第7話 仲良くなりたい!
いつもと同じ話を何度も繰り返す。いや、内容は違うんだけど、着地点は同じ。「そっかー」で終わる。まあ、それはそれで、悪くはない。予定調和の会話は私を安心させる。だから、いいんだけど。
「きっちゃん?」友人の一人、奈々が言う。「聞いてる?」
「あ、ごめん。なんの話だっけ?」話を聞いていなかった私は慌てて言った。
「もー、ちゃんと聞いててよねー」奈々はやんわりと怒った。彼女がこういう時は、結構後に引きづることが多い。けれどまあ、自分でも話がつまらないことは自覚しているようで、こんなふうに柔らかく言うのだ。
「そっちに何にかあるの?」今度は綾香が言った。この子とは、正直言って距離を測りかねているところがある。付かず離れずと言えば聞こえはいいけれど、どうも、何を考えているか解り辛い。まあ、話しかけてくるところを見ると、嫌われてはいないようだけど。
「えー、こっちには私しかいないけど」美紅ちゃんが言った。
「いやいや、特にはなにも」私は言ってから、いいわけを開始する。「昨日あんまり寝てなくってさー」嘘では無い。誇大表現ではあるが。
「なるほど」傘音が言った。この子は、確か綾香と幼馴染で、綾香がこのグループに入ったから自動的に彼女も、ってことだったはず。傘音はにやりと笑う。「やらしいね」
「え?どういうこと?」
「まったく、深夜に起きて何をやっていたのやら」
「いやいや、何にもやってないよ。ただ、ちょっと寝入りが悪かったってだけ」考え事をしていて、布団に入ってから三十分ほど寝られなかったのだ。
「考え事かあ」綾香が珍しそうに言った。「私考えるの苦手だからな」
「あんたはそうでしょうよ」傘音が鋭く言う。
今は昼休みの時間で、少し眠いのは嘘じゃない。しかし、私が上の空なのは別の理由からだった。私はまたぼんやりと、その方を見つめる。一番端の席に座った、柏木さんは窓の外を見ながらつまらなそうに脚でリズムを取っていた。憂いを帯びた表情なのは、朝の時間に端村さんと揉めていたからだろう。申し訳ないけれど、傍から見てそれはすごく、格好良く見えた。
昨日出かけて以来、柏木さんのことが気になっていた。確かに、四人で遊びに行こうとなった時は緊張に殺されそうだったけれど、いざ出かけてみると、柏木さんが緊張をほぐしてくれた。ように感じた。本人にその気がないってことはありありと見て取れたけれど、何なら美紅ちゃんと二人きりの時よりもリラックスできていたくらいだ。いやまあ、それと比べるならどんな状況でもリラックスできているかもしれないが、この前グループの五人で遊びに行った時よりかは、全然居心地が良かった。
何でだろう。そう思い返した時に、柏木さんとその友達の端村さんのおかげかもしれない、って思い至った。まあ、気のせいかもしれないけど。でも、その時から、柏木さんを追うようになっていた。グループに属している手前、話についていけないと困るわけで、だから行動までは共にできないけれど、一挙手一投足、目で追ってしまう。
この前まで、不良なのかと思って絡まれないようになるべく柏木さんを見ないことを心がけていたけれど、どうも、気になってしまう。仲良くなりたい。同じ匂いを感じたから。
「小暮さん!」私の苗字が呼ばれて、慌てて振り返った。英語の時間、どうやらぼーっとしていたことを先生に咎められたようだ。「聞いてる?」
「すみません、聞いてません」私は大人しく白状した。
「じゃあ、それを英文に」
「んな無茶な」私は言ってから、「えっと、sorry,I do not hear a lecture」かな、と続けた。
「んんん」彼女は不服そうに唸った。「まあ、良いか。じゃあ、ちゃんと聞いててね」
「はーい」私は適当な返事をした。あー、ミスった。そんなに長いこと見ていたつもりは無かったんだけど。グループの子の方を見ると、くすくすと笑っていた。はは、と私も笑う。
それから、柏木さんの方を見ると、彼女もこちらを見ていたようで目が合った。
「…!」ミスった。またミスった。これじゃあ、意味もなく柏木さんに視線を遣っていることがばれてしまう。まあ、ばれてどうなるものでも無いのだけれど、気味の悪いやつだと思われたりしないだろうか。恐る恐る、もう一度柏木さんの方を見る。
