあたり、今までの友人関係との気合の入り方の違いが歴然としているようだ。確かに、真智先生に相談したり、普通に話しているだけで少し緊張していたりしたわけで、他の友達とは違った手順で友人関係になったから、気合は入っていたのだろうが、冷静になって考えてみると恥ずかしい。この恋人か何かになったかのような浮足立つ気持ちは何によるものなんだろう。
「やったね、小暮さん!」ファストフード店を出てから二つ目の信号を渡ったところで、柏木さんと別れた。釣果は上々、まあなにで釣ったわけでも無いが、満足のいく結果だったと思う。そんな風に浸っているところへ、真智先生が後ろから声をかけてきた。
「あ、真智先生だ」私は言って、あれ、と疑問に思う。「ベストタイミング…もしかして、つけてた?」
「人聞き悪いな。見守ってたの。小暮さんが心配すぎて」ぷんぷん、と真智先生は口をとがらせた。
「…いやいや、それでも充分私聞きは悪い。え、なんでさ、部活は?」
「やってないし。そもそもあそこの店を指定したの私じゃん?追う気満々だったんだー」真智先生は汗をぬぐう仕草をして、達成感をにじませる。
「えー…いやまあ、良いんだけどね。でもそれならそれで教えてほしかったのだけれど」私は言ってから、自分の言動を思いだす。結構、思い返すと恥ずかしい言葉を口にしていたような。離れていたとは言え、それを聞かれてたことになるのかな…?
「ど、どこまで聞いてたの…?」
「全部」真智先生はにんまりとした。「熱いね、小暮さん!」
「うわー!やばい!これはやばい!本格的に恥ずかしい!穴があったら入りたい!」
「いや、別に照れなくてもいいのにー」真智先生は楽しそうににやついていた。
「てゆーかそもそも、後をつけてなんか意味あるわけ!?」
「うん。気になって夜も眠れないところだった」
「真智先生がでしょ!?」
「うん。でもね、役に立ったところもあるんだよ、一応」
「なにさ」
「それは言えないけど…ボディーガード頑張った。言うなればSPだよ、今日の私は」真智先生はゴールキーパーのような手振りで言った。
「いや、得意げに言われても…意味わからん…」
「良いの良いの」真智先生は言ってから、少し首を捻った。「ん?ああでも、後々こじれるかもしれないから、小暮さんには言っといたほうがいいのか?いやでも、口止めされてるしな…教師として約束は守りたいところだけど…」
「え、何?何なの?」
「えっと、これだけは言っておきます」真智先生は人差し指を立て、困惑した表情で言った。「これから、多分大変なことになると思うけど、その時はちゃんと、私に相談してね?」
「え、何、大変なことって何?」
「ごめん、今は言えない。でも、多分、なると思う。挫けず一緒に頑張ろうね」
「いや、頑張ろうと言われても…」
真智先生の言動が謎で、少し引っかかるが、まあ、なにはともあれ、柏木さんとはここからである。今はただの友達協定を結んだクラスメイトAでしかない。これを、柏木さんが真に友達と思えるような関係になるには、もっともっと時間が必要だ。長い時間じゃなくていいから、楽しい時間を、もっと共に過ごさなくてはいけない。
「まあ、とにかく。お疲れさま、小暮さん。頑張ったね」と、真智先生は私の頭を撫でる。
そこで体の力が抜けた。その場にへたり込みそうになったけれど、なんとか踏ん張る。
夕焼けが脱力を助長させた。これは駄目だ、と真智先生に体を預けた。
「おおっと」真智先生は少しだけバランスを崩したが、受け止めてくれる。真智先生の体の柔い感触が気持ち良かった。「大丈夫?」
「…うれしくて」ごめんなさい、と謝って、しばらく目を瞑った。
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