第3話 友達?

 私は彼女にとって、友人の一人でしかない。しかも、クラス内のグループの一員で、目立たないやつだ。だからまあ、普通のクラスメイトよりは親しく、普通の友人よりは他人、って感じかな。

 自分で言っておいてなんだけど、普通の友人って何だ。

 普通の友人。そういえば、私には幼馴染がいて、その子との関係は普通の友人関係と言えなくもない。しかしまあ、うーん。ある程度は親しいけれど、その子は男だし、思春期に入ってから少し距離を取られているような気がするし、どうも普通の友人というか、普通の幼馴染の関係かな、って感じだ。しかもそいつは、私を差し置いて先に恋人を作り、私への態度は変わらない、というもはや友人とも言えないやつだ。本当に、昔は馴染んでいただけのやつなのだ。幼いころは弟みたいで可愛かったそいつも、成長していつの間にか私の身長を追い越したと思うと、みるみるうちに疎遠になって行った。私としては、かつての関係を取り戻したいけれど、あいつにその気が無いので無理なのだろう。

 話が逸れたが、そういう観点で言うなら、彼女との関係は普通の友人と言えなくもない。親しくも仲が悪くもない、普通の友人。

 そもそも私は、彼女と二年で初めて知りあって、イケてそうな子だったから頑張って話しかけた結果、彼女を中心とするグループに入れたという、そんな微妙な立ち位置の人なのだ。頑張って話に入っていった時期はかなりの地獄だったけれど、今は逆に、会話の輪に入っていなければ不安を感じる。言い変えれば、会話していれば安心するのだ。だからまあ、友人といえば友人なのかな。目立たないのもそれほど親しくないのも、頑張らなければ友人関係になれなかったところを見ると、当たり前のことといえば当たり前なのかもしれない。

 だから、今日件の彼女に放課後遊びに誘われたのが意外だった。不意打ちと言ってもいいかも。何故私なのか、他の子じゃ駄目だったのか、訊けないまま学校外。

 「あ、なんかクレープ屋さんが出来たみたいだよ」はしゃぐように言う彼女の後ろで、少しばかり胃が重い私は少し考えてから返した。

 「できた、じゃなくてもうすぐ潰れるみたいだよ」少し感じ悪かったかな。言ってから気付いた。

 「ぐぇ」どんな気持ちの形容なのか、彼女はそんな呻きを発した。「マジかー。悲しいな、なんか」なんの思い入れもないけどね、と加えて、少し冷たく感じた私は意外に思った。

 「なんか、美紅ちゃんらしくないね」つい、口に出していった。

 「私らしい、か」彼女は反芻して、私は蒼褪める。

 「あ、ごめん、こう言われるの嫌いだった?」

 「いえいえ、むしろ学校では自分を作ってるきらいがあるからさ、なんか、きっちゃん、良く見てるね」褒められていると気付いて、安堵する。

 ところで、私の名前は公子だが、この名前が好きじゃなかった。どことなく古臭い気がして、受け付けない。だから、グループの子には「きっちゃん」とあだ名で呼んでもらっていた。

 「どもども」

 「そんなに見てるなんて、少し気持ち悪いね」さわやかに言う彼女。

 「酷いな。さすがに傷付く」

 「ごめんね」適当に彼女は謝った。このくらいなら、学校でいつもやってる会話だ。いや、気持ち悪いとまでは言われたことが無いけれど。

 「じゃあ、入ろうか」彼女は会話に一区切りつけ、目の前にある閉店寸前のクレープ屋へ入って行った。私もそれに続く。

 店内は結構広めだった。無駄に広い。席の数はそれ相応に多いけれど、潰れそうなだけあって、人の数もそれ相応に少なかった。壁にはこれでもか!というほど全品五十パーセントオフの張り紙がある。これが威圧感を出しているため、無性に居心地が悪い。折角店を広くしたくせに、これじゃあ意味がない。