柏木さんは微笑んで、手を軽く挙げた。柏木さんのあんな柔らかい表情、初めてみた。それに、私のことちゃんと認識していたんだ、結構意外だ。私は少し驚きつつ、手を振って返した。
「先生」英語の時間が終わり、真智先生のもとへ行った。「あの、少し話があるんですけど」
「んー?授業中、気になる子に見惚れて集中してなかった話?」真智先生は見透かしたように笑った。
真智先生は、二十代半ばの若い女の先生だ。年が近いから、話しやすいし、相談もしやすい。割かし仲の良い先生だ。というか、結構、かなり、下手すりゃ生徒よりも。家が近くて、近所で出くわすってことがあるからかもしれない。何だか、距離的な近さは、やっぱり心理的にも親近感がわいて仲良くなった。一年のころから英語の教科担任だったので、自然と話すようになって、一人っ子の私としては頼れる姉のような存在となっていた。
「ばれてた?」私はどきりとする。
「バレバレ」真智先生はしたり顔で言った。それから、「真剣な話?」と続ける。
私は少し考えてから、「まあ、私の中では。話半分に聞いてもらっても良いですよ。くだらないことなので」と嫌味にならないよう、明るく振舞った。
「そういうところだよ?」しかし、真智先生の反応はあまり芳しくない。「じゃあ、放課後まで待てる?ちゃんと聞きたい」
「ありがとうございます」私は言ってから、「先生、真面目ですよね。何と言うか、真摯って感じがします」率直な感想が口をついた。何様だって感じの上から目線で、直後に恥ずかしくなった。
「うん。まあ、大事な生徒のことだからさ。殊に、小暮さんのことだし」真智先生は気にせず言った。
「そっか。贔屓はいけないと思う」
「そこは感動するところだと思う」
「まあ、ともかく」私は誤魔化しながら言って、「ありがとうございます。じゃあ、放課後、よろしくお願いします」そうまとめた。
「さて、じゃあ聞こうか」使われていない空き教室に入って、適当な椅子に腰を落ち着けると、真智先生は頷いた。「誰もいないから安心して?」
「いやまあ、そこまで重い話ではないんですけどね」重い話では無く、想い話。そんな冗談が頭に浮かんだ。
いつもはグループの子たちと一緒に帰っているのだけれど、今日は頑張って遠慮した。授業中のミスが効いて、四人ともすんなり受け入れてくれたけれど、明日話について行けなかったらやだなあ。そんなことで省くようなせせこましいやつはいないけれど、個人的に話が分からないのは嫌だ。
しかし、自分で持ちかけた相談事である。サボるわけにはいかない。柏木さんと何とかして話したいしね。
「えっと、何から話そうかな」私は逡巡した。何からでも、と真智先生は意気込んだ。「仲良くなりたい女の子がいるんです」
「うん、それは知ってる。ガン見してたもん。食い入るように」けど男の子かと思ってたけど女の子か、と頷く。
「そこまでではないと思うんですが…」うん、十分に一回くらいのペースだと思う。
「でも実際、私も気づいたし」
「むう。でも確かに、滅多なことでは見落とすはずの真智先生がそう思ったとなると、結構目立ってたのかも」
「うんうん、そうだよね…っておい!そんなことないよ!ちゃんとやってるよ!」
「じゃあ先生、今日漫画読んでた生徒がいたの、気付きましたか?」
「…えっ」真智先生は一瞬驚いた表情になってから、「嘘だよね、そうに決まってる」と繕うような笑顔で言った。
「自信ないんですか?」
「ある。かもしれない。ような気がする。みたいな気持ち」
「保険かけまくりですねえ。まあ、嘘なので問題ないですけど」
「嘘かい!」真智先生は結構ノリがいい。その代り、こっちが無反応だったりすると不貞腐れてくるので、面倒だったりする。「嘘でよかったあ…先生の沽券にかかわる問題だよー」
「え?股間?」
「突然の猥談!」
「ちょ、やだ先生。いきなり変なこと言わないでよ。お下品だなあ、もう」
「違う、私が言ったのは沽券!股間じゃ無くて沽券!それに小暮さん、いつもはお下品とか言わないじゃない!」
「まあ、私はお上品なので、お下品なことは言わないけれど」
