9 兵士とごろつき
ごろつきたち「義勇軍」がサティネス包囲軍に参陣してから、三日がすぎた。
当初のうちは、当然のことながら、ザイクスやアニウス麾下の兵たちは、ごろつきどもに反発をしめした。彼らはあくまで「流れ者の野盗や傭兵くずれ」であり、「ザイクス卿やアニウス卿の正式な兵士ではない」からである。
もとを正せば、騎士以外の歩兵はほとんとがただの農民に過ぎない。だが、徴用された彼らは実戦も幾度が経験しており、そのなりに規律はとれていた。
とはいえ、ごろつきどもと歩兵たちが対立していたのも初日までだ。
ごろつきたちは、賭博などを生真面目な農村出身の兵士たちに教え込み、しだいに両者は親しくなり始めていた。はじめのうちは流れ者、そして「兵士の権利」を横取りしようとする連中とみなしていたごろつきたちを、兵たちも受け入れ始めたのだ。
ザイクスにとって幸いだったのは、ごろつきたちは当初、思ったほどに糧食を過大に求めたりはしなかった。小量でも、食えるだけで満足しているようなのだ。
当初はネスヴィールのなにかの捨て身の策ではないかと、城内への警戒を強くしたが、少なくともザイクスの見たところ、城の兵士たちも新たに現れた八百の「援軍」に驚いているようだった。
ひょっとすると、ごろつきたちは大した拾い物だったかもれしない。そんなことすら、ザイクスは岳父のアニウスを葡萄酒を飲みながら語り合っていたのだが……。
すでに、彼らの知らないところで「異変」は兵士たちの間に起こりつつあったのだ。
「しっかし……そんな話、とても信じられねえなあ」
ひどいグルディア訛りまるだしで、兵士の一人が言った。
「嵐の王とかいうのに、ガイナスの野郎が勝手にグラワリア王位を譲り渡しただなんて。だいたい、正統なグラワリア王はセイルヴァス様のはずだ」
彼らは長年、内戦でセイルヴァス派の軍勢にいた。だから、彼らにとってガイナスは王を僭称する悪党である。その悪党が、太陽神ソラリスに溯る高貴な「黄金の血」を一滴もひいていない一介の傭兵を次代のグラワリア王に据えるなど、まったくの冗談にしか思えないのだった。
だが、それも無理からぬことではある。
兵たちもそうした噂話は知っていた。とはいっても本当に嵐の王などというものがいるとは、とても信じられないのだ。
「まっ……俺たちも例の偽物から聞いた話だから、本当だとは思えないのだけどな」
ごろつきどもの首領格らしい、「ガラスキスと名乗った」髭面の巨漢が笑った。
「ただ、そいつは『本物』を見て、腰をぬかしたらしいぜ。なにしろ、嵐の王は、右目が青、左目が銀色という『ウォーザの目』を持っている。これは、嵐の王がウォーザ神の息子である証なんだそうだ」
「本当かよ」
兵の一人が笑った。
「そんな都合の良い話があるもんかね」
「でも、その傭兵がアルヴァドスを決闘で倒したって話なら、俺、聞いたぜ」
頭の禿げ上がった中年の兵士が、ぶるっと体を震わせた。
「あのアルヴァドスを倒す奴なんて……どれだけ強いんだって話だ」
「所詮、噂だろう?」
また別の兵士が、顔を青ざめさせた。
「アルヴァドスっていえば……ガイナスの野郎よりも、直接、戦ったら強いって話じゃないか。ただの人間じゃなくて、あいつは『ゼヒュインの巨人』の血をひいてるって話もあるぞ」
「でも、嵐の王はそいつを、確かに倒したそうだ」
ガラスキスの言葉に、兵たちはしばし沈黙した。
「ガイナスの部下でも、アルヴァドスは最強の武人だったはずだ。そんな奴を嵐の王は、倒しちまったらしい。それで、あの後に天からウォーザ神がいかづちを落として祝福したとか……」
「どっどこかの魔術師のしかけた、インチキじゃねえのか」
兵の一人が、不気味そうに言った。なにしろこのセルナーダでは神々も奇蹟も実在するものである。だからこそかえって、話には現実味が存在する。
「それだけじゃない。ランサールの槍乙女たちは、いままでガイナスに仕えていたが、その傭兵こそを真の嵐の王として認め、全員そろって嵐の王の配下になったらしい。しかも、そいつはアルヴェイア王妹のレクセリア姫と結婚して、なんとアスヴィンの森をつっきったって話だ」
「へっ」
兵士があきれたように言った。
「豪気な話じゃねえか。ていうと、そいつはウォーザ神の子で、アルヴァドスに決闘で勝ったあげく、アルヴェイアのお姫様と結婚して、おまけにアスヴィンの森を突っ切ったっていうのかよ」
「ま、信じられないのも無理はねえけどな……ただ、あくまでもそれも、自分こそが嵐の王って言っていた奴のほら話って奴だ」
ガラスキスは笑いながらも、すっと目を細めた。
「でももしこれが本当なら……とんでもない強者どもを、嵐の王は率いていることになるな。なにしろアスヴィンの魔獣どもも倒してきたような猛者だ……」
兵士たちは、一様に体を震わせていた。誰もが、ガラスキスの話にどこか「真実み」のようなものを感じたのだ。
実際、彼はただの「事実」を語っていたのだから、ある意味ではそれも当然ではあるのだが。
「しかし……あんたらはなんで、こんなところにまでやってきたのかね」
ガラスキスの言葉に、兵士が吐息をついた。
「いや、なに……どこで聞きつけてきたんだか知らないが、うちの殿様がセイルヴァス陛下が、この街に隠れているって話を聞きつけてだな」
「なんだあ、そりゃ」
ガラスキスは、呆れたように言った。
「というか、セイルヴァスって『グラワリアの正統な王』なんだろう? なんでその王様が隠れなきゃならないんだよ」
「まあ、貴族の皆様方も、俺らと同じでいろいろ悩みとかあるらしい、ってことよ」
兵の一人が、訳知り顔で言った。
「なんでも話によると、セイルヴァス王はもともとあんまり王とかになるつもりはなかった、らしい。ところが、貴族連中のなかには戦ばかりやってるガイナスを嫌ってる奴らがわりといたんだな。それで、セイルヴァス王をみんなで担ぎ上げた。最初はガイナスをさっさと暗殺かなにかするらしかったけど、ガイナスの野郎は本人も強かったからな。結局、それで内戦が始まった……でも、セイルヴァス王はもともとが魚売りの身だ。本人も自分の体に『黄金の血』が流れてるなんて知らなかったらしい。それが王様やらされて……いろいろと、窮屈だったんじゃないかなあ。人間には、向き、不向きってものがあるだろ。きっと、セイルヴァスも王様なんてやられているのがいやになったんだと思うぜ」
「なるほどねえ」
ガラスキスがうなずいた。
「それで、アルヴェイアに逃げてきて……いまは、サティネスに匿われると」
「少なくとも、ザイクス卿やアニウス卿はそうやって信じているらしいなあ」
兵士が苦笑した。
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