2  真意

 続いて、レクセリアはウォーザ神が起こしたとおぼしき「奇蹟」について説明した。


「かくして、リューン王はグラワリア王であり、同時にウォーザ神の認めるところの……『嵐の王』となったのです」


 それからさらにレクセリアの話は続いた。

 グラワリア国内を逃亡したこと、そして追いつめられ、ついに「ダールの道」とよばれる古の道を使ってアスヴィンを通り抜けたこと……。

 話を聞き終えたネスヴィールは、なかば呆然としていた。


「まるで……まるで、それは帝国期の叙事詩のようですな」


 そう言うのがネスヴィールにとっては精一杯だった。


「信じられないの気持ちもわかります。ですが、私たちは事実、アスヴィンを越えてきたのです。生き残りの総勢は約百名。三分の二の仲間を失いはしましたが……いまの彼らは、おそらく三王国一の精鋭たちでしょう」


「しかし……彼らは、その『嵐の王』であるリューン殿に、忠誠を誓っていると。しかも、リューン殿はガイナス王より次代のグラワリア王として認められ……」


 リューンは首に鎖でぶらさげた玉璽を、片手でつまんだ。


「ついでいえば、こいつもある。グラワリアの玉璽だ」


 ネスヴィールの顔色は、見ていて気の毒になるほどだった。

 グラワリアの玉璽は、それ自体、魔術的な力を持つ魔呪物なのだ。ただの判子とはわけが違うのである。


「しかしながら、リューン殿は正統なグラワリア王とはとうてい、グラワリアでは見なされないでしょうな。むしろ、玉璽を奪った王位簒奪者、と」


「ああ」


 リューンがいまいましげに蓬髪をかき回した。


「まあ、そういうこった。おかげでもう、グラワリアの奴らには正直、うんざりしているよ」


「ですが、さきほどまでサティネスを包囲していた者たちも……グラワリアの兵でした。彼らは、おかしなことを言っていたそうです。なんでも、セイルヴァスがこのサティネスで匿われていると……」


 レクセリアの言葉にネスヴィールの目に驚きの色が浮かんだ。


「なんと……そうしたおかしな噂があることは存じておりましたが、まさかそんなものを真に受けて、あれだけの兵士を出してくるとは……さてはて一体、いま『グラワリア王』とやらは何人いることやら」


 ようやくネスヴィールも、兄譲りのどこか皮肉げな態度を取り戻したようだった。


「正直、私としてもグラワリア王を匿ってまた包囲されるのも面倒だ。第一、私には、国王陛下が賊軍を討伐する間、このネス伯領を守る義務がある」


「つまり、ネス伯家はあくまでも、国王派てある、と?」


 レクセリアの問いに、ネスヴィールが微笑で応えた。


「これはまた異な事を申されるものだ。レクセリア殿下。あなたの兄上がこの王国の、唯一正統なる支配者なのですぞ。それを、エルナス公やウナス伯、さらには他の反逆者どもは認めようとしない! 聞いてあきれるとはこのことです……奴らは、ミトゥーリア妃の、いまだ生まれてもおらぬ子こそが真の王にふさわしいと担ぎ出している。茶番、まさに茶番劇です。いまだ生まれてもおらぬ者が王位を主張するなど、聞いたためしがない!」


 確かにそれは、あまりにも強引すぎて茶番めいている。

 しかしレクセリアとしては、姉のミトゥーリアのことを考えると不安だった。

 姉がなにを考え、エルナス公のもとに向かったのかはわからない。だが、エルナス公のもとに向かうなど、野生の大山猫に襲われた家畜の助けを求めて狼の巣に行くようなものだ。


「エルナス公は、シュタルティス二世は王位にふさわしからぬと、廃位を求めている。古来より、一介の貴族がそのような真似をするような無法は聞いたことがない」


「表向きは、確かにそのようなことになっておりますね」


 実際にはここ最近のアルヴェイア王位は、有力貴族たちの意向で勝手にすげかえられている。第一、それを言えば公然と王の廃位は主張せずとも、つい最近も南部諸侯たちが、いわゆる林檎酒党の乱を起こしている。

 それを平定した張本人こそが、レクセリアなのだ。


「つまりネスヴィール卿は、あくまで兄を支持する、と」


「私たち、ネスの双子は常に一心同体です。ネスファーの意志は私の意志」


 レクセリアは思わずくすりと笑った。


「失礼。私が申し上げたかったのは……『私の兄』であるシュタルティス二世に従うのか、という意味です」


 ネスヴィールが顔をしかめた。


「いえ、こちらこそ失礼しました……ええ、仰せの通りです。ネス伯家は、あくまで国王陛下と王家に忠節を誓います」


「しかし噂では、兄はセムロス伯のいいなりになっているとか。さらに、ネヴィオンの西方鎮撫将軍セヴァスティスと二千五百の兵を招聘し、ナイアス攻防戦では五万人の大虐殺を行ったという噂を聞いておりますが」


「それは……」


 しばしネスヴィールは沈黙していた。


「確かに、その、セヴァスティス将軍のやり方には違和感を覚えます。しかし、これは戦なのです。やらなければ、やられる。第一、エルナス公にしたところで、当てつけのようになんの罪もないセムロスの領民をやはり五万も殺していると聞き及びます。彼らはこれを『涙の殺戮』などと称して、なかには美化する愚か者もいるようですが、やっていることはただの人殺しです」


「その点については、同感です」


 レクセリアがうなずいた。


「ですから、私はエルナス公を支持するつもりもありません。しかしながら、セムロス伯のいいなりになり、ネヴィオン人にアルヴェイアの民を殺させる兄のやり方にも賛同できません」


「畏れながら、申し上げる。レクセリア殿下、あなたが『兄』と仰せになるかたは、アルヴェイア王国の国王陛下、至尊の玉座に座るおかたなのですぞ。いくら殿下個人からみれば兄とはいえ……」


 レクセリアが、凄みのある笑みを見せた。


「私に言わせれば、兄は国王として明らかに資質を欠いています」


 ネスヴィールの顔色が変わった。


「殿下、なにを仰せになっているのか、おわかりですか?」


「私は、あなたの真意が知りたいのですよ。もう、方便は結構です。あなたの、真意が知りたいのです。その前に、この部屋から人払いを願えますか?」

 

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