第4話 あの子との距離

 彼女、柏木佳純は私のことを見てはいない。私と話しているときも、違う方を見ている。具体的に言えば、河原美紅の方を見ている。元々佳純は私の目なんか見てなかったけど、最近は明らかに違う方を向いていることに気付いた。

 たぶん佳純はあの子と友達になりたいんだろうな、ってことは早々に分かった。だからどうという話では無いけれど、切なくなるのは何故だろう。ほかの友達が違う誰かと話していても、特段何も思わないけれど、佳純に関して言えば、気になって仕方がない。もしかしたら、彼女にとって私が特別では無くなるのが嫌なのかもしれない。なんて、馬鹿らしいことを考えたりして。

 思い上がりも甚だしいと思う。彼女にとって私が特別だなんて、誰が言ったわけでも無いのに、勝手に思ってる私は相当にやばいやつだと思う。昔はこんな奴じゃ無かったのに、思春期の間も特にそんなことなかったのに、高校になってまで何でこんなことに。

 佳純とは、一年から同じクラスだった。とはいえ、友達になったのは半年くらいたってからだ。ずいぶん遅いけれど、仕方ないと思う。入学して初めてのクラスで、自然と友達が増えて行った私とは対照的に佳純は常に一人でいた。クラスに一人はいるはぐれものみたいな位置づけだったし、目立たなかったから、存在すらも認識していたかどうか危うい。本人曰く毎日登校していたらしいけど、怪しいところだ。

 佳純のことを気にかけることになったのには、特に理由はない。入学して半年たって、疲れてきていたのか、私は友達付き合いに飽きていた。毎日毎日同じメンバーで同じように気怠く話をして、何が楽しいのか、わからなくなっていたのだ。そんな矢先に、クラスの端っこで静かに本を読んでる佳純を目撃して、それからだった。

 ことあるごとに彼女の動向が気になり始めた。見ていても特に友達がいるわけでもなさそうで、一人でぼーっとしていたり音楽を聞いていたり小説を読んでいたり。観察対象としてはまったくもってつまらないけれど、いいな、と思った。私も一人であんなふうに過ごせたら、どんなに楽しいだろう。友達と会話しなくて良く、自分のためだけに時間を使えたら、どれだけ楽だろうか、と羨ましく思った。

 だから、私は佳純に近付いて、友達になった。

 いや、簡単に一行で済ませたけど、佳純は基本的に態度が悪いし、心情の読めないところがあるから、仲良くなるまで結構かかった。目的もなく話しかけるのがどれほど辛いか、私は忘れていたのだ。まあでも、二人で出かけたり、弁当とか食べてるうちに打ち解けてくれた。二年になる頃には佳純の方から挨拶してくれるくらいには仲良くなれた。

 だからだろうか、今、こんな嫉妬めいた気持ちになっているのは。佳純を頑張って攻略したにもかかわらず、ちょっと話しただけの河原美紅に心を奪われているこの状況が腹立たしいのだろうか。

 「どーしたの?」努めて明るく、私は話しかける。先ほどまでその河原美紅と話していた佳純が、暇そうにしていたのを幸いに。

 「いや、何でも」佳純は不愛想にそう言ったが、何でも無いわけない。残念そうな表情をしていることが、傍から見ても解るくらいだ。

 しかも、この間にも河原美紅の方を見ている。

 私は嫉妬なんかしていないけれど、試しに言ってみた。「うっそだー、河原さんの方凝視してたし、あの輪に入りたかったりするんじゃない?」

 「そんなことないよ、さっきまで話してたから」佳純はようやくこちらを向いたと思うと、またすぐに河原美紅の方に目を戻した。

 「恋しくなっちゃった?」つい、口を突いた。正直なところ、訊いてみたくはあったのだが、本当に聞くつもりは無かったのだ。まあ、このくらい軽口で流してくれるだろうが、もう少し気の利いた冗談を言うつもりだったのに。

 「じゃなくて、いきなりすることが無くなって暇になったから、暇つぶししてたの」

 むきになって言う彼女を見て、私はまた切ない気分になった。


 放課後、佳純が珍しく早々に席を立った。いつもならしばらく船を漕いでから、はっとしたように起き上がって帰るのに、今日はどうしたのだろうか。

 視線の先にはいつも通り、河原美紅がいる。

 「なるほど」私は一人で納得した。もしかしたら、遊びに誘うのか?まあ、これから仲良くなろうとしているわけで、何もしない方がどうかしている。

 佳純が誘おうが誘わまいが、私には関係無い。そんな風に強がる暇もなかった。

 私は佳純の手を取って、河原美紅の方へ早足で近寄る。丁度出かける算段をしていた様子の彼女に呼びかけた。

 「あのさ、うちらもついてって良い?」

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