3 変わる流れ
「おい、お前ら!」
リューンは絶叫した。
「無駄な戦いはやめろ! まだわからねえのか、馬鹿! お前ら野盗だの傭兵だの、みんなネスヴィールに踊らされているんだぞ! ネスヴィールは、お前たちをわざとここに集めて、一気に殲滅するつもりだ!」
もともと、戦場で鍛えられたリューンの声は、おどろくほどによく響く。その声を聞いて、敵の傭兵くずれらしい連中の間に、明らかな動揺が走った。
「おい、兄者」
ついとカグラーンがリューンの傍らに歩み寄ってきた。
「なに言ってるんだ。まさか……」
すでにカグラーンは、リューンの考えを読んでいるらしい。さすがにこのあたりは兄弟である。
「まあ、いいじゃねえか。どうせ『独立』して自前の軍隊、立ち上げるんだったら……いずれ兵は必要になる。どうせこの野盗どもは、ほっといたって悪さしかしねえんだ。だったら、仲間にくわえてやってもいいだろう?」
「そう簡単に言うけどな、兄者」
カグラーンは頭を抱えていた。
「ここでむやみに兵士の数をふやしたって……兵士ってのは、みんな喰わせていかなきゃなんないんだぞ! あんまり数が増えれば……」
「そこらへんをなんとかするのが、お前の仕事だろうよ」
それを聞いて、カグラーンは吐息をついた。
「まったく、兄者ってのは……なんだか野盗の連中が馬鹿すぎて放っておけなくなったんだろう?」
リューンは頭を掻いた。
「まっ……まあ、それもないってわけじゃあないが……ああ、うるさいっ! とにかく、お前ら、無駄な戦いはやめろ! まだ気づかねえのか! お前らはネスヴィールに騙されているだけだ! ネスヴィールはお前たちを一つところに集めて、俺たちとまとめて殲滅するつもりだ! 賞金なんてのも出すつもりはねえぞ!」
しだいに、野盗たちの間に騒ぎが広まり始めていた。
彼らとしては、とりあえず賞金が出されるのである意味、軽い気持ちできたのだろう。とはいえ、実際に待ち受けていた相手はわずか百人とはいえ、アスヴィンの森の地獄をくぐりぬけてきた精鋭である。
「貴様ら……なにをしてる、戦わんか!」
野盗たちの向こうから、男のわめき声が聞こえた。
「ネスヴィール閣下の言うことが聞けんというのなら……我らが貴様を誅殺してやる!」
リューンの鋭い視力は、闇の中に何騎かの馬上の騎士らしい姿を捉えていた。今夜が月が明るい夜のおかげで、鎖帷子が月光を反射している。
「馬鹿な奴だ……逸りすぎだっての」
リューンは思わず笑った。
いまの騎士の言葉は、火に油を注ぐようなものだ。騎士たちはもう少し野盗たちを放置してリューン軍の力を削いでから、最後のとどめにかかるべきだったのだ。
とはいえ、騎士の数もそう多いようには見えなかった。
せいぜい五、六騎というところだろう。当然、歩兵もいるだろうが、すでに国王軍に兵士を送り出しているぶん、留守として残っている兵士は数百という単位のはずだ。
「聞いたか、今の!」
再びリューンは叫んだ。
「ネスヴィールの騎士たちは、最初からお前らを殺すつもりだったんだ! いまならまだ間に合う! 俺たちの仲間になれ! それと、リューン軍全員に告げる! 流れ者だの野盗は、本当の俺たちの敵じゃねえ! とりあえず、俺たちが戦うのは……」
リューンは、闇の向こうに大剣の切っ先をむけた。
「あそこにいる騎士どもだ! ただし、殺すな! 生け捕りにしろ!」
突然のことに、野盗たちの間に混乱が広がっていた。
どのみち、すでに戦……というほどの規模もないが……全体の趨勢は、決していた。いくら数が多いとはいえ、野盗や流れ者を寄せ集めても、リューン麾下の精兵たちにはかなうべくもなかったのである。
本来なら、負けを悟ったものはこのまま敗走を始めるものだがその後方には、ネスヴィールの騎士たちがいるのだ。
「わっわあ……」
「勝ち目はないぞ、あいつらは強すぎる」
「それなら……そうだ、騎士を捕まえてやれ、俺たちをオモチャみたいに使いやがって!」
「騎士たちを討ち取れ!」
いつのまにか、野盗たちの間で合意のようなものが出来上がりつつあった。
リューンの扇動に乗せられた形である。
そもそもこうした集団は、周囲に流されやすい。そうでもなければ野盗などやっていない。彼らはある意味では生き残るという本能にかけては、図抜けている。だからその場その場で、命を守るために自然と、強いものになびくのである。
すでに野盗たちは、ネスヴィールに裏切られた、という思いがある。ある意味ではネスヴィールに討伐されても当然のことをしているのだが、反省などするわけもない。
そんな人間はそもそも野盗になって村を襲撃したりはしないものだ。
いずれにせよ、リューンは野盗たちの気を呑む形で、一瞬して味方につけてしまった。
ネスヴィールの騎士たちからすれば、あっけにとられるような展開である。
「なにを……なにをしてる、貴様ら!」
騎士の一人が、怒声をあげた。
「そこまでして我らに刃向かうとは……そもそも貴様らがネス伯領を荒らしたのがいかんのではないか! それは逆恨みというものだぞ!」
実際、騎士の言葉はまったくの正論だった。だが、世の中は不思議なもので、なぜか正論が通じないことのほうが多いのである。
「騎士を捕まえろ!」
「こいつらを捕まえれば身代金になるぞっ」
この時代、騎士階級の者は、殺すより生け捕りにすることのほうが多い。殺してしまえば武具などを売り払うくらいしか収入はないが、身代金を支払わせれば遙かに金になるからだ。
「皆の者! 野盗たちを倒せ! こいつらは……」
だが、すでに騎士たちのまわりにいた、槍をもった「ネスヴィールの兵士」たちは逃亡を始めていた。彼らは彼らで、すでに戦の趨勢を読んでいたのだ。
もともといまネス伯の歩兵を務めているのは、つい最近まで農民をやっていたものがほとんどである。それが臨時にみすぼらしい装備を与えられ、にわか仕立ての兵士にされたのだ。
最初から士気は低いし、こんなところで戦って屍をさらすようなことはない、とも思っている。
もはや状況はネスヴィールの騎士たちにとっては悲劇的、というよりも、喜劇的な状況に移りかわりつつあった。
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