4  誘い

「しかしながら、私をおだててもなにもでません。私としては……そろそろ、あなたがたの処遇をどうするか、決めたいのですが」


 いよいよ話は核心に近づいてきた。


「処遇ね……ネスヴィール、あんたは俺たちをどうしたい?」


「正直に申し上げて」


 ネスヴィールは笑った。


「とても、困っています。言ってみれば、あなたたちは『価値のありすぎる宝物』のようなものです。グラワリア諸侯は、リューン殿、あなたの命と玉璽を狙っている。そしてレクセリア殿下は、国王陛下の王妹……その価値ははかりしれない。しかしながら、お二人とも私の手には余る。兄がいれば、なにか面白いことを思いつくかもしれませんがね、私は凡人です。兄とは違う」


「そうやって、あんたのいう……『凡人を演じていて』愉しいか?」


 リューンの言葉に、ネスヴィールの顔色が変わった。


「なにを仰せになるかと思えば! 私は兄とは違う! 兄は私と違って、人をひきつける力のようなものがある。兄が光なら、私は影。いままでそうやって二人でうまく、役割を分担して……」


「それでいいのか?」


 今度はネスヴィールの顔が、蝋のように白くなった。

 内心、あるいはそれは、ネスヴィールが普段から考えていたことだったのかもしれない。だが、少なくとも、他人に面と向かって指摘されたのは、ネスヴィールの生涯においてこれが初めてだろう。


「良いも……悪いも、そういうことになっているのだ! 昔からそう決まって……」


「誰が決めた?」


 ネスヴィールが絶句した。

 これ以上は、まずい。リューンの言葉は、ときおりその人間の根底に関わる部分を刺激することがある。ある意味では、それもリューンの持つ力なのかもしれないが、それは諸刃の剣でもある。


「陛下」


 レクセリアは言った。


「ネスヴィール卿を困らせても仕方ありません。そのような……」


「いいじゃねえか。本音、ぶちまけちまえよ、ネスヴィール」


 リューンは恐ろしく真剣な面持ちで言った。


「いいか。ここにいるのは、嵐の王とかネス副伯とか、そういうもんじゃねえ。一人の男同士、いや人間同士だ」


「陛下、しかしながら、人にはそれぞれ、立場というものがあり……」


 すると、リューンが笑った。


「おいおい、レクセリア。『一人の人間として話す』ってのは、あんたの得意技だったはずだぜ」


 言われてみれば、その通りだ。

 レクセリア自身、リューンと対面して会話をするときによく使っていた言葉だった。


「一人の人間」


 ネスヴィールが冷笑を浮かべた。


「なるほど、そうまで言うのなら、こちらにも考えがある。あなたがたの目的は……なんなのだ?」


「目的?」


 リューンが目を瞬かせた。


「そんなもの。決まってる……俺は、王だ。王には、領土とか領民とかそういうものがなくちゃおかしい。だから俺は、俺の国をつくる」


「陛下!」


 さすがにリューンの発言は、初対面のネスヴィールの前で明かすには度が過ぎている。


「言い過ぎか? でもネスヴィールも腹をわってるんだ。こっちも、腹をわるのが礼儀ってもんだろう。俺は俺の国が欲しい。ただし、その国はいまみたいな貴族どもが自分の利益で喧嘩して領民に迷惑かけても平然としてるようなところじゃねえ。レクセリアがよく言っている……『民のための王国』って奴だなあ」


「民?」


 ネスヴィールが眉をひそめた。


「民ってのは……つまり、『普通の連中』ってことだよ。爵位持ちの貴族でもねえ、騎士でもねえ。あちこちの畑で麦つくってたり牛飼ってたり、街で細工物つくってたり、まあ、そんな奴らだ。レクセリア曰く、王とか貴族ってのは本来、そういう連中の代表みたいなもんで、そいつらのためにいるんだとさ。つまり、民が王のためにいるんではなくて、王が民のためにいる国……」


 それを聞いて、ネスヴィールがしばし考え込んだ。


「なるほど。それは面白い発想ではある。しかし、現実は……そう、理想のようにはいかない。所詮、民は誰か、上で見張っているものがいなければ好き放題をやらかす。たとえば、いま我が領内を荒らしている野盗どもも、もとはどこかで食い詰めた連中だ。むろん、連中には連中の言い分があるのだろうがね。だが、そうやって、きっちりと領民を管理しないと、治安は悪化する。もちろん、領主は民のため、という考えを否定はしない。だが……それを行き過ぎると、結局は世の中の秩序がおかしくなってしまう……」


 ネスヴィールは確かに、正直に自分の言葉を言っているように、レクセリアには思えた。

 これでも、まだ大半の領主たちよりはましなのだ。領主のなかには、民など私有物と見なしている者も珍しくはない。三王国の法制度上、厳密には国王が国民全員を所有している、という理屈にはなるのだが、いまでは実質的には「領民は領主が私有している」とみなされている。

 そうした貴族のなかにあっては、ネスヴィールなどまだ開明的なほうだろう。そして、彼がいう、秩序が崩れるという意味もよくわかる。


「秩序とか、そういうのは確かに大事だ。戦と同じだ。誰が指揮官かわからない軍隊はすぐにばらばらになる。でも……あんまり秩序とかでごちごちになっていると、みんなが好きに物事を考えられなくなる。そうなると、いまの三王国みたいに……あちこちで問題が噴き出して、えらいことになっちまう。このままいくと……早晩、三王国とも滅びるかもしれねえぞ」


 ネスヴィールの顔が再び青ざめた。


「滅多なことを……」


「本当は、ネスヴィール、あんただってわかってるはずだ」


 リューンは青と銀色にも見える灰色の瞳、いわゆる「ウォーザの目」でネスヴィールを見据えた。


「このままじゃ、いずれ内戦のやりすぎで、三王国ともがたがたになって、滅びちまうって。ここで誰かが踏ん張らないと、大変なことになる。そして、古い、いらなくなった秩序は、一度、たたき壊す必要がある……俺は、そういうことがしたいんだ。新しいものをつくるために、まず古いものをぶっ壊す。そして、野盗なんかやらなくてもみんなが生きていける国をつくる。どうだ? あんたもこの話、乗ってみないか?」

 

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