13 老騎士の言葉
「まったく、いい度胸してやがる」
リューンはあくまでも、余裕のある態度を保っていたが、実のところ、レクセリアは内心、自分の発言を後悔していた。
よくいえば気丈といえるが、つい城門にむかって名乗りをあげてしまったのは、ある意味では思いつきの、思慮に欠ける行動ではなかったか。
「もっとも……どうやら、奴らも相当にびびってるみたいだけどな」
いまだに城門からは、返事らしいものは聞こえてこない。
替わりに、サティネスの街の周囲には、さきほど逃げ出したはずのごろつきや野盗たちがまた戻り始めていた。彼らは彼らで、とりあえずリューンのあとについていけばなんとかなるだろう、と考えているらしい。
ただし、この八百人がいざというとき、戦力としてまるで役に立たないだろうということくらいは、レクセリアも承知している。
あるいは、向こうからすれば威嚇にも見えるかもしれない。だが、ネスヴィールがレクセリアが知っている通りの男であれば、無茶はしないだろうという目算もまたあった。
ネス副伯ネスヴィールの人となりを、少なくともレクセリアはしっているつもりでいる。
外見は、双子の兄ネスファーとほとんど区別がつかない。
そのことをアルヴェイア王宮、青玉宮で二人や周囲にいる者たちはよく冗談の種にしていたが、レクセリアには実のところ、ネスファーとネスヴィールはまっくたの別人に見えた。
ネスファーは、良くも悪くも貴族の御曹司そのものである。悪人ではなく、能力もあり、また人を惹きつける陽性の魅力もある。それに対し、ネスヴィールは常に兄に対して、一歩ひいたところがあった。
二人で一人、などと軽口を叩かれても、ネスヴィールは平然としていた。あくまで自分は双子とはいえネスファーの弟であり、公的な身分では爵位のない騎士にすぎないと自覚していた。
だが、その内面はなかなかに複雑だったのではないだろうか。
ネスヴィールがネスファーにあわせて軽い口調で冗談を言うさまは、かつての青玉宮では一種の名物のようなものでもあった。だが、ネスヴィールがその実、相当に複雑な人格を持っていることをレクセリアは看破していた。
常にネスヴィールは、日陰者の身に甘んじてきた。もし乱世でなければ、そのまま大過なくネスファーの補佐をつとめて人生を全うしただろう。
だが、そんなネスヴィールのもとに、レクセリアやリューンといった、とんでもない政治的重要度を持つ者たちが訪れたのだ。
なにしろいまはただでさえアルヴェイア国内は内戦で混乱している。ネス伯領じたいが、かなり乱れている。そこにこれほどの荷物を抱えたら、ネスヴィールはどう反応するか。
「返事が、こねえな」
リューンがあくびをして言った。
別に、余裕を気取っているわけではない。なにしろさきほど派手に「運動」をしたので、少し眠くなったのだろう。
「かといって、このまま籠もられると、こっちとしても困るんだけどなあ」
実際、リューンの言うとおりなのである。
レクセリアの腹づもりとしても、これからどうすべきなのか、実をいえば悩んでいる。とりあえずグラワリアの兵士たちを追い払った上、彼らが持っていた食料もある程度、奪った。これで当座はリューン軍だけは食べていけるが、それでもまた討伐の軍勢を差し向けられるのも面倒である。
そこでネスヴィールととりあえず会談を行い、しばしネス伯領にとどめておけるよう頼みたいのだが……果たしてそううまく、事が運ぶかはわからなかった。
彼らにしてみれば、「嵐の王」やレクセリアなど、かえって邪魔だと思うかもしれない。もし自分がネスヴィールの立場なら、レクセリアでも悩む。
だが同時に、これがある種の「好機」であることもまた、ネスヴィールはきっと理解しているはずだ。
つまり、いままでのネス伯の双子の弟という影の立場ではなく自ら、歴史という絵織物の表舞台に立つこともできるのである。
リューンたちと出会えば、たぶん、ネスヴィールの運命も変わる。そうレクセリアは直感していた。リューンヴァイスという男には、そうした特殊な力がある。あるいはウォーザ神の加護なのかどうかはしらないが、彼に関わる者は誰であれ、以前とは違った道をゆかざるをえなくなるのだ。
神々の行う歴史遊戯のあまりにも巨大な、力ある駒。
それが、嵐の王リューンである。
「しかし、レクセリア殿下も……なぜこのような男と」
レクセリアの傍らで、後ろ手に両手を縛られていた老騎士ヴァトス・ネセルスが、低い声で言った。
「仮にもアルヴェイア国王の王妹殿下が……このような、素性もしれぬ者の妻になるとは……太陽の神の、黄金の血をひくお方が……嘆かわしい、実に嘆かわしい! 騎士となってより四十年、よもやこのようなことが起ころうとは……」
老騎士は大仰な科白で叫び始めた。すでに、リューンたちはこの老騎士を正直にいって扱いかねている。
ヴァトスは、なかなかに忠義に篤い、いまどき珍しいほどの騎士である。あくまでネスファーとネスヴィール、そしてネス伯家に忠節を捧げ、いままでも何度もグラワリアの兵たちと戦ってきたという。
そんな彼からすれば、いきなり「嵐の王」などというよくわけのわからないものにアルヴェイアの王女が結婚することなど、あってはならぬことなのである。
おまけにリューンはグラワリアの玉璽さえ所有しているのだ。
これを知ったときは、さすがのヴァトスも驚いたようだった。彼のような古くからの伝統に慣れた人間にすれば、それこそ天地がひっくり返るような衝撃だったのである。
「レクセリア殿下は、きっとなにかたちの悪い悪霊にでも憑かれたのでしょう。さもなければ……」
「おいおい、俺は悪霊かよ」
リューンはさすがに呆れたように言った。
「まったく、堅物の騎士なんてのはみんな、こんなものなのかね。王女だなんだといったって、ただの人間じゃねえか」
「馬鹿者!」
ヴァトスが、信じられぬといったふうに叫んだ。
「黄金の血をひく者は……なかば神に近しき者だぞ! 貴様のような賎しい、どこの生まれともつかぬ傭兵ばらとは同じ人間ではないのだ!」
とはいえ、ヴァトスの言っている言葉は決して奇矯な意見ではない。むしろ、時代の正論なのである。
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