2 世直しの軍隊
リューン軍の守りを越えてきたのだからどれほどの相手かとも思ったが、単にそれは幸運に恵まれただけだったらしい。
傭兵でも大したことのない、むしろ即座に野盗にかわる手合いのようだった。
おそらく無防備な農民たちを襲うのには慣れていても、ちゃんとした戦場で戦った経験もあまりないのだろう。
「お前……一体、なにしにきた?」
「そ、それはその……『嵐の王』とかいうおかしな奴が、レ、レクセリア殿下を連れまわっているって話で……嵐の王を倒したら十ソラリーサ、レクセリア殿下の身柄を確保したら百ソラリーサって」
レクセリアのほうが、自分よりも十倍の価値がある、という。しかし、値段の付け方が、いささかリューンはせせこましく思えた。
リューン自身の十ソラリーサというのは、まあわからぬでもない。いくら叫んだところで、世間ではリューンは勝手にグラワリア王位を僭称してる、と見ているだろうからだ。
しかしレクセリアは現国王の王妹である。その彼女の値段が百ソラリーサというのは、あまりに安すぎるように思えた。身代金をとるのであれば、その数百倍の額が普通は動くはずなのだ。
「で……どこのどいつが、お前らに賞金くれてやるとぬかしたんだ」
「それは……その、ネスヴィール閣下です。ネスの副伯で」
ネスヴィール。
つまりは双子の片割れ、国王軍にくわわらず居残りをしている弟のほうが、兵を出してきた、ということになる。いや、兵は出していないが、それで領内の野盗連中を一つところに集めたのだろう。
「なるほど……な。しかし、お前らも馬鹿だなあ」
「なっ……なんだって」
リューンには即座にネスヴィールがなにを考えているのがわかったが、まだこの傭兵まがいの男には現状が理解できていないらしい。
そのとき、小規模な戦場になっているあたりから、悲鳴があがりはじめた。
「うわっ!」
「なんだこれは! 話が違うぞ!」
やはり、リューンの予想したとおりだった。
ネスヴィールという男はいまだ出会ったことはないが、領主代理としてはそこそこに有能らしい。
「お前ら……俺をダシにして、この場に集められたんだよ」
「え?」
男がうめき声を漏らした。
「集められたって……?」
「野盗ってのは領内で、どこに出没するかわかんねえだろ? だから、そういうときは、餌をまくんだ」
「餌……」
まだ男には状況が理解できていないらしい。
「餌ってのは、つまり俺たちと、あとは賞金の金貨だ。領内に触れ回れば、金めあての奴らがこの村に集まってくる」
「あっ」
ようやく男にも、リューンの言っている意味が理解できたようだった。
「それじゃあ……ネスヴィールの野郎……」
「俺たちと、お前ら野盗だの傭兵だのを、わざとぶつけたんだ。そうすりゃ、領内の治安は回復する。それで、とどめに自前の兵隊を出せば……はっ、なかなかやるね」
素直にリューンはネスヴィールの知略に感嘆していた。
「賞金が抑え気味なのも、それでか。あんまり大金にしちまうと、そんなに払えるのかとか、それともやばい敵なのかって、みんなかえって警戒しちまうからな」
「そんな……それじゃあ、俺たちは……」
リューンは笑った。
「まあ、ネスヴィールに騙された間抜けってことだ」
途端に、男が怒声を放った。
「ふざっ……ふざけるな! 俺たちを騙すなんて、そんなのありかよ! だから、貴族なんて奴らは……」
「でもお前だって、いままで領内で相当、暴れていたんじゃねえか? そういうのを、世間じゃあ自業自得っていうんだけどな」
途端に男は黙り込んだ。
「でも……仕方ねえだろ! 税は馬鹿みたいに高いし、騎士たちだって戦にいって、誰も俺たちを守ってくれない! だから、だから……」
ふと、リューンはこの男に対し、哀れみに似たものを覚えた。
むろん、野盗となって村を荒らして良い道理がない。だが、そうしなければこの男が生きてこられなかったのも、また事実だろうからだ。
このままではおそらく野盗たちは、リューン軍と、ネスヴィール配下の兵士たちの挟撃により甚大な被害をうけるだろう。
「ただ殺すってのも、芸がねえな」
リューンはしばし男を見おろしていたが、やがて言った。
「おい、お前……野盗なんかやってたって、つまらねえだろ。どうせなら、俺たちの仲間になれ」
「へ?」
男はぽかんと口をあけた。どうやら、あまり頭のきれる種類の男ではないようだ。
「だから……こう叫んでまわれ! 嵐の王の、世直しの軍勢にみんな加われって! そうでもしないと、このままお前ら、ネスヴィールの軍隊に殺されるだけだぞっ」
「ひっ」
途端に、男は起きあがった。度胸も知恵も足りないが、行動は素早いらしい。
「嵐の王……世直しの軍隊か」
「そうだ」
言ってから、少しリューンは後悔した。
一同にも相談せずに勝手にこんなことを決めれば、また部下たちからさんざん言われそうな気がしたのである。
だが、もう言ってしまったものは仕方がない。
それにもともと、これはリューンがひそかに考えていたことでもあった。
いま、アルヴェイア全土でここと似たような状況になっている可能性がある。だが、もしこうした野盗を束ねて、一つの兵力としたら……それなりに戦える、軍隊になるのではないか、と。
「けっ……おいおい、なんだか愉しくなってきたなあ」
世直しの軍隊。
偉そうなことを言った気もするが、ある意味でそれはリューンの本音でもある。
もし、国王もエルナス公もいたずらに死者をふやすだけの内戦を繰り返すくらいなら、彼らをさっさと始末して、自分の王国をつくりあげたほうがましではないか。
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