第9話 追記
あの日から、6年が過ぎた。
僕は23歳になって、この春に大学を卒業した。
就職は色々悩んで色々な人に相談した後、やっぱり島には行かなかった。
皆が、自分のしたいことをすればいい。と言った。お父さんもそう言うって分かっているだろう?とも言われた。
うん。分かっている。あの日の父を知っているからね。
「光、そろそろ始まるわよ」
母に呼ばれ、我に返った。
ネクタイはまだ慣れない。でも、今日くらいは我慢する。
仏壇に線香をあげて、簡単に拝む。
「安心して。簡単には失望はさせないから」
そう父に話しかける。
今日も空が高い。東京とは違う広い空を見上げ、僕は懐かしく思い出す。父に連れられてこの島を訪ねた子供時代を。
父を通じて知り合った大人たち。父が示してくれた物。父が残してくれた物。
「おう。久しぶりやな、光。なんやでかなったな」
久しぶりなのに相変わらずな石守さんが、車から顔を出して手を振った。
「久し振り。石守さんが車出すの?飲むのに」
僕が言うと
「帰りは頼むわ」
そう軽く言われ、そう言う人だった…と懐かしく思い出した。
免許を取ってからまだ数回しか運転していないのに、良いのかな?
僕らは揃って父さんの古民家カフェに向かった。あの日のオープンから、毎年の観光シーズンは常に観光客で賑わっている。ネットのサイトでも高得点の口コミを貰っている。そして、普段は、地元の若者のデートコースにもなっている。
父さんの読み通りだ。
でも、今日は身内しかいない。貸切だ。
食堂の方を切り盛りする地元のおばあちゃんたちは入れ替わりは激しいけど、誰もがみな同じように、働き者で暖かくて頼りたくなる包容力を持っている。逝ってしまった人を大袈裟に悲しんだりしない。
だけど、父の最期だけは違った。
6年前の秋にopenした父の店は、春を迎える直前にオーナーを失った。
春の料理を楽しみにしていた父は、あの賑わいを知らない。
父が手配を済ませていた通りに、僕の家の持ち山に、お客さんたちを連れて山菜を採りに行った。それが父の49日法要になった。
父に、「僕の子供の頃のような気取らない形で」と頼まれていた祖母が仕切って、無骨なおにぎりと、おばあちゃんたちのお惣菜のお弁当。子供達はダムの周りで食べて、遊んだ。父の子供の頃恒例のピクニックだった。忙しかった祖父も、この日はちゃんと家族のために率先して動いたらしい。
僕にも、お客さんの子供たちにも、それを体験させて。父はそう言ったらしい。僕はもう、出来ないから…と。
父の脳には腫瘍があって、あの頃にはもう手の施しようがなくなっていて。最期の時を島で過ごすか東京で過ごすか決断するためあの夏島で過ごした。
そして父は全部を選んだ。あの数ヶ月で、今までぼんやりとやり過ごしてきたことを全て叶えた。
親友と過ごし、家族と過ごし、僕に沢山の物を示してくれた。
僕は何も知らず。母以外に誰にも知らせず。
ある日、父は倒れ、そのまま目を覚まさなかった。満足そうに微笑んで逝った。
僕たちは山で、父を悼んだ。石守さんは号泣して天に向かってshoutし、日本酒を煽っていた。
「お前にもう一個言うて無いことがあるんや。俺がヴァイオリンでもピアノでも伸び悩んで、才能の限界を感じてた時、お前に言われた言葉に救われてん。悔しいから言わへんかったけど。徹ちゃんの声は楽器みたいだね言うて、お前、覚えてへんやろ。俺はそれで。せや、俺は楽器の代わりに歌うたる!思うて。それで、今の俺がいるねん」
あんな酔った石守さんを見たら父は驚いたんじゃないかな。
母は岸川さんと協力してお店を守っていくと約束した。シネマタイムで公開される映画が、少し遅れて父のお店で上映される。小さな唯一の支店だ。
守口さんは、父に頼まれていた『DIANA』と『光降り注ぐ夜』を持って来てくれた。
夜、山菜料理を食べながら皆で鑑賞した。
暗がりで、母は初めて泣いていたし、祖母はおばあさんたちと厨房から出て来なかった。
一周忌も三回忌も父の店で『〜Tonyの詩〜』を上映し、また沢山の人が見にきた。
そう。『〜Tonyの詩〜』はヒットした。世界中で上映された。わざわざ島に足を運ぶ海外からのファンもいた。そういう人たちは必ず父の店に寄り、父の墓参りもして行った。きっと父が一番驚いているだろうな。
それだけじゃない。どこから火が付いたのか分からないけれど、『光降り注ぐ夜』が口コミでじわじわと人気をあげ、再上映された。それもシアタータイムだけじゃなく、あちこちのシネコンで。「ヒカヨル」なんて俗称で呼ばれ、そのセンスはどうかな?って僕は思ったけど、守口さんがわざわざ父の墓前に報告しに来て、お酒を飲みながら話し込んでいた。
シアタータイムは結局身売りした。Tシネマに。守口さん以下スタッフ全員をそのままシアタータイム担当で残し、ラインナップも今まで通り自由に出来、Tシネマのミニシアター部門となった。担当は津田さんだった。『Tonyの詩』を例に出し、ミニシアターの可能性を上層部に訴えてくれたらしい。
「君の惚れたシアタータイムを終わらせないと約束してくれって言われたよ。良い上司持ったな…」
それを見ていたら、父の人生って、なんだかズルいくらい格好良く思えた。
そして、今日は父の七回忌。父が死んでから6年が経った。
今日も『〜Tonyの詩〜』が上映される。
父の好きだった料理が出され、お酒を酌み交わす。僕ももう飲めるしね。少なくとも、父よりは飲める口。
最後はいつも石守さんが歌う。相変わらず筋の通ったheavy metalだ。
うるさいだけだと思っていたけど。最近なんだか安らぐ。
「俺の歌が分かるようになったら大人になった証拠やで」
って言うけど、そんな話聞いたことない。
うん。でも、嫌いじゃないよ。
時々無性に心の中を掻き立てて、頭の中で繰り返す石守さんのshoutが、僕のそばにいて勇気をくれる。きっと、父や祖父を含めたたくさんの過去を込めて叫ぶんだ。どこに行くときも、何をするときも、その歌を聞いていれば怖く無い。凄く、心強い。
僕は、heavy metalにハマっているのかも知れないね。
僕がヘヴィメタルにはまるまで 月島 @bloom
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