「いつもはお上品じゃないでしょって!」
「真智先生はそうかもしれないけど」
「酷い!私だってお上品よ!」
「では、お上品トークをして見せてください」
「お、お上品トーク…?なんか新語が出てきたよ?私そんなん知らない…」
「え、出来ないんですかお上品トーク。じゃあ、お上品じゃないんじゃ」
「でぇーきぃーまぁーすぅー!」真智先生は意地になって言った。「このまえーフランス料理を食べに行ったんだけどー」
「はいはい」
「そこでーちょっとーえっとー…えっと…」
「えっと?」
「…できませんでした」
「お下品」
「酷い!」真智先生は絶叫してから、呼吸を整えた。「なんか、小暮さんの私の扱いが酷い…私の事嫌いなの…?」
「ごめんなさい。つい楽しくって」私はふふ、と笑った。真智先生もつられて少し笑った。真智先生のこういうところが好きだ。たぶん、私が話しにくいのを気取ってくれたんだろう。安心して話せるのは、こういうところがあるからかもしれない。
「それで、誰と仲良くなりたいの?」真智先生は微笑んで言った。
「あれ。知ってるんじゃないんですか?」
「いや、誰かの方をガン見してるなーとは思ってたけど、誰かはちょっと解らなくて。小暮さんの席、一番廊下側じゃん?だから、該当しそうな子が多くって」
「おー、なるほど」私は頷きながら、顔が赤くなるのを感じた。てっきり私が誰を見ているのかを知っているのかと思っていたから、これは想定外である。自分から言うのか。自分から、柏木さんと仲良くなりたい、って真智先生に言うのか。やばい、恥ずかしくなってきた。「えっと、ある女の子と」
「だめ、言いなさい」真智先生は教師然として言った。
「え、なんで?」
「誰と仲良くなりたいのかわからないと、協力できないでしょ?」真智先生は言ってから、あと個人的にも興味あるし、と付け加えた。
「え…でも、恥ずかしいし…」
「恥ずかしい子なの?」
「そんなわけあるか!」恥ずかしい子って何だよ。誰のことだよ。「恥ずかしい子じゃないです。ただ、自分が照れてしまうってだけで」
「じゃあ、言って?そうじゃないと、協力しようにもできないよ?」
「ぐう」私は唸ってから、観念したように言った。「笑わないでくださいよ?」
「何で笑うの?」心底不思議そうにする真智先生。
「いや、ちょっとタイプが全然違う子なので」
「そっか。笑わないよ、大丈夫。じゃあ、どうぞ」
「えっと、柏木さん、です…」私は尻すぼみになって言った。あー、言ってしまった。そりゃ、柏木さんと仲良くなりたいっていうのは恥ずかしいことでは無いけど、なんかこの歳になって誰かと仲良くなりたいって、何だよ。あー、くそ、注意されたのが真智先生じゃ無ければこんなことしなかったのに。自分で何とかしたか、諦めたかどちらかなのに。
まあ、できれば諦めたくないから真智先生に相談したんだけど。
「それはまた」真智先生は驚いたように言った。「柏木さんは難しいよー」
「え、知ってるんですか?」
「うんまあ。一年生の時に担任持ってたんだ」
「え、真智先生担任やってたことあるんですか?」
「そんなに意外…?」
「うん。非常に」
「ちょっと傷付いた」真智先生は悲しんだように言ってから、「それでまあ、柏木さん、いつも一人だからちょっと話しかけてみたんだ」
「あ、そうなんですね」真智先生ならやりそうなことだ。お節介、では無いけれど、優しさでやっているみたいだ。でも、柏木さんなら、反応は容易に想像ができる。
「そしたらね、柏木さん、開口一番謝ったの」
「え、何故に?」これはまた、違う方向からのアプローチだ。
「えっとね、その時言われたのが、『私が一人でいるから話しかけてくれたんですよね、心配かけてすみません、大丈夫なので仕事に戻ってもらえると嬉しいです』だって。なんか、気を遣ってるのかそれとも断り辛い雰囲気を出そうとしているのか解らないけど、難儀だなあ、って思った」うーむ、と難しい顔をして真智先生は言った。「そのあとも何回か話しかけてみたんだけどさ、なんか、のらりくらり交流を避けられるみたいな。何でだろう」
