14  来訪者

「それなのに……ゼルファナスは、やらかした。もしあんなことをやらずにセムロスを無血開城して、略奪もしないでいれば……一気にみんな、ゼルファナスのほうに人の心はなびいたはずだ。確かに、騙される馬鹿はいるかもしれない。エルナス公は将来のことを考えて、あえてあんなむごいことをしたのだとか、言いふらす奴はいるのかもしれない。でも、失望した奴だっているはずだ。結局、国王派もエルナス公派も似たようなもんだってな。そうなれば……あとは、利でどっちにつくかだ。それで国は、たぶん、ゼルファナスの目論みどおり、まっぷたつにわれちまった……」


「では、ゼルファナスはわざと……」


 レクセリアの問いに、リューンが答えた。


「そうだ。ゼルファナスは『わざと』国をまっぷたつにした。なんでだと思う? 普通、戦をするときは、自分は有利に、敵は不利に状況をすすめるもんだ。敵のいやがることをする。それが戦の本質だ。でもゼルファナスは自分で自分をわざと不利にしている。なぜだ?」


 その答えを、たぶんレクセリアはしっている。

 だが、改めて問われると、恐ろしくて口にのぼせるのが恐ろしく感じられた。


「いいか? 普通は、戦には目的がある。王位につくためとか、敵の領地をぶんどるためとか、憎い仇を倒すためなんてのもあるが……とにかく、意味がある。今度の戦の……少なくとも、ゼルファナスにとっての意味は、傍目には……王位が目的に見える。いや、最終的には、きっとゼルファナスは王位に就くんだろう。だが、それだけが目的じゃあない。もっと別の、忌々しい理由がある。それは……」


「出来るだけ……」


 レクセリアの声は、震えていた。


「出来るだけ……多くの民を、『殺すため』ではないでしょうか」


 再び、長い沈黙が落ちた。


「だろうな……だとしか、おもえねえ。だが、なんのために殺す? 愉しいから? それもあるだろう。でも、それだけじゃねえ。もっととんでもない理由があるはずだ。少なくとも……俺にはそう思える。いま、俺は『嵐の王』とやらにされて、あのウォーザ神のくそおやじって後ろ盾をえている」


 神々にむかってそんな不遜なことを言うなど正気とも思えなかったが、それがリューンという男なのだ。


「どうにも、お前がアスヴィンがアルグにさらわれたときに現れた道化……ナルハインの僧侶だったか、あのニアーランて奴もふざけた野郎だったが、ありゃあ、ただの人間じゃねえ。おそらく、ウォーザとも違う神が使わした者か……あるいは、神そのもの」


 レクセリアの全身に、鳥肌がたった。

 知識としては、セルナーダの神々がときおり実体化しては地上に降臨することを、レクセリアも知っている。その頻度は決して低くはなく、たいていの人間は、死ぬまでに一度はなんらかの「神」とすれ違っている、といわれるほどだ。


「つまり今度の戦……俺たちが、地上ではいずり回っている間に『どこか別の場所』でも争いが起きているはずだ」


「それは……神々同士が……」


 レクセリアの声はいつしか震えていた。


「ま、そう考えるのが妥当だろう。そして、セヴァスティスはどうかしらんが、ゼルファナスにも、後ろにきっと……ろくでもないのがついている。神……いや、女神か」


 死を好む女神。死者が出ると喜ぶ女神。

 そんな忌まわしいものに、ゼルファナスは守られているのか。


「もう……想像はついているだろ」


「でも……」


 もしリューンの言っていることが正しければ、これはとんでもないことになる。


「ゼルファナスは仮にも、太陽神ソラリスの血をひく者……そんなはずが……そんなことは……」


「でも、いまはソラリス神の力は弱っているらしいじゃねえか。ネルサティアで、死の女神と戦って以来、太陽神の力はひどく弱まったって」


 それは事実だ。


「だからこそ、死の女神が……ゼムナリアが、あるいは……」


「うかつにその名を口にしては……なりません!」


 レクセリアはうわずった声をあげた。


「神々はつねに人の世に聞き耳をたてていると聞いています。あるいは……」


「ああ、そうかもな」


 リューンは言った。


「ひょっとしたら……俺たちはとんでもない相手を敵にまわそうとしているのかもしれねえ。それは、確かにウォーザのくそおやじを後ろにつけなきゃ勝てないよな相手……つまり……」


「しかし、もしそれが事実ならば……」


 勝てるのだろうか。

 死の女神ゼムナリア。

 それは、古代セルナーダから崇められている大女神である。

 否、ネルサティアの地でも、ゼムナリアはノーヴァという名で知られていた。彼女は太陽と生命を司るソラリス神の仇敵である。

 もはや、この戦いは単なる王位を巡る権力争いという段階ではないのかもしれない。


「今頃、いろんな神々が……地上のあちこちに跳梁跋扈してるかもしれねえぜ」


 リューンが、笑い声をたてた。


「まったくどえらい時代だ。確かに、人間やってりゃ一度は神とすれ違うっていうが……ひょっとしたら、これはそれどころじゃすまねえかもしれない」


 人間どころか、神々まで巻き込んだ戦が始まる、というのだろうか。

 一般に、神々が多く顕現するのは乱世であるという。だとすれば、これからはさまざまな神に仕える僧侶たちの教団も、活発に活動を始めるだろう。

 すでにこの村でも、ウォースクドという嵐の神ウォーザに仕える僧侶が、「嵐の王」としてリューンを迎えた。あるいは、ウォーザの信徒たちが今度はリューンを担ぎ上げるかもしれない。

 一体、これから自分たちはどうなってしまうのか。

 そのとき、屋外から罵声と悲鳴らしいものが聞こえてきた。


「おっと……ようやく、やってきたらしいなあ」


 そう言って笑うと、リューンは寝台から飛び降りた。

 鎖帷子に革鎧、そして寝台の傍らには長大な刀身を持つ剣を握っている。


「予想通りだが……さて、どこの野盗だ? それとも、俺の命を狙いにきたグラワリアの貴族か? あるいは……」


 ふいに、レクセリアは慄然とした。

 ひょっとしたら……リューン自身も、この神々すらも巻き込んだ戦いを愉しんでいるのではないか。


 そんな予感にも似た思いにとらわれたのである。

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