8  厚かましきものたち

 たとえば夜の間に、食料を盗もうとするかもしれない。

 最悪、サティネス城内の兵たちと内応して、積極的に妨害工作を仕掛けられれば、むろんそれで壊滅的被害を被ることはなくとも兵士たちの士気は、下がる。

 とうてい、友軍として信用できる相手ではない。ことと次第によれば、野盗たちにはネスヴィールの息がかかっているかもしれないのだ。

 かといって、にべもなく断れば確実に恨みを買う。ここはケルクス河を渡った「異国」であり、敵地なのだ……。

 しかし、それにしても、ひどいなりの連中である。

 こんな連中を、仮にも貴族であるネスヴィールが使うなどということが、果たしてありうるだろうか。

 ザイクスが下した答えは、否だった。

 こんなごろつきに助けられたとなれば、ネスヴィールの声望は地に墜ちる。たとえ勝利しても、一生、恥辱にまみれるだろう。

 だが、それはザイクスにしても同じことである。

 こんな奴らを兵士として使うわけにはいかない。とはいえ、下手に申し出を断れば面倒なことになる。

 やはり、「義勇軍」とかいう言い訳を、うまく使うしかないだろう。


「貴殿の申しよう、あいわかった。民を苦しめる悪逆な領主を倒そうとするその意気やよし」


 我ながらひどい茶番だと思いながらもザイクスは話を続けた。


「貴殿らの参陣を許そう。ただし、義勇軍という以上、給金は出せぬ。それと、我らも糧秣が多い、というわけではない。一応の食は確保するが、こう、あまり贅沢を言われても困るぞ」


「それはわかっておりやすとも」


 髭面の巨漢は、にやにやと笑っていた。

 しかし、この男は一人で八百ものごろつきをどうやって集めたのだろうか。


「しかし……貴殿はどのように、これだけの兵を集めたのだ」


「いえそれが……『嵐の王』の話はご存じですか」


 そういえば、そんな噂があった。ガイナス王が、王位を譲った相手こそがたしか「嵐の王」を名乗っていたはずだ。


「だが、その者はアスヴィンの森に入ったきり、消えたというが……」


「それが、なんとアスヴィンを突っ切って、このネスまでやってきたっていうんですよ」


 さすがにザイクスは、呆れた。

 アスヴィンを突っ切る、などということができるわけがない。それこそ、よほど強力な神の加護でもなければそんなことは不可能である。


「それで、嵐の王は世直しの軍勢を起こすために兵を募っている、っていうんです。で、ここにいる奴らはみんな、その世直しってのをやろうと息巻いたわけですよ」


 そんなほら話を信じるなど、どうかしている。というより、そんなおつむの足りない連中だから、こうしてごろつきをやっているのだろう。


「ところが……嵐の王とか名乗っていた奴は、実はただのほら吹きだったんでさあ。ひどい話でしょう?」


 普通はそんな話を聞いた時点でほらだと気づきそうなものだと、ザイクスは思ったがむろん、口に出しはしなかった。


「それで、俺たちはそのけしからん馬鹿野郎をもちろんぶち殺してやりましたがね。でも、せっかくの熱い思い……世直しをしたいという俺たちの熱意はどうなると、まあ、そういうことですよ。それで腐っていたんですが、なんと悪党ネスヴィールを倒すための正義の軍勢が現れたって聞いて、はせ参じたしだいでして」


 なるほど、とザイクスは思った。

 こいつらはどうしようもない馬鹿者だが、身分の低い連中に特有のしたたかさはしっかりと身につけている。

 八百も集まったはいいが、嵐の王とやらが偽物だと知り、衝動的に殺してしまった。そして、八百人のなかで多少、人を束ねる力のあるものが、たまたまサティネス包囲の話を聞きつけ、「売り込み」にやってきた……。

 だいたい、そんなところだろう。

 愚か者とはいえそういう厚かましさはしっかりしているわけだ。

 こちらが下手に断れないことを、この髭面の男はちゃんと知っているのだ。八百のごろつきを敵にまわせば、今後の軍事行動にいろいろと支障をきたす。

 しかし、ごろつきを受け入れれば、いろいろと問題が起こるのは必至だ。

 まず、軍規の問題がある。兵たちはケルクス河を渡ってきて異国にいる、という緊張状態にある。そこにこんなだらしない連中がまじれば、混乱は避けられない。

 さらに食料をこいつらがどれだけ食いつぶすか、という不安もある。

 あっさり受け入れたのはやはり拙速にすぎたか、と一瞬、後悔の念が浮かんできた。

 だが、やはりここで、敵地にあってさらに敵を増やすが如き愚行を行うよりはましだろう。

 それに、これだけいれば、サティネスの街の地理などに詳しい者があるいはいるかもしれない。こうした城市には、たいてい逃走用の秘密の抜け穴があるものだ。そうした場所から兵を入れるという手もあるし、街の守りの弱い部分がわかる可能性もある。

 せっかくしばらく喰わせてやるのだ。それくらいは役に立ってもらおう。

 ただ、こんな奴らをずっと兵士として使うわけにはいかない。そんなことは貴族としての面子にも関わる。


「八百の勇士か。実に壮観であるな」


 そう言いながら、ザイクスは内心、笑っていた。

 なるほど、考えてみれば兵士が八百増えれば、サティネスの城内にいる者たちも、恐怖心を増すだろう。そうなれば、逃亡者などがでてもおかしくはないし、敵の士気も下がるはずだ。

 さらに素晴らしいことを思いついた。

 このごろつきどもは、生意気にも「兵士の権利」を要求している。だが、さすがにそれは思い上がりというものだ。

 思い上がりは、糺さねばならない。

 サティネスが落城すれば、大規模な混乱が生じる。その際、「不幸にして八百人の男たちが命を落とす」こともありうるだろう。

 要するに、いらなくなれば、こんな連中は殺してしまえばいいのだ。

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