7 恥辱
リューンという男は、まるで夢のような話をしている。
いや、それは本当に、ただの夢なのか。
ただの理想を話しているわけではない。現実的に、実現可能なものとして、リューンは話を続けている。
「ただこれだと、リューン軍という名前はまずいな。俺は後ろにひいたほうがいい。『まだ』王家の権威もそれなりに使えるだろうから、レクセリア軍あたりにするか……しかし、レクセリアって名前を押し出しすぎると、今度はレクセリアが王位を狙っていると思われて厄介か……」
リューンは、ただの傭兵あがりのごろつきなどではないと、ネスヴィールは完全に考えを改めていた。
この男には、きちんと周囲のものが見えている。
否、下手な貴族よりもよほど、情勢を見る目は的確だ。
やはり、理想家では傭兵などつとまらない、ということだろう。リューンは理想家どころか、きわめて現実的に物事を見ることに慣れているらしい。
「これは……参ったな」
ネスヴィールは、正直に言った。
「リューン殿……貴殿はとんでもないことを言っている。とんでもないことなのだが……貴殿の言うことを聞いていると、なんだか、その……『本当に実現が可能』なようにも思える」
それを聞いて、リューンが笑った。
「そりゃそうだ。こっちは、リューン軍の奴らを喰わせて行かなきゃならねえし、どのみちアルヴェイアって国もどうにかしなきゃいけねえ。それに、出来ればグラワリアもな。俺は一応、グラワリア王ってことにもなっている」
この男なら、と一瞬、眩暈に似たものを感じた。
このリューンという男なら……なにか、とてつもないことを本当にやり遂げてしまうのではないか。
ネスヴィールは、青玉宮で何人もの大貴族を見ており、個人的にも彼らをよく知っている。
大諸侯などはみな当然のことながら、政事にかけては老練な手管を持っている。たえどはセムロス伯などはその筆頭だろう。
だが、そんなセムロス伯でさえ、ネヴィォンからセヴァスティス将軍を招聘してあげくに虐殺をおこし、民心を離れさせるような愚行を行ってしまう。
これは、セムロス伯に軍事の経験が浅いのもあるがやはり本質的な意味で民の心がわかっていない証拠かもしれない。
セムロス伯は領内の民には人気が高い。その善政はネスヴィールも知っている。
だが、所詮は「領主と領民」という立場であり、つまりセムロス伯は上からしか民をみていない。
リューンは違う。
彼は流れ者の傭兵であり、民の実際の暮らしも知っている。
理想どころか、ほとんど身体感覚として一般民衆がなにを考え、どう動くかを理解している。さらには戦場の現実も当然、よくわかっているだろう。
さらにいえばレクセリアを、アルヴェイア国王の王妹を妻にしている。
とても今までの常識では、リューンのような男が存在すること自体、ありえないことだった。さらには彼には、ウォーザ神という神性の加護もあるらしい。
青と銀の瞳。ウォーザの目。
レクセリアと、二人そろって異形の目を持つリューンを見ていると、確かにただの人間とは思われない。
だがネスヴィールは、勝手にリューンたちを受け入れることはできないのだ。
彼はあくまで、ネス伯領を一時的に預かっている身に過ぎない。本来の領主は双子の兄であるネスファーなのだ……。
「貴殿らの話はなかなかに興味深いものであった。しかしながら……正直に言って、私は貴殿らに与することはできない」
「なるほど」
いままで無言だったレクセリアが、低い声で言った。
「ネスヴィール卿。あなたの立場もわかります。あなたは、あくまでネス伯領を一時的に預かる身……ネスファーの意志も確認せずに、勝手はできないというわけですか」
「ええ」
ネスヴィールは、自嘲めいた笑みを浮かべた。
「そういうことです。私は、あくまでも影のようなもの。私は……」
「いつまで、影を続けるつもりですか?」
レクセリアの言葉は痛烈にネスヴィールの胸に響いた。あくまでも穏やかな声であっただけに、それはよりいっそう、ネスヴィールには堪えたのだった。
「影には影の役割がございます。影は自らの意志を持ってはならない。影は……」
「くだらねえ」
リューンが、あきれたように言った。
「くだらねえよ、ネスヴィール。あんたがそれでいいんなら結構だがな。さっきからあんたの目は言っているぜ。本当は、もういい加減、兄貴の影なんてまっぴらだって。やりたいことを自分でもやりたいって。でも、あんたはびびってるよな。それで大失敗したら、あんたは反逆者扱いされるかもしれない。領民がついてくるかも自信がない。だから、あんたは『自分は兄貴の影に過ぎないって言い訳をしている』」
頬が怒りにかっと熱くなるのを感じた。
「リューン殿。いささか、言葉がすぎるようだな。私は……」
「面倒なことは兄貴のせいにして、自分じゃなに一つ決められない臆病者だ」
正面から顔面をはたかれたような衝撃を感じた。
なんという無礼者だ。本当であれば、この場で叩ききってもいいくらいだが……すぐに、それは無理だと気づいた。
体が、動かない。
まるで、北の草原に住む獅子にでも睨まれているかのようだ。
青と銀のリューンの瞳は、野生の誇り高い獣のように輝いている。
もし、下手な敵意を発すれば、即座に自分のほうが斬り殺されるだろうことをネスヴィールは直感していた。
「斬りはしねえよ」
また心を読むのか、このリューンという男は。
「あんたには斬る価値もねえ。ネス伯領の領民も、可哀相にな。こんな肝っ玉のちっちゃい野郎のおかげで、これからもみんな苦労するぞ。またグラワリアの奴らが領地を荒らしにくるかもしれねえ。それにエルナス公派の奴らが略奪にきたらあんた、どうやって領民を守るつもりだ」
「それは」
そこまで言って、ネスヴィールは恥辱に歯がみした。
兵がいない。民を守ることはできない。
自分にはネス伯の弟、ということ意外に……なんの力もないのだと突然、思い知らされた。
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