 隣の彼女も同じことを思ったのか、くす、と笑った。

 「いらっしゃいませ、何名様ですか」愛想の良い店員が寄ってきて、笑いかけてきた。良い店だな、と手のひらを返した。

 「二人です」彼女が答える。

 「こちらへどうぞ」店員は私たちを席に案内するため歩きだした。

 案内されたのは二人席だった。うん、二人なのだから当たり前だけれど、率直に言って閑散としているのだから、もう少し広い席でも良かっただろうに。

 彼女は何も言わずに座る。スカートに皺が付かないよう、後ろに手を添えて、だ。

 まあ、彼女が文句がないのなら良いか。そう思い、私も同じようにした。

 「ご注文お決まりになりましたら、こちらのボタンを押してください」そう言い残して去って行った。

 「何にしようかー」彼女はメニューを広げながら言った。

 正直、何でも良かった。「美紅ちゃんと同じやつでいいや」

 「えー、それじゃあつまらないよ。別々のにしてさ、食べ合いっこしよ」

 「それもそうだね」

 私は従って、メニューを覗き込んだ。チョコとバナナはどこへ行ってもセットだな、とおかしくなる。それ以外には特にめぼしいものは無かった。どうもフルーツを推してるみたいだけど、そんなんどこにでもあるし、言ってしまえばこんな潰れかけの店にあるフルーツなんていつのものか分からないので、食べたくなかった。お腹を壊しそうで怖い。

 しかしかと言って、惣菜クレープなる変わり種を頼むわけにもいかないので、私は無難に、苺と生クリームのやつを選んだ。

 「それ私選ぼうとしてたのにー」彼女が不満そうに言う。

 「ごめん。じゃあ、別のにするね」私は慌てて言った。

 「冗談だよ。気を遣っちゃヤダ」

 「ごめん」

 「謝り過ぎだよ。友達にそんな畏まるものでも無いじゃない」

 「そうだね」

 やはり、人付き合いになれてる人だな、と思う。私にしてみれば友達とは精いっぱい接待する対象で、畏まるもので、気を遣わずに成り立つものじゃ無かった。まあ、確かに幼馴染には気を遣わずに話せたこともあったけれど、今は滅多なことを言える相手じゃない。昔からの関係なのに、なんでそんな腫物を触るような相手なのだろうと一時期は考えたけれど、本来他人である彼ら彼女らに対して無防備に会話すること自体が間違っていると、今は思う。その反動か、家族は居心地がいい。

 だから、彼女が言ったことはたぶん本心じゃない。接待をする相手であることを彼女は解ったうえで、先の発言があったのだろう。接待しやすくするために、相手をいい気分にさせ、無防備にさせ、自分が気を遣いやすくするために。

 「えっと、じゃあ、私はキウイのやつにする」ややあって、彼女はそれを指さした。

 

 その後特に何も無く、お互いのクレープを食べ合った後、街を練り歩き、彼女の方が塾の時間になったので、そのままお開きになった。何のために私を誘ったのか、その日は結局わからず終いだった。他の子じゃなくて、何故私だったのか、不思議だ。まあどうでもいいけどね、そんなこと。

 と、思っていた矢先、後日真相めいたものが解った。一週間後くらいの、ある日の五時間目が終わった、休憩時間のことだった。彼女を除いた四人で話していた時だ。

 正直言って、この四人で話していても、まあ盛り上がらないことは無いけど、安心できない。誰もかれもが慎重に、緊張しながら話している気配がする。私だけだとしても、私は少なくとも緊張しながら話しているわけで、だから、彼女の方をちらちらと見ていた。

 「この前、友達とクレープ屋さんに行ったんだけどね」そんな声が聞こえた来た。私と行ったあれか、とすぐに思い至った。

 会話の相手はクラスで目立たない、というか、クールで孤高という印象がある柏木さんだった。柏木さんと雑談なんてできるのは、彼女とあと一人、柏木さんの友達くらいしかいないだろう。

 凄いな、と思ったと同時に、なるほど、と思う。柏木さんと雑談するために、手近にいた私を誘ったのかもしれない。

 人気者も大変なんだな、と同情的な気持ちになった。


 だから放課後、再び遊びに誘われた時には何の疑問も抱かず、付き合ってあげようという気になった。何様だ、と訊かれれば、自分でもよくわからないが、友達だくらいは名乗って良いだろう。友達のために労をさけるくらいには、彼女に対して友達だ。

 「あのさ、うちらもついてって良い?」そんな声が不意に聞こえた。この時、後に訪れる緊張状態を想像することもできなかった自分を、蹴り飛ばしたい。

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