香織

「俺に構わず先に行け!」

 いっくんが突然そんなことを言った。わけも分からず、あたしは首を傾げた。

「でも、いっくん……」

 このままじゃ二人とも。だから、あたしだけでも先に行く方がいいのかもしれない。でも……。

「いいから!必ず、追い付く。だから……」

 あたしが迷っていると強い口調でそう言われた。うん、いっくんがそう言うならあたし、信じるよ。

「分かった……。約束、だからね?」

 それだけ言って、あたしはいっくんの部屋を出た。


「ごめんね、香織ちゃん。さっき私が起こしに行ったときはちゃんと起きたんだけど、二度寝しちゃってたみたいで」

 玄関で靴を履いてると、いっくんのお母さんが申し訳なさそうに話しかけてきた。

「いえ、その、大丈夫です」

「あの子には後で私からしっかりと言っておくから。時間、ギリギリになっちゃったよね?本当、ごめんなさいね」

「は、はい……」

 深々と頭を下げられて、あたしは反応に困ってしまった。大人の人にこんな風に謝られることなんて今までなかったし……。

「あ、お話してる場合じゃないわよね。行ってらっしゃい」

「はい、行ってきます」

 最後は笑顔で言ってくれたおばさんに挨拶を返すと、あたしは学校に向かった。


 この前、いっくんが風邪で休んだときもそうだったけど、一人で行く学校は何だか寂しかった。でも、今日は、ちゃんと後から追い付いてきてくれるんだよね?

 あたしはいっくんの言葉を信じて少し早足で学校に行った。

 けれど、追い付くって言ったのに、いっくんは遅刻して、先生に怒られていた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る