4  騎士の正体

「貴様ら! なにをしとる! 戦わんか! こら、逃げるな!」


 騎士たちの周囲に、怒濤のように野盗たちが群れ集っていく。まるで弱った獣にむらがる腐肉くらいのように。


「って……ここで俺も、少しはいろいろと……『頼りなるところを見せつけてやらなきゃ駄目』だな」


 そう言うなり、リューンは恐るべき俊足で騎士にむかって駆けていった。


「陛下!」


「また悪い癖が!」


 リューン軍のあちこちからそんな声があがったが、実はこれはリューンなりに計算してのことなのだった。

 傭兵や流れ者は、力がある者につく。

 力と暴力の論理が支配する場所では、自らの力をたとえ王と祭り上げられている者でも発揮し、証明しなければ人はついてこないものだとリューンは知っていたのである。


「邪魔だっお前ら! 俺の邪魔をする奴は、そっくびたたき落とすぞ!」


 もはや傭兵たちも、あまりにもむちゃくちゃな事態の成り行きになかば呆然としていた。

 味方になれと叫んだ軍勢の親玉が、いきなり騎士たちにむかってとてつもない速度が駆け寄っていくのである。いまなにが起きているのか、状況そのものがつかめないものも少なくはなかった。

 ただ、多くの流れ者や傭兵たちにも一つだけ、わかることがあった。

 このリューンという男が、なにか他の人間とは違う、ということだ。


「こしゃくな! 貴様もごろつきの親玉みたいなものだろうが!」


 一人の騎士が罵声をあげると、リューンにむかって正面から突撃を始めた。

 途端に、周囲にいた野盗たちがあわてて逃亡を始めていく。

 彼らは知っているのだ。重装の騎士の突撃が、どれほど恐ろしいかということを。

 騎士の突撃は、まず重量そのものが力になる。さらに重武装の騎士を支える軍馬も大柄で、頑健なものが多い。

 うかつに突撃する騎士と戦おうとすれば、軍馬の馬蹄で頭や体を踏みつぶされる者も少なくはないのである。

 だが、リューンは悠然と大剣を掲げた。


「あの馬鹿! なにしてやがる!」


「いくらなんだって……殺されるぞ!」


 だが、リューンにとっては、それはひどく退屈な戦いだった。

 遅い。

 重装騎兵の動きはあまりにも、のろい。

 実際、騎士の突撃といっても速度はさほど大したことはない。だが、それでも実際にとてつもない重量の塊がやってきたら、人間は本能的に恐怖するものだ。

 とはいえ、リューンは通常の戦場も無数に渡り歩いてきたし、さらにいえばアスヴィンの森での魔獣との戦いの経験がある。

 魔獣のなかには、熊よりも巨大なものも少なくはなかった。おまけに魔術師のように超常の力をふるい、さらにはみな俊敏ときている。

 そうした異常な敵ばかりをしばらく相手にしたきたリューンからすれば騎士の突撃など、ごく緩慢に見えたのである。


「己の分際を知るがいい! この傭兵くずれが!」


 騎士が突撃してくるが、リューンからすればあまりにも鈍重な動きである。

 やがて騎士が小わきに手挟んだ長槍がリューンのすぐ傍らを通過しそうになった。

 その刹那、信じられぬほどの速度でリューンの大剣が振るわれた。


「!」


 長槍の先端が、くるくると高速で回転していく。その穂先が地面に落ちるよりも前に、リューンは二撃目を繰り出していた。

 ただし、通常のように相手に大剣の刃をむけるのではなく、ひらを使って騎士の胸のあたりを殴打する。

 重い金属音とともに、体の平衡を崩した騎士が転倒した。

 それは、ごく一瞬の間の出来事だった。

 リューンとしてみればなんということはない、戦いとすらいえないものだ。否、リューン軍に属するものならば、みなこの程度の芸当はやってのけるだろう。彼らがアスヴィンの森で過ごした日々は、それほどに苛烈なものだったのだ。

 とはいえ、常人からみれば、まさに神業といったふうに見えるのも、また事実だった。


「なんだ……あいつは!」


「あんな化け物を相手にできるか!


 野盗たちは、恐怖にも似た声をあげていた。あまりにも圧倒的な力というものは、見る者に畏怖を越えた恐ろしささえ抱かせるものなのだ。


「きっ貴様!」


 それから、合計五騎の騎士が突撃を繰り返してきたが、結果はみな似たようなものだった。

 リューンは常に槍の切っ先の動きを見きり、ごく無造作な動きで交わし、剣のひらを使って相手を馬上からたたき落とした。

 もっとも、これでも相手は無傷というわけにはいかず、騎士のうちの一人は痛みのためにしばらく草の上でのたうちまわっていた。


「おい、イルディス!」


 リューンの命令を聞いて、軍神キリコに仕える僧侶が、騎士のもとに駆け寄っていく。

 戦の神であるキリコは、特に負傷を治癒する強い法力を僧に授ける。

 そのキリコの法力により、胸当ての形が歪んでいた騎士の胸の傷が、あっという間にもとの姿を取り戻していった。これは、イルディスもまた、かなりの法力を使う僧である証である。


「ちっ……まったく、手間かけさせやがってよ」


 そう言って、リューンは騎士の兜を外したが、その下から現れた顔を見て息を呑んだ。


「おいっ……てこりゃ、冗談だろう?」


 兜の下から現れたのは、頭がつるりと禿げ上がり、残った髪もすっかり白くなった騎士の顔だった。

 ふいに、老騎士が目を瞬かせた。


「なんだ……なんだ、貴様! このわしとまだ戦うつもりか」


「おいおい」


 リューンはさすがに吐息をついた。


「騎士って……こんな爺さんかよ。なるほど、こんな爺さんじゃあネス伯も戦場に連れていけなかったわけだ」


「馬鹿なことを!」


 老騎士が怒鳴り声をあげた。


「我が名はヴァトス・ネセルス! ネス伯家に代々仕える家門の出だぞ! 貴様ら、わたしを煮て喰うなり焼いて喰うなり好きにするがいい……だが、いずれネスヴィール閣下に貴様らは討伐される! この流れ者の野盗どもめが!」

 

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