3  称賛の言葉

 兵士たちが去ってから、ネスヴィールはしばし無言を保っていた。

 むろん、なにかあれば兵たちはすぐに出てこられる場所に待機しているはずだ。とはいえ、それでも長剣を背負ったリューンを前にこのような態度に出るとは、やはりネスヴィールも領主代理として、それなりに腹は据わっているらしい。


「これでご満足ですかな」


 ネスヴィールは笑みを浮かべていたが、その顔はこわばっている。


「一応は、腹蔵なく話せる……とは思いますがね」


「結構です」


 レクセリアは言った。


「では、本題に戻ります。ネスヴィール卿……あなたは、兄に、シュタルティス二世に国王としての統治能力があるとお考えですか」


「恐ろしいことをおたずねになる」


 ネスヴィールの顔は緊張にひきつっていた。


「レクセリア殿下。ご自分がなにを仰っているか、理解しておられるのですか? あるいは……」


「私はホスにも憑かれておりませんし、魔術で操られているわけでもありません」


 どこまでもレクセリアは冷静だった。

 否、内心は、心臓が激しく鼓動している。

 ある意味では、今、自分とリューンが恐ろしい綱渡りをしていることを、誰よりもレクセリア自身が一番よく承知していた。

 だが、すでにサティネスの戦で関わりになってしまった以上、ネスヴィールの真意を知ることは重要である。

 もはやリューン軍は、グラワリア諸侯軍を追い払った勢力として、ネスヴィールは認知しているだろう。アルヴェイアにきた以上、どう姿を隠しても噂はいずれ広まるものだ。

 実のところ、これからどうすべきなのか、リューン軍でもまだ意見はまとまっていない。最後には結局、リューンの判断しだいということになるが、レクセリアと現在、共通しているのは、エルナス公、国王、いずれの直接の傘下にも加わるつもりはない、ということだった。

 とはいえ、あまりに弱小な状態で「第三勢力」となれば、いずれかにあっという間にたたきつぶされるだろう。いまは百人という小勢で小回りがきくとはいえ、リューンはグラワリア王、そしてレクセリアはアルヴェイア王国の王妹なのである。

 のらりくらりとしばらく力を蓄えておくか、あるいは旗幟を鮮明にするが、いずれにせよ……ネス伯領に来てしまった以上、領主代理であるネスヴィールとは話をつけておく必要があった。


「個人的に申し上げれば」


 ネスヴィールが長い沈黙の後、言葉を選ぶようにして言った。


「シュタルティス陛下は……国王という立場にむく御仁とは思えませんね」


 少なくとも、いまこの瞬間は、ネスヴィールは本音を明かしている。そうレクセリアは直感した。


「王にふさわしくないものが王である……それでよいと?」


 レクセリアの問いに、ネスヴィールは笑った。


「それはまた微妙な問題になりますが……正直に申し上げて、いまの諸侯たちにとって、王などは『誰でも良い』のではありますまいか? つまりは、王国統合の象徴であればそれでよろしい」


 本音も本音、突然、話の核心にネスヴィールは触れ始めた。


「そもそもここ何代も、アルヴェイア政事の中枢を仕切ってきたのは諸侯たちです。国王陛下は、我らの上で黙ってしていればよろしい……それが、有力諸侯の本音かと。現在の内戦も、国王派対エルナス公派にあらず……『国王を頂いたセムロス伯派』対『陛下のいまだうまれぬ子を頂いたエルナス公派』の争いです」


「ずいぶんと率直になりましたね」


 ネスヴィールが苦笑した。


「そうしよとお命じになったのは、レクセリア殿下、あなたですよ」


 確かにそうだが、ネスヴィールがいきなりここまで突っ込んだ話をしてくるとは思わなかった。


「セムロス伯にも問題はいろいろとあります。例のセヴァスティス将軍の件など、一歩間違えれば、ネヴィオンのアルヴェイア侵攻の口実にすらなりかねない。もっとも、ネヴィオンはネヴィオンで、いまはリュナクルス公家と他の三公家の内紛が激化して、幸いにもそれどころではないようですが」


 二派に割れたアルヴェイア、完全に混乱の極みにあるグラワリアに続き、ネヴィオン王国も内憂を抱えているらしい。


「しかし……少なくとも私は、エルナス公に与する気にはなれません。それは兄も同じ事。ゆえに我らは、セムロス伯派にお味方をしている、というわけです。実に率直、ありのままに申し上げれば、ね」


「へっ」


 リューンが、呆れたように言った。


「なるほど、つまりはどこの貴族も、てめえのことしか考えていないわけか。セムロス伯派、エルナス公派、どっちにつくかで得になるか、それして考えてねえ」


「仰る通りです」


 ふいに、ネスヴィールが目を細めた。その青い瞳には、さきほどまでとはいささか異なる、強い光が浮かんでいる。


「しかしながら、リューン殿。領主であるとは、そういうことなのです。領主には、領民を守る義務がある。そのためには、力がいる。よって、常に誰が力を持っているか、諸侯は注意を払っています。領地争い、その他のことでも、力ある者が勝利を治める……領主であるということは、常に戦をしているようなものです。目に見えて兵士が戦うわけではありませんがね」


「なるほど」


 リューンの目も、炯々たる輝きを放ち始めた。


「領主、貴族ってのも……馬鹿殿ばかりじゃないってわけか。少なくとも、ネスヴィール、あんたは『まともな領主』に見えるぜ」


「いえ」


 一瞬、ネスヴィールの瞳に、なにか考え込むかのような光が浮かんだ。


「私は……ネス伯爵ではありません。私は、ネス副伯。しかもこの称号は、慣習としてネス領内では通用しますが、王国の爵位では存在しない。私は公的にはネス伯家に忠義を誓う一人の騎士……ただそれだけのものです」


「惜しいな」


 リューンが、ひどく無造作な口調で言った。


「あんたは物の道理がよくわかっている。派手になにかやる種類の人間じゃないが、その裏側で物事をしっかり把握し、表に出る奴のことを支える種類の人間だ」


「お褒めにあずかり、光栄ですよ……この私が『嵐の王』に褒められるとはね」


 ネスヴィールは皮肉げな口ぶりで言ったが、まんざらでもない様子だった。

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