6 好機
「これだけの数が、こっちにはいるんだ……なにか、こう……」
そのときだった。
いきなり、派手な音をたてて食堂の扉が開かれた。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ」
いきなり甲高い笑い声が聞こえてきたが、それだけで入ってきたのが誰か、リューン軍の面々にはすぐにわかった。
「なんだ、アシャスか! しかし、その笑い声はいい加減なんとかならねえか」
ふくれっ面をしたリューンにむかって、アシャスが言った。
「あひゃひゃ! だって団長……いやいや、陛下! これが笑わずにいられるかってとこだよ! なんだか面白いことになってきた! 新しくきた奴に話を聞いたんだけどよ、グラワリアの軍隊が、サティネスの街を包囲してるんだってよ!」
「なんだと!」
これには、さすがのリューンも驚いた。
「サティネスっていうと……確か……」
「ネスの北部の街で、ネスヴィールが副伯として治めている街のことだよ、兄者」
カグラーンの言葉に、リューンはうなずいた。
「それで、グラワリア軍は数はどれくらいで、どこのどいつの軍隊だ?」
現在、グラワリアは激しい内戦の途中にあり、王国として軍隊が派遣されることはありえない。つまり、どこかの諸侯が勝手に攻め込んできた、ということだろう。
「あひゃっ……よくわからねえけど……数は、千五百くらいだって話だぜ」
千五百。
領主が引き出せる軍勢としては、かなりの人数といえる。
「それで……ネス副伯は、防戦一方らしい。なにしろ兵士の数、少ないからなあ……こりゃ負けるかもしれないってよ……ひゃひゃ」
その瞬間だった。
「あははははははははははははははははははははははははは!」
いきなり、リューンが凄まじい声をたてて笑い出した。
もしなにも事情を知らぬものが見たら、あるいはリューンが狂気を司るホス神にでも憑かれたかと思っただろう。
だが、さすがにリューン軍の上層部は、みな軍事にはそれなりに通じている。リューンが放った笑い声の意味をみな、理解していた。
「やっぱり……俺はついてるなあ! グラワリアのどこの馬鹿か知らないけど……さっそく、俺たちにこの上ない好機をくれたってわけか!」
「しかし兄者……『あいつらは使い物になるのか』なあ」
すでにカグラーンも、兄がなにを考えているかわかっている。
「なに……ごろつきって言っても、多少は戦場経験のある奴らだっているはずだ。要するに、連中には仕事がなかったから、野盗になったんだろう? ところがその『仕事』が間抜け面してこっちにきてくれた!」
「確かに」
レクセリアがうなずいた。
「しかし……陛下。本当に、『あのごろつきたちも兵士にしてグラワリア軍と戦うおつまりですか』?」
リューンはうなずいた。
「こんな好機、滅多にあるものじゃねえ。まず、グラワリア軍を撃退すれば、俺たちは世直しの軍隊だって、ネス伯領の連中だって認めざるをえないはずだ! そうなれば、ネスヴィールだって、俺たちの存在を認める」
「しかし問題は……もちろん、もとからのリューン軍にいたものたちの能力は、私も信じていますが」
レクセリアが言った。
「ごろつき同然の連中が果たして、軍隊として機能するかどうか……」
「できるさ」
リューンは笑った。
「いや、やってもらわなくちゃ困る。調練なんてしている暇はねえけどな……八百ってのは、それなりに大した数だ」
「ですが、兵力からいえば敵勢の半分ということに……」
レクセリアの言っていることは正しい。
野戦の場合、なにより重要になる要素はやはり「数」なのだ。多勢に無勢、という言葉の重みは、戦場をいくつも転戦してきたリューン本人が一番よく、わきまえている。
「おいおい、レクセリア! それがフィーオン野で数にまさる林檎酒軍を撃破した、あんたの言いぐさかい?」
いま考えると、リューンとレクセリアが初めてであったあの戦は、何十年も前の大昔の出来事のように思えてくる。
「確かに、数はこっちが少ない! しかもごろつきみたいな奴らばかりだ! でもな……それを逆手にとる手もある」
実際、この瞬間にもう、リューンはある考えを思いついていた。
「正面から戦うのは、ちっときつい相手だけどな。なに、そういうときは」
そう言って、リューンは自分の頭を軽く叩いた。
「こいつを使って、戦をするものだぜ」
「へえ」
カグラーンが、口の端を歪ませて言った。
「兄者の頭の中にも筋肉が詰まっているものだとばかり俺は思っていたけどな」
とはいえ、実のところカグラーンも、兄が軍事的な作戦能力にそれなりの、あるいはかなりの才を持っていることはちゃんとわきまえている。
「で……どんなことを思いついたんだ? 兄者……いや、陛下」
リューンは笑うと、自らの策を述べた。
それを聞いて、レクセリアの顔色が変わった。
「危険すぎます! そんな……そんなことをして、もし……」
「危険は承知。一歩間違えたら、えらいことになるくらいはわかってる。でも、正面からぶつかっても、勝てる戦じゃねえ。そもそもいざ本気で戦になったら、八百のごろつきのうち、どれだけがまともに戦えるかわからねえからな」
リューンの青と銀の瞳に、悽愴な輝きが宿った。
「へっ……ようやく面白いことになってきやがった! まったく、この間の騎士相手のなんて、戦なんてもんじゃなかったからな! ひさびさに、化け物でも老いぼれ騎士でもねえ、まともな相手と戦が出来るってもんだ」
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