「でも、昨日少し話した時はそんな感じ…そんな感じ…したような」よくよく思い返してみると、かなり考えながら話していたような。そして、あまり喋りたがらなかった。端村さんが盛んに話しかけて、何とか返事していたけれど、自分から話すようなことはしなかった。って、ことは。「やめとこうかな…真智先生でも攻略できなかったんだから、私なんてもっと」
「諦めないの。というか、攻略って何」真智先生は怒ったように言った。「あのね、柏木さんはそう言うかもしれないけど、仲良くなりたいって言われて嫌な気分になる人なんていないから。たとえ一度嫌だと思っても、きっと応えてくれるって。なにより、小暮さんが諦めたら終わりでしょ?」
こういう時の真智先生は結構暑苦しい。いや、苦しくはない。普段のイメージと違うから、ちょっと狼狽えてしまうけど、だからこそ来るものがある。
もしも、私がここで柏木さんとの交流を諦めてしまったら、どうなるだろう。私は私で居場所があり、柏木さんには端村さんがいる。私が話しかけなければ、柏木さんは話しかけてくれないだろうし、その理由も考えられない。だから、柏木さんとは友達になれない。それで問題ないんだろう。問題ないけど、今からじゃ遅すぎる。こんな気持ちになる前ならまだしも、今から何も関われない状態になるなんて、多分後悔する。
そうだ。私が諦めたら、柏木さんと仲良くなることはできない。柏木さんが今後誰かと仲良くなることがあっても、それは少なくとも、私ではない。「そうですよね」私は頷いた。「私が諦めたら駄目ですよね。柏木さんと仲良くなれるよう、頑張ってみようと思います」
「うん!」真智先生は笑顔で言った。「小暮さんなら、きっと友達になれるよ!」
真智先生に見送られ、私は昇降口を出た。薄く雲がかかっている空は、赤の背景に白い絵の具を塗ったようだ。いつもの夕方より柔らかい印象を受けた。気持ちにも依るのかも。今日は真智先生ともいっぱい話せたし、協力してもらえることも決まった。何をどうすれば良いのか、具体的には解らないけれど、明日からの柏木さんとの会話を想像して、気が重くなると同時に心が弾んだ。誰かと仲良くなろうとするとき、こんな気持ちになるのは初めてだった。美紅ちゃん達と友達になるために頑張った時は緊張しっぱなしだったなあ。今はちょっと慣れてきたけど、なんか、申し訳ない気持ちだ。こんな状態で友達なんて言って、グループの子たちに失礼だろう。
明日からは柏木さんにもグループの子たちにも、真摯に真面目に接しよう。そう思った時だった。
「きっちゃん」校門のところに、見知った顔が立っていた。手を軽く挙げているが、笑顔はない。綾香だった。
「綾香。待っててくれたの?」私は駆け寄る。
「いや、部活で残ってて」綾香は独特の低温度で言った。
あれ、と気付く。綾香、部活なんてやってたっけ。確か、放課後毎日一緒に帰っていたと思うのだけれど、もしかするとどこかの部の幽霊部員だったりしたのかも。
「そっか」と変な詮索はせず、そうとだけ返した。「傘音は?」
「何で?」
「いや、仲良いから」少し語気を感じて、内心怯えながら言った。
「そう」綾香は言ってから、ふっ、と笑った。「別に、幼馴染だってだけだよ」
「そっか」
そこで、少しの沈黙が訪れる。やだなあ、この間。綾香はあんまり表情が変わらないから、どういう気持ちなのかよくわからないし、いやまあ、綾香は小さいので私との身長差のせいで見えないからそう思うのかもしれないけど、有体に言って怖い。
不意に、綾香は寄りかっていた壁から離れて、私に対面する。びくりとしたことは内緒である。「帰ろ?」と、綾香は手を差し出した。
「うん」私は手を取った。
しばらく手を繋いだまま歩いた。なんか、手を繋いでると落ち着かないけれど、私は何もせずに歩いた。
「本当は」綾香は口を開く。「本当は、きっちゃんのこと待ってた」
「そうなんだ」反応に困る。じゃあ、さっきの部活云々の話は嘘か。なんでそんなことをする必要があるのか。普通に待っていたと言ってくれても別に何も思わない、というか、普通に嬉しいのだが。とりあえず、「ありがとう」と笑ってごまかした。
真摯な態度は明日から、だもんね。
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