6  明日

「あんた、自分じゃ冷静なつもりかもしれないが、目は口ほどにものを言うってな。あんたの心の言葉は、みんな目を通して顔に出てるぜ」


 まさか、あの青と銀の瞳は人の心を読む力でも備えているのだろうかと、いささか恐ろしくなった。


「本当は、うんざりしてるんだろ。ある意味じゃあ……あんたも、流民たちと同じだ」


「なんだとっ」


 普段は冷静なネスヴィールも、さすがに激発しかけたが、リューンの言葉を聞いた途端、背筋に冷たいものを感じた。


「あんたにも……明日が見えてないからな」


 なにか言おうとしたが、とっさに言葉が出てこなかった。

 なるほど、確かに自分には、ネス伯領の明日が見えない。というよりも、どうしていいかさえ、本当のところはわからない。

 領内は荒れ果て、治安を回復したくとも、兵士がいない。

 さらには今度は、嵐の王にしてグラワリア王位を継いだというわけのわからない男がレクセリア王女を妻にして領内にいきなり現れた。

 正直、自分の対処能力の限界を超えている、と思う。


「明日が……見えていない、か」


 ネスヴィールは、どこか自嘲めいた笑みを浮かべた。


「ならば……リューン殿、貴殿にはこれからのアルヴェイアが見えるとでもいうのかな」


「俺は予言者じゃねえし、神々から託宣をうけたってわけでもねえ。それでも……わかることはある」


 リューンの目が、再び細められた。


「さっきも言ったように……このままじゃあ、三王国とも内乱を繰り返して、いずればらばらになる。そうなれば、畑で作物をつくれずに商人が街を移動することも出来なくなる。さらにいえば、辺境にいた魔獣どもやアルグ猿どもが大手をふっていままで人の住んでいた街で暴れるようになるかもしれない……」


 大げさだ、とは言えなかった。

 すでに、ネス伯領自体が、それに近い状況になりかけているという事実がある。


「下手すりゃ、アルヴェイアもグラワリアもネヴィオンも、国ごとなくなっちまうぞ」


 リューンの言葉は、もはや無責任な流れ者の戯れ言には聞こえなくなっていた。


「確かにそうなるかもしれない……明日が見えない……では、リューン殿、貴殿はどうすればいいと思う?」


「簡単なこった」


 リューンが、ふと子供みたいな、無邪気で人好きのする笑みを見せた。


「みんなにきっちり、『明日』ってもんを見せてやればいい。明日が信じられるっこてとを教えてやればいい。でも、そいつは口で言っても駄目だ」


「ならばどうする?」


 ネスヴィールは、いつしか卓上に身を乗り出していた。


「このような状況で、なにが出来る?」


「まず、治安だ。なんといっても平和でなければ畑も安心して耕せねえし、商人だってやってこない。そして治安を保つには、兵士がいる」


 リューンはごく当たり前のことを言っている。さして独創的でも奇抜でもない。

 だが、実のところ、夢のような空論ではなくいまのような非常時にはそうした「ごく当たり前のことが大事」なのだと、統治者としてネスヴィールは知っていた。


「しかしどうやって兵士を? まさか貴殿のリューン軍、百人でどうにかなるとでも思っているのか?」


「無理……とはいわねえが、さっきみたいに外から侵攻されるとちっと面倒だな」


 だが、考えてみればリューン軍はわずか百人で、十数倍の敵を撃退したのだ。少なくともリューンという男の軍事的才能は、本物だろう。


「でも、俺たちを『世直しの軍隊』と聞きつけてやってきた、ろくでもねえ連中が八百人ばかりいる。兵士には、こいつらを使えばいい」


「ごろつきを?」


 これにはネスヴィールも眉をひそめた。


「しかしあのような者たちが兵士として役に立つとは……」


「今のままじゃあ無理だ。だが、鍛えれば使い物になる奴はいるだろ。まあ、五百も残ればいい」


 五百の兵が、手に入るとなれば、確かにネスヴィールにとってはありがたい話ではある。


「ただし、食い物やなんかは、そっちで出してもらいたい。それとも、ネス伯領は五百の兵も維持できないほどやばいことになってるのか?」


「いや……五百程度なら、なんとかなるが……」


 いつのまにか、話がおかしなことになっている。

 リューンはいわゆる能弁というのではないが、気がつくとつい相手を話に引き込むような、不思議な話術を持っていた。


「ごろつきどもを兵にするのはいいとしよう。しかし……」


「そんなことをすればまわりの領主から笑われるか?」


 やはり、リューンにはこちらの心が読めるのではないかとネスヴィールは本気で疑いを抱いた。


「なに。心配することはねえ。これはな……言ってみれば、『レクセリア殿下による世直しの軍』だってことにすればいい」


 あっと声をあげそうになった。

 そこでレクセリアの……国王の王妹の権威を、利用するというのか。


「だとすれば、名分はたつだろ。馬鹿な領主どもが、国王派とエルナス公派に分かれて喧嘩してる。それを憂えたレクセリア殿下が、自分で軍を集めて、民を直接、統治するという『形』をつくる」


「だが、そんなことをすれば……エルナス公派も、国王派も黙っているわけがない」


「まあ、そりゃそうだ。だが、俺の見たところ、この内戦はそう簡単にはおさまらない。このネスはアルヴェイアでも北のはじっこにあるから、連中としては地理的には大した重要度はない。両方とも、ネスの隅っこでなにかやらかしてる連中にいちいち、ちょっかいを出している暇はないだろう? その間に、力を蓄えればいい」


 一体、このリューンという男はなにを考えているのだ? 危険だと思いながらも、つい聞き入っている自分にネスヴィールはなかば恐怖していた。


「レクセリア殿下の名のもとに流民たちを集めて兵士に鍛え上げる。逃散農民には荒れてるネス伯領のなかの土地を与えて、作物をつくらせる。そうやっていれば、いずれ近隣の領主も色気を出してくるかもしれねえ。なにしろこっちには『レクセリア殿下』っていう綺麗な旗印があるんだからな。誰も文句はつけられねえだろ。そうやってすり寄ってくる領主はいざとなりゃ切り捨てればいい。その間に、北アルヴェイアにそれなりの勢力をつくりあげれば……国王派とエルナス公派の内戦にうんざりした連中がこぞってやってくるかもしれねえぞ」

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