第8話 そしてheavy metal

『〜Tonyの詩〜』ワールドプレミアと銘打ち、その日を迎えた。

 車がないと移動がままならない島だ。廃田は整備し駐車場となっている。

 壁をぶち抜いて内装され広くなった嘗ての納屋に並べられた椅子は50席ほど。一部二部に分かれて上映会は行われ、一部の人は映画を見てから隣の古民家カフェで料理部門の料理コンテストの試食と審査を。二部の人はカフェ部門の試食と審査をした後に映画を見てもらう。

 そして皆が揃って審査発表。

「こういう秘策とはね…やられたよ」

 一部の上映を見終わったシアタータイムの面々が、カフェに移動するために僕の横を通り抜けながら声をかけていく。

「Tonyの訪れた島で…と聞いたときはそれも良いだろうと思ったぐらいだったけど、まさか、こんなイベントを考えていたとはね」

「やっぱり大手から来たやつは発想も大きいや」

 僕は苦笑いするしかない。

 皆と、分かち合いたかったんだ。Tonyを愛する人や、映画を愛する人や、音楽を愛する人や、島を愛する人や。

 僕の好きなものを全部ひっくるめて、楽しみたかったんだ。それは後から気がついたことだけど。僕は欲張りだったのかもしれない。節操なく。

 聖子は黙って僕の肩に手をおいて、にっこり頷いた。僕も頷き返す。

 光は彼女に続かず、座ったままだ。

「光、お前も食べてきて良いんだぞ?」

 そっと声をかけると、

「今は良い。もう一回見ても良い?」

「そうか?もちろん良いけど」

 そう答えているところで後ろから肩を叩かれた。

「やったな」

 Tシネの津田さんだった。

「遠い所をわざわざありがとうございます」

「いやいや、東京試写を待ちきれなかっただけだから。想像以上の出来だぞ。やられたよ。今更惜しいことしたって思うけど、流石シアタータイムさんとも思うよ」

 気持ちの良い笑顔だ。

「津田さんのお陰です。思い切って相談して良かった…」

 よせよ…と笑い

「お前に見限られたかと思っていたけど、頼って貰える位には上司として何かを残せていたみたいでホッとした」

 そう言い残し去って行った。その背中に頭をさげた。

 この人が上司で良かったな…と心から思った。言われたことしかしてこなかったようで、色々なことが実は身についていたんだな…

 人の流れに続いてカフェに移動し、忙しく指示を出すyellowtableの森元店長に目で挨拶する。

 彼の指南を受けて、料理学校を経て島に帰ってきた青年、店長候補の三嶋君は頼もしくなってきた。

「悪いけど、何かテイクアウト用にしてくれる?」

 僕のイレギュラーな要求に、ちょっと考えを廻らせ、

「パンケーキのサンドイッチ風で良いですか?」

 そう答える顔は自信に満ちている。

「頼む。悪いね」

 僕の返事を聞きながら、すでに作業に入っている。

 森元さんに感謝だな…

 彼はそれを2セット作ってくれた。

「お忙しいでしょうけど、合間に食べてください」

 しばし彼を見つめ、感動した。

 僕が始めたイベントだけど、他の皆の熱意を感じる。ほんの少しでも君らの道が開く手伝いが出来たかな?Tonyみたいに。そうだとしたら、嬉しい。

 客席の隅で、入れ替えを待って座っている光の横に座り、パンケーキのサンドイッチを無言で手渡す。

「何?」という顔で受け取り、包みを開けて僕の方を見ると

「ありがとう」

 という形に口を動かしかぶりついた。それを横で感じながら、同じように包みを開けてかぶりつく。パンケーキは甘くなく、挟んだスパイシーでボリューミーなサラダに良く合っている。

 美味いな。カフェのメニューに入るのかな。

 二つ目はくるみの香ばしさが効いている。こちらも美味しい。女子が好きそうだ。

 食べ終わって、席を立つ。

「カフェの方にいるから、後で来いよ?」

 小声でそう伝えると、光は素直に頷いた。

 賑わっているカフェで、聖子は津田さんと談笑していた。彼女にとっても嘗ての上司だ。

 石守はバンドの仲間たちと端で飲んでいる。二人は話をしたのだろうか…僕は複雑な気持ちでそれぞれを見つめた。


 会場は熱気にあふれている。

 僕は市長に挨拶し、岸川さんにお礼を言い、川藤さん、八田さん、東川社長と挨拶を交わし、今後働いてもらう地元の面々に紹介をされ、心地よい忙しさに感動していた。高校の文化祭や体育祭の前夜の準備みたいだ。

 本気で音楽をやっている人と、本気で料理の世界で生きている人と、本気で映画を愛している人と。そんな彼らの生きる道に、ほんの少しでも良いから関わりたいと思っている僕がいる。そんな僕を手伝ってくれる人たちがいる。

 二度目の上映が終わり、人々はカフェの方に集まっている。既に試食は終わり、投票も終わり、集計と発表を待っている。

 会場には、Tonyが今までに出したアルバムと、映画のサントラがエンドレスに繰り返され流れている。

 空には満天の星。都会じゃ見られない、夜空一面に細かい星屑が煌めいている。この星空は誰の物でもないけれど、少なくとも、見上げているこの瞬間は見ている人だけのものだ。

 星が降り注ぐ…きっとこの感動は僕よりもっと感性が鋭くて、文学的才能のある歴代の人たちが比喩し、謡い、伝えてきているだろう。だから下手なことを言うのはやめよう。感動は言葉を紡ぐだけじゃ表現しきれないのだと思う。だから石守は叫ぶのだ。周囲の気持ちも高揚する。

 心地よい調べが流れる中、石守のバンドのドラムのカウントが始まった瞬間、気持ちが鷲掴みにされる。歪んだギターの尖った音が心にねじ込まれて、取り繕った心のあちこちの綻びを引っ掛け引きずり上げる。心の平穏をそこから突き上げるように揺らがせるベース。そして低音から高音に、ひたすら登っていく石守のshout。気持ちが膨らみ世界中に飛び散る。そして僕らは、その叫びに惹かれるのだ。僕らの想いも一緒に、世界中に飛び散る。

 石守が聞いたら、何ごちゃごちゃ言うとるんや。ただ楽しんだらええんちゃうん。って言うだろうか。でもあいつがなんと言おうと、あいつ流に言うと、「関係あらへん」。僕がそう感じて惹かれているんだ。石守のshoutに。

 体が勝手に動く。首を振りたくなる。 手を振り上げたくなる。

 誰にだって、叫びたいことがある。意味なんてなくても良い。ただ大声で叫んでスッキリしたいこと、あるだろう?

 引きずらずにスッキリして最後まで生きていたいから。だから僕は惹かれたんだ。heavy metalに。


 聖子を目で追うと、光を見つけて話しかけている。僕の方を見たので、僕もそちらに向かう。

「何か飲む?」

 と聞かれ頷くと、僕と光を残して厨房に向かった。二人で話せということか?

「どうだった?」

 僕が聞くと、

「うん…」

 と曖昧な返事を返してきた。

 そんな息子を見つめしばらく待つ。

「随分凄い人と知り合いなんだな」

 そう言った。

「最初から凄かった訳じゃないよ。そりゃあ歌はうまかったけど。普通の少年だったんだ」

「普通じゃないよ。あの声」

「まあね」

 Tonyが褒められるのは嬉しいけど、今彼が言いたいのはそういうことじゃないはずだ。

「他の人も、天才ばっかりだよ」

 う〜んと僕は唸る。

「それはどうかな」

 確かに天才的な音楽家たちではある。

「彼らは才能があるのは確かだけど。とんでもない努力を、練習をして来ているんだぞ」

「そりゃあそうだけど、才能があるから努力のしがいもあるんでしょ」

 そうだけど、そうじゃない。

「好きなことにひたすら努力できる才能があるのかもな」

 光はちょっと眉を顰め、考えてから何それ…と言った。

「あんな風にひたむきにヴァイオリンに打ち込めないよ。僕は」

 俯いたまま話し出す。

「ヴァイオリンは好きだけど…」

「好きなら、自分の温度で努力すれば良いんじゃないか?」

「才能無かったら無駄じゃん」

 光はいつもより幼い表情をする。いつもの心の外壁が緩んでいるみたいだ。

「若い内にすることに無駄なんてないさ」

 何で。って顔。

「僕も今回のイベントをやってみて分かったんだけどな。今だから出来たんだよ。だけど、それは過去にやっていたことが全部繋がって今になっているんだ。色々なものが繋がって今、なんだよ。お前が今やっている事は何もかも、この先の自分に関わってくる。何が良い方向に関わって、何が悪い方向に関わってくるかは、その時にならないと分からないけど、色々な事をしたり、何か1つに打ち込んだり、何でも良いんだ。絶対将来の助けになるから」

 考えながら話している訳じゃない。ただ、急にそんな風に思えてきた。

「光のお爺ちゃんにいつも無理矢理あれこれやらされていて、Tonyと知り合ったのもそう。多分お爺ちゃんは、いつか僕の糧になる…と思って色々な事を僕にさせたんだと思う。…って今更気がついたから僕は光に何もさせてあげてないな。ごめんな」

 そう言うと、

「今日のコレは、 なかなか凄い経験だと思うよ」

 光が珍しく笑った。

「父さんの子だから、俺も焦らず行くことにする」

 そう言ってから、お腹空いた。と言って、カフェの方に行ってしまった。

「どう?」

 入れ替わりに戻ってきた聖子がグラスを渡してくれた。

「アイスティーだけど。酔う訳にいかないでしょ?」

「うん。ありがとう」

 いつもの聖子だ。

「あの子、すごく入り込んでいたから」

 心配そうな、母親の顔だ。

「話に入り込むのは母親譲りだろうな」

 僕が言うと、目を丸くする。

「私が入り込んじゃうの、知ってた?」

 そりゃあね。何年一緒にいると思っているんだろう。

「あいつは大丈夫だよ」

 感動する心を持っている。そう言うと、驚いた顔をした後、

「…うん…」

 少女のような顔で微笑んだ。こんな表情を見るのは久しぶりだ。

 今日は皆どうしたんだ?

「オーナー!」

 森元さんに呼ばれて我にかえる。そろそろイベントはクライマックスだ。

 投票の集計が終わり、表彰式が始まる。僕が賞金目録を渡す役だ。総評は川藤さんがしてくれるので気は楽だ。

「僕が渡すのは、賞金だけじゃない。島の食材を使った新しい料理を産み出した貢献への感謝と、島に新しい産業を生み出す一員としての信頼。君たちは今日から、島の仲間です。島の人間は外から来た人を旅のもんと呼び、島出身者を島のもんと呼びます。君たちはもう旅のもんではない。だから、そのつもりで」

 賞金を渡して簡単な挨拶をし、後を川藤さんに丸投げして僕はその場を離れ、このあと始まるライブの準備に移る。

 日本に。しかもこんな田舎の島に。海外からこんな様々なジャンルの音楽家が集まり、それぞれの曲を奏でるなんて本当に奇跡だと思う。

 音楽は、ひたすらに澄んだ星空に溶け込みながら心に染み入ってくる。

 目に見えないけれど、信頼できる。神のようだけれど、音楽は確かにここにあるとわかる。そう言ったのは誰だったかな?確か有名なピアニストだ。

 美しく酔いしれた後に聞く石守の歌は、強烈に異質だ。だけど、誰の歌よりもTonyを切望し、崇拝し、悼んでいるのがストレートに伝わってくる。それが凄く心地良かった。

 こんなにheavy metalを心地よく聞ける自分が、本当に意外だ。

 目を彷徨わせ聖子を探した。彼女は光と一緒に会場にいたけれど、僕を見ていた。目が合うと、小さく微笑んだ。彼女が微笑んでくれたなら、このイベントは成功だ。


 翌日は、市のホールで上映会とライブがある。昔、父が『風が吹くとき』を上映したホールで、Tonyが歌ったのもここだ。

 昨日は招待客と抽選に当たった人対象だったが、今日のライブ付き上映会は席を販売した。1352席の内、関係者席を除いた席がほぼ完売した。

 島の外からたくさんの人が来てくれた。それだけで妙に嬉しかった。


 一時的かもしれない。でも一時的にでも島が活性化したら、その余波は時間をかけて次の何かに繋がっていくと思う。勿論簡単に終わらせるつもりはない。僕が動ける内は。引き継いでくれる人たちがいる内は。


 開場する前に、僕は久しぶりにステージに立ってみた。

 子供の頃は、この会場が凄く大きく感じられたけど、大人になって、東京で色々な舞台を見たせいか凄く小さく感じる。

 古くて無骨だけど、思い出深い場所。


 Hey, what are you waiting for?

 If you're waiting, does anything change?

 I'll soon begin to walk.

 Please follow me.

 I'd like to talk with you about a wonderful thing and a regrettable thing.

 It's you yourself that now can be changed.


 口ずさんでみる。

「やっと来たね」

 Tonyが言った気がした。

「随分待たせたね」

 そう応えた。


 あの日…

「僕たちはどんな大人になるかな?また何処かで会えるかな?」

 はにかみ屋で人懐っこいTonyは僕に聞いていた。

 もうすぐアメリカ人になる。それがどういうことなのか、僕にはぼんやりとしか分からなかったけど、簡単な事ではないはずだ。彼はロシアに帰るのを不安がっていた。

「きっとワクワクすることがたくさん待ってるよ。それにその歌があれば、君はどこに行っても大丈夫」

 僕はそう言った。

「うん。頑張る。せっかくアメリカに行くんだもん。 何があっても、僕のためにアメリカに帰化するって決めた両親に感謝しているし、どんな人生を送ってどんな最期を迎えても、幸せだった…って言うんだ」

 例え若くして事故死しても…

「真も、ちゃんと楽しい人生を送って。いつかまた会う時にたくさん話を聞かせて」

 うん。やっと話せることができたよ。

「離れていても、一緒に進んでいこう。僕が一歩先を歩いて行くから」

 うん。分かっている。だから怖くないよ…



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