5  ごろつきだらけ

「で……これ、どうするんだ、兄者」


 カグラーンの問いに、リューンは渋い顔をした。

 実際、どうすべきなのか、なかなかに悩ましいところではある。

 野盗たちの襲撃、そして騎士たちを捕まえてから、すでに三日が経過している。

 その三日の間に、このアンネスの村の「人口」は激増していた。

 どうやら噂を聞きつけたらしくネス伯領内で暴れていた流れ者や傭兵、野盗の類がどんどん集まってきたのである。その総勢は、すでに八百をこえている。

 実際、村中はまるで市でもたったような騒ぎになっていた。

 悪相、凶相、いずれにせよみながもともとがごろつきの類なので、悪党の見本市といった状況を呈している。

 男が集まれば、女が欲しくなるのは人の世の理である。そのあたりを見こんで、男に春をひさぐ商売女たちまで集まり始めている。賑やかなことこのうえない。

 リューンにとっては、こうした光景は、ある意味では慣れている。傭兵の世界とは、ごろつきの世界と実のところ、大差はないからだ。とはいえ、少なくともアンネスの村の人々は、困惑しているようだった。

 人が集まれば、当然、食べるものが必要となる。いままではアンネスの村人が蓄えた貴重な食料が供出されていたが……。


「もうすぐ、食い物もなくなるぞ。兄者。どうにかしろって言われても、ないものはないんだ。それこそ、他の村でも襲って『臨時調達』でもするかね」


 カグラーンも、むろん本気で言っているわけではない。彼なりの兄への嫌みである。


「うむーむ」


 リューンは、困っていた。

 戦略自体は、間違っていなかったと思う。いまはただのごろつきかもしれないが、いずれ兵力になる連中だと思いたい。

 だが、兵力を養うということは、なにも生産しない人間を養うのと同義であることを失念していた。

 否、それは理屈としてはわかっていた。リューンはもともと傭兵団の団長だった男である。傭兵などといっても、普段は飲む打つ買うのが日常のごろつきなのだ。

 とはいえ、かつて雷鳴団を率いていたころは、それなりの「稼ぎ」があった。雷鳴団は、傭兵の世界ではそれなりに名を知られた存在でもあったのだ。

 いまはその「稼ぎ」がない。

 リューンにとって、戦争とはすなわち「仕事場」だった。依頼主に雇われる。軍功をたてれば金がもらえる。その金で部下たちを養っていく。そうしたことに慣れきっていた。

 だが……今回は「リューン本人が依頼主」なのである。

 ある意味では、アスヴィンの森のときよりも面倒な窮地にたったといえるかもしれない。

 アスヴィンでは、とにかく生きのびるためになんでもやった。魔獣の肉を喰らい、生きることだけを考えればよかった。よけいなことを考えればそれが即、死に繋がったのだから。

 しかし、魔境であるアスヴィンの森から、一度、人の世に出てしまった以上、人の世のさまざまな仕組みやしがらみに、縛られることになる。


「どうするのですか?」


 レクセリアが冷ややかな声で言った。

 怒っているのは、口ぶりでもわかる。


「考えもなしに、勢いだけであのような者たちを仲間にしてしまって……村の人たちは困っているようですよ、『陛下』」


 なんだかこの状況で言われると、「陛下」という呼称までもがこちらを馬鹿にしているようについ勘ぐってしまうのは、さすがにリューンの気にしすぎというものだろうか。

 さらに頭が痛いのは、レクセリアの処遇だった。

 彼女は、存在そのものがいわば「政治的可燃物」である。

 現国王の妹。つまりは王妹だ。まさかその王妹がグラワリア王を「僭称」する男の妻となってアスヴィンの森を突っ切り、いまネス伯爵領にいるとは誰もが夢にも考えていないだろう。

 しかし、これだけ人が集まれば、自然と噂が広まっていく。

 レクセリアの姿を、うかつに外に出すわけにもいかない。なにしろ特徴的な左右違いの瞳の色で、レクセリア当人であることはすぐにばれてしまう。

 一応、水魔術師のヴィオスの幻術により、いまは瞳の色を左右とも青に見せかけている。しかしそれでも、人の口には戸を立てられない。「真相」がこの村に集まってきた連中から外に広まっていくのは必至といっていい。

 むろん、そうした事態を想定していなかったわけではない。だが、リューンの見通しがいささか甘すぎたのも事実だった。窮地に陥ればなんとかなるとリューンは常に考えていたし、現にその楽天的な性格でいままで生きのびることが出来た、ともいえるのだ。

 しかし、今回リューンがはまりこんだ窮地は、いままでの物事と性質を異にする。

 かつての危地のほとんどを、リューンは自ら大剣を振るうことで切り抜けてきた。むろん、考えに考えて頭をつかうこともあったが、基本的に暴力によってリューンは己の運命を切り開いてきたのだ。

 だが、今回はそんなものは、なんの役にも立たない。

 もし暴力によって、つまりは近隣の村を襲って食料を奪えば、それは野盗となんら変わることはない。勝者の権利として傭兵時代、略奪に加わったことはあるが、いまそれをしてしまえば、世直しの軍どころか、ただのごろつきと変わりない。


(参ったな……いやはや、参った)


 いまのところは、リューン軍の精鋭が目を光らせているため、あつまったごろつきたちが村人に対し悪さをしたりすることはない。だがそれでも、村の人々は大量にやってきた荒くれどもを警戒して、妻や娘を絶対に家の外に出そうとはしなかった。

 賢明な対処法といえる。

 いくら見張りをしていても、不埒な者はいるものだ。

「しかしこう大量にやってくると……どいつを信用していいものかもわからんぞ、兄者」

 

 カグラーンが、いつものように薬草茶を飲みながら言った。

 すでにリューンの「本陣」となった村長の家の食堂には、リューン軍の主立ったものたちが集まっていた。彼らも実際、この思わぬ展開に……とはいえ、もとをただせばリューンが原因なのだが……悩んでいるようだ。


「確かに、カグラーンの言うとおりだ。ひょっとしたら、ネス伯が送り込んだ間者が紛れ込んでいる可能性だってある」


 その可能性も、確かにあり得るのだ。

 だとしたら、こちらの動勢もすでに筒抜けになっているかもしれない。とはいえまさか、全員を見張ることなどそうはできない。


「なにか……手があるはずだ」

 リューンは言った